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第72話
すっかり風呂をあがる頃にはのぼせあがっていて、唇もじんじん痛んだ。
あの後、お互いの身体を洗いあい、戯れにキスをしながら、言葉少なに湯船に浸かった。隙あらば、キスをした。初めてのお互いの吐精に恥ずかしさと、充足感と、多幸感で胸がいっぱいだった。少しの罪悪感は、今度七海に会ったときに心の中で謝罪しようと封じ込んだ。
理央が用意したバスローブを羽織って、ソファの上でだらっと横たわっていると、理央が寝室からそそくさと現れた。同じバスローブを羽織った首筋には、俺がつけたキスマークがいくつかついていて、か、と顔が熱くなる。
「先輩、起きて」
ソファの背もたれを長い脚でまたいで、俺の背中に入り込む。けだるげに身体を起すと、理央が俺の脇の下に手を入れて、姿勢をなおさせる。そのまま、足の間に俺をおいて、理央は頬にキスをしてきた。
「りん先輩、少し早いけど…」
後ろから伸びた長い腕が俺の手を取る。そして、ベルベットの小さな箱を差し出した。ぱか、と大きな手のひらが箱を開けると、中には、ちんまりと細いシルバーのリングが大きいのと小さいの、一つずつ並んで刺さっていた。照明が辺り、きらり、と上品に光る。ぱちぱち、と何度か瞬くと、理央はふふ、と耳元で笑いながら、俺の左手をとった。
長い指が、小さなリングをつまんで、する、と俺の左薬指に差し込んだ。びっくりするほど、ぴったりとはまる。
「メリークリスマス」
理央はそう囁いて、もう一度頬に吸い付いた。ちゅ、と音をたてて離れた顔を目線で追う。
「本当はクリスマスの日に、俺んちの最上級スイートで夜景を見ながら渡したかったのに」
ちぇ、と唇を尖らせながら理央はつぶやいから、頬をゆるめて、俺の唇を撫でた。じん、と甘い痺れが、唇から全身を駆け巡る。
クリスマス当日は、兄たちがどうしても、とうるさくて、断り切れなかった。だから、理央とは、明日で年内最後の別れの日だった。おまけに、最近知ったことなのだが、理央の実家は国内で有名なホテル経営一家であった。以前、学園の近くのホテルに連れて行ったことがあった場所も、実は理央の家のものだったらしい。本当は、もっと豪華なところにとめたかったけど、一番近いのがあそこだったんだよ、と悔しそうに教えてくれた。
「これ…」
座り直して、理央と向き合うようになおる。左手にぴったりと納まっている指輪を撫で、視線をあげると、理央は赤く頬を染めながら、目を細めていた。
「エンゲージリング…と言いたいところだけど、もっとちゃんとしたものと、ちゃんとした場所で送りたいから、予約ね」
俺の左手を掬い上げると、薬指にキスを落した。王子さながらの行為が、今の理央にしっくりと合ってしまって、思わず見惚れてしまう。理央が、ベルベットの箱からもう一つ指輪をとって、自分の指にはめようとするのを、急いでとめる。ぎゅ、と指先を握ると、理央が首をかしげてみてくる。
「お、おれが、はめるっ」
顔に熱が集まっていくのがわかる。まるでままごとかもしれないけど、俺には本気のプロポーズに聞こえたから。
にこり、と理央がとろけるように笑み、指輪を手のひらに転がした。それを、小さく震える指でつまんで、理央の大きな左手を掬い上げる。する、と左薬指にそれをはわせると、第二関節をすぎて、ぴったりとはまる。
は、と息をついて、自分が緊張で息を止めていたことに気づいた。
「俺、本気だよ」
瞳がぶつかって、捕まってしまう。真摯な眼差しに、心拍がどんどん上がる。
「りん先輩を、絶対に世界一の幸せ者にしてみせる。だから、ずっと一緒にいてください」
左手を合わせるように、握りしめられる。指の隙間を這うようにすると、きゅ、と指を絡ませて握りしめてくれる。かち、とお互いのリングがぶつかりあって、小さく音を立てた。
顔を赤く染めて、まっすぐにぶつけられる愛に、息が出来なくなりそうだった。それでも、俺の返事を、理央がじっと待っている。ぱくぱく、と口を動かすが、声がでない。諦めて、小さくうなずくと、理央は破顔する。
「マジで、喧嘩になったときは、どうしようかと思った~…」
肩を落として脱力する理央に、ようやく緊張がほどけて、俺も笑えた。そして、理央の頬に右手を這わせると、顔があがった。ゆっくりと、唇に吸い付く。
「誓いのキス」
そう囁いて、自然と顔がゆるむと、理央の顔が、みるみる赤くなって、勢いよく押し倒され、唇を塞がれた。さっきまで散々したのに、飽きもせず理央はまた口内を食べつくしてしまおうと縦横無尽に舌で舐めつくす。ぐいぐいとバスローブ越しに風呂場で数回抜いたはずの、硬いそれを押し付けられる。目を見開いて、肩を押す。
「だめっ、これ以上は…」
風呂場で散々した。触ってやったし、一緒に扱きあいもした。でもそれ以上はしていない。七海が復活して、佳純と睦まじく過ごせるようになったら、心置きなくできるだろう。それまでは、やっぱり自分の気持ち的にできない。それを理央はわかっているようで、ぐるぐると頭の中で理性と本能が戦っているのが瞳越しに見えるようだった。
そして、見事に理性が勝ったらしく、はあ、と長く重い溜め息をついてから、倒れ込んだ。
「早く、先輩とえっちしたい…」
「ばか、ストレートすぎ…」
肩口に倒れてきた頭を優しく撫で、抱きしめる。俺の背中の下に腕を入り込ませて、強く抱きしめた。
「とっとと仲良くしてくださいよ、会長…」
俺の着ているバスローブの胸元に顔を押し付けて叫んだ理央の言葉は聞こえてしまう。おい、と言おうかと思ったが、まったくもってその通りだ、とも思ってしまったので、笑って、かわいいつむじにキスをした。黒髪の隙間から、ちかり、と自分の薬指が見えて、勝手に頬がゆるんでいく。
まさか、こんな早くに指輪をもらえるだなんて思ってもいなかった。
もっと言うと、まさか、プロポーズをされるとも思っていなかった。
その色んなものをすっ飛んでいってしまう理央の愛の力が、とにかく嬉しかった。もっと、好きになってしまう。理央がいなかったとき、自分はどうやって過ごしていたのだろうかと思い出せない。
理央がいない世界なんて、俺には想像もできない。ずっと、ずっと一緒にいよう。そう心の中でつぶやいた。
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