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第1話

 世の中には、どうにもならないことがある。  身分とか、才能とか、性別とか。  それでも、生まれ落ちたその身体で、この自分で、生き抜いていかなければならない。  だから、人は妥協する。それでも、人は厄介なもので、諦め悪く、期待し続けてしまう。 「あんっ」  桜美しい、この桐峰学園。  ここは少し、おかしい。国内でも有名な全寮制私立高校で、身分高い殿方が集う学園だが、みんな揃って貞操観念が、イカれているのだ。 「やんっあんっ」  今日は、新入学生の祝いの式典の日だ。それにも関わらず、所構わず相変わらず盛りついているやつらがいる。  たまたま風紀委員会の部屋に帰ろうと歩いていただけなのにと溜め息を一つこぼしてから、ハートが飛び交う空き教室の扉に手をかけた。 「はい、そこまで~風紀委員だ~」 「きゃあっ」  感情をそぎ落として声をかけると同時に高い叫声が響き、小柄で愛らしい少年が乱れていた制服の前を掛け合わせる。 「じゃ、じゃあ僕はこれでっ、またねっ!」 「あ、こら…」  その少年はそそくさと隣を走り去っていってしまった。まあ、でも常習犯の三年生だとわかっていたので、後日指導しようとメモ帳を取り出し乱暴に書き残す。振り返り、床の上で足を伸ばして座ったままの男に目をやる。  またね~と優しい声で手を振っていた彼は、ボタンはすべて開かれ、ズボンのチャックも開かれていた。どうやら事は始まってはいなかったようだ。しかし、見たことのない男だ。こんな頭ピンクの男は学園にはいないはずだ。また一つ溜め息をする。 「はい、君、何年何組の誰?」 「え~?お兄さんが、相手しくれんの?」  近寄ると、む、と先ほどのオメガと目の前の男のアルファににおいがして、鼻をしかめる。  首にかけられているネクタイの色からして今日、入学したての主役のようだ。 「新入生か、まあ、この学園のことなんかわかんないか」  きれいな顔立ちをしている彼はにやにやと俺を見てくる。その視線に眉間に皺を寄せて不愉快さをなんとか飲み込む。  目の前の男はけだるげに立ち上がると、その時に足元に生徒手帳が落ちた。仕方なしにそれを拾い上げて、名前を確認する。匂いを感じて目線をあげると、高い位置にある薄っぺらい笑顔を見せる男が顔を近づけてきた。 「お兄さんかわいいし、結構タイプかも」  大きな手のひらが頬をつかんでくるが、物怖じせずに、じ、と彼の目を見つめる。品定めをするような目つきに呆れて、溜め息がまた漏れる。 「あのな、もう高校生なんだから好きな人としろとは言わないが、場所は選べ」  高い鼻が俺の鼻先に触れ合うほど距離を詰められるが、表情変えずに淡々と話をすると、彼は少し目を見開いてから、ふ、と息をもらして離れていく。 「お兄さん、いいね」  けらけらと楽しそうに笑う彼は、ずいぶん幼く見えた。生徒手帳を胸元に押し返し、教室出口へ向かいながら先ほど見た彼の名前をメモする。長田理央。  すると、後ろから長い腕が伸びてきて、俺を抱き込む。背中に体温を感じると、こめかみに頬が触れる。見上げると、やや頬を染め、先ほどと違い柔らかく微笑んでいた。 「ねえ、お兄さん、俺と遊ぼうよ」  俺、結構うまいと思うよ?と額にキスをしながら、彼が囁いた。眉根をさらにぐ、と寄せて、どんと強い力で彼の胸元を押しやる。後ろによろけた男は意外な俺の力強さに驚いたようだが、俺は顔色ひとつ変えずに言い放つ。 「風紀委員への不貞行為は許されねぇぞ」  不愉快極まりない。力いっぱいに教室のドアをしめて、ずんずん足を進める。  アルファのああした誘いは、初めてではない。男としては小柄で顔も女よりだから、珍しいことでもない。  何度経験しても、アルファからの軽率な誘いは不愉快極まりない。  ぎゅ、と瞼を閉じ、鼻に皺が寄る。  アルファとオメガの遊びに、俺みたいなベータを巻き込むな。   「ああ、ムカつくッ!」  ピシャンッと力任せに風紀室の扉を閉める。 「んだよ、凛太郎、今日は荒れてんな~」  部屋の奥の黒革の椅子にゆったりと腰かけて何かを見ていた大柄の男が笑いながら声をかけてくる。 「委員長!さっそく問題新入生を見つけましたよ!停学にしましょう!」  鼻息荒く伝えると、俺が尊敬して止まない委員長こと武島総一郎は、明るく笑い飛ばす。そして、彼が見ているものに目をやり、近づいて覗き込む。 「あ、こいつです!このピンク頭!」 「へ~、長田理央…」  総一郎が見ていたのは、新入生の顔写真付き名簿だった。その中から、すぐにわかる目立つピンク頭を指差す。俺は急いで、室内にあるホワイトボードの要注意人物欄に乱雑に記名する。  それが、俺と理央の出会いだった。 「あんっいくぅっ」  毎日の校内パトロールを風紀委員数名で行っていると、どこからか声が聞こえる。文化部棟はオフの日も多く、空き教室もあるため、ヤリ部屋にされることが多々ある。今日も漏れなく誰かが誰かと盛っている。 「風紀委員だ、動くな~」 「あぁんっ」  机に仰向けに寝転がっている小柄な男は爪先をぴん、と張ってびくびくと痙攣している。そのうえには、もう見慣れてしまったピンク頭が色香を放っている。性とフェロモンのにおいが立ち込めていて、後ろの風紀委員数名も鼻をしかめているのがわかる。 「りん先輩じゃ~ん、うれし~」 「あぁっあぁんっ」  ちょうど射精中らしく、理央は俺に微笑みかけながら、腰を数回押し付けている。その行為に眉根を思いっきり寄せて、舌打ちをする。 「動くなっつってんだろ、ったく、今月だけで何回目だよ」  手元にあるメモを開くと、入学式を終えてから毎日、目の前の猿を取り締まっている。ひどいときは一日に三回見つけていた。  ずりゅ、とオメガから陰茎を引き抜き、理央がゴムをしめている間にもオメガはまだ痙攣していた。オメガの方は他のベータの風紀委員が介抱しながら指導している。 「あ~きもちかった」  乱れた髪の毛を鬱陶しそうにかき上げて、理央はすっきりした爽やかな微笑みを見せたが不愉快さにこっちは一つも笑えない。 「お前、明日から風紀委員の監視下になるから」 「え?!やっとりん先輩が面倒みてくれんの?」  目の前で情事後のいやらしさを纏わりつけながら、目をきらきらさせて、うれし~!とにこにこ笑う。この前、総一郎に、長田になつかれたな凛太郎と笑いながら言われ、笑えねぇよと溜め息をついたやり取りを思い出され、眉間を押さえる。んなわけねえだろ…と声が漏れそうになったのを、は、と思い直す。  にっこり笑って近寄ると、理央は少し身を固めて、じ、と俺を見ている。 「楽しみだな」  しめしめ…毎日俺を苦しめてるんだから、こんくらいの弄びは許されるだろう。すぐに踵を返して背を向けてしまったので、頬を染めて、ぽーっと見惚れる理央に気づかなかった。

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