6 / 6

第6話

 キラキラした笑顔に見惚れている間に、親指がチクっとして傷をつけられていた。  最初は無痛。そして血が滴を結ぶと、ずくずく傷口が痛み出す。  王様が魔術具を俺に差し出したので、一滴、血を垂らすと魔法陣が淡く光った。  無意識に傷ついた指を口元にやると、手首を王様に掴まれた。 「治癒を」  王様が傷口に手をかざすと、ほわんと白い光が生じた。みるみるうちに、痛みが引いて、傷がふさがってしまった。 「すごい!! ありがとうございます」  イエス! ファンタジー!! 治癒魔術を体験してしまった。 「魔術具をつけよう。これは、賢者の石を使ったチョーカー型の魔術具で、魔力供給なしで他の魔術具を使えるものだ」  なんと! 人類の夢、永久機関の装置まで実現していたとは!  王様はネックレスをつけるように魔術具を俺の首に回して、金具に革を通して留めた。  小声で呪文を唱えると、魔術具から金色の光が放たれる。 「今のは?」 「私の紋章を革に刻んだのだ。私は、ケイの保護者だから」 「そういうもの……なんですか?」 「そういうものだ」  王様がにっこりと笑ったが、なんとなく違和感を覚えた。  ふと視線を感じてレッドを見ると、まるでガムを飲み込んでしまったかのような、微妙な表情をしている。なんなんだ、いったい。 「ケイには、明日から衣装係をしてもらう。仕事の始まりは早いが、終わりも早い。途中で休憩時間も多いから、きっと務まると思う。食事はこの部屋に運ばせよう。風呂にでも入って、今晩はゆるりと体を休めるよう」  するりと俺の肩を撫でると、王様が立ちあがる。そうして、レッドをはじめおつきの者も全員出て行って、俺はひとり、部屋に残されたのであった。  魔術具を手に入れ、壁の金属板に触った。鬼火のような明かりが灯る。 「イエス、異世界!」  ぐっと拳を握って、ひとりなのをいいことに、異世界を満喫する。  アートが運んだ夕食を食べていると、綿の布地と裁縫道具が届いたので、さっそくトランクスの作成をはじめた。  スモックのような寝間着に着替え、トランクスを脱ぐと、布の上に置いてチョークで型を取る。ちくちく縫っていると、アートがやってきて、風呂の準備をはじめた。  たらいに水を入れ、たらいの金属板に触れるとすぐにお湯が沸いた。  そうして、なんだかいい匂いのする草――ハーブ――を入れる。入浴剤入りの風呂とは、なかなかに気が利いている。  風呂に入り、トランクスが一枚縫いあがった時点で寝ることにする。  チョーカーを外そうと手を後ろに回した。だが、後ろに金具はない。  では、と革と金属部分をいじくってみたが、革と金具を外せず、仕方がないのでそのまま寝ることにした。  翌朝、アートによって起こされた。まだ日はのぼっておらず、うっすらと空が白みかけている頃合いだ。  寝間着のまま寝台で食事をして、洗顔、そして着替えをする。上着とベストとズボンは昨日と同じものだが、シャツとチュニックは違うものが用意されていた。 「チュニックはいいや。シャツだけ着るから」  身支度が整ったところで、レッドがやってきた。 「陛下の寝室に案内するよ」 「秘書官なのに悪いなぁ。俺の世話をするのは、本来の仕事じゃないだろう?」 「君の世話をするのは、陛下のご命令だから」  緊急時であっても、すぐに王様の身支度が整えられるよう、俺の部屋は王様の寝室と近い場所に用意されたと説明を受ける。  レッドの言葉通り、廊下に出ると、俺の部屋の少し先で男が四人、立っていた。 「ただいま陛下はお食事中です。食事を終えられましたら、身支度になります」  男たちの中でも一番年かさの男――心の中でセバスチャンと名づけた――が、初心者の俺に説明してくれる。  王様は朝に服を着て、午前中の執務を終えたら午餐用の服に着替えて、次に昼間用の服に着替えて、夕方にもう一回着替えて、最後に正餐用の服に着替える。  そのすべての着替えと、脱いだ服の手入れが衣装係の仕事だそうだ。  着替えだけで一日五回とは! さすがロイヤル。面倒臭い。 「寝る前の着替えは、手伝わないのですか?」 「それは、寝室係の仕事になります」  ……ややこしいぞ、王様の着替えルール。 「ケイスケ殿には、陛下のご意向でガーターベルトと靴下を担当していただきます」 「はい」  何も考えずにうなずいたところで、寝室の扉が開いた。食器を載せたワゴンを押す給仕が出てきて、入れ替わりに衣装係全員とレッドが入室する。  ……広っ! 王様の寝室、ばかみたいに広いぞ!?  広さは、俺の部屋の四倍はあろうか。  天蓋つきのベッドに、技術の粋を集めたのであろう、細かな意匠が彫刻された書き物机にイス、洗面台に猫脚の陶製の浴槽があり、他にも長イスやらオットマンやら、細々とした家具が置いてある。  そして、肝心の王様は洗顔を終えたばかりなのか、タオルで顔を拭いていた。 「おはよう、ケイ。よく眠れたか?」  朝日にも負けない輝くような笑顔を向けてくる。  あぁ、今日も推しが尊い!! 「おかげさまで、ぐっすり眠れました」  実際、初めての場所、慣れない寝具にもかかわらず、俺は熟睡していた。  神経が太い……というより、疲れていたのだ。なにせ、六連勤後の異世界召喚で、王宮を歩き回った後だったからな。 「それはよかった」  王様は侍従にタオルを渡すと、そのまま隣の部屋――クローゼット――に移動した。  クローゼットは、櫃や壁に板を差し込んだ棚の他、木製のハンガーラックがあった。ただし、ハンガーはなく木の棒に直接ズボンがかけられている。 「ハンガーを使えばいいのに」  クローゼットを観察している間に、王様はイスに座って服を選んでいた。  服選びを終えた王様が立ちあがると、セバスチャンが寝間着を脱がせはじめた。  おおう。寝間着さえ自分で脱がないとは。これが王様というものか!?  習慣の違いに驚いているうちに、王様が全裸になった。  全裸だというのに、王様は堂々としていた。生まれた時から家来に脱ぎ着させてもらってたんなら、そりゃあ、全裸を晒しても恥ずかしくないか。  王様の体は騎士だといわれても納得できるくらい、見事に鍛えられていた。鑑賞に堪える肉体は、いっそ眼福だ。  それでも下腹部から下、太腿の半ばから上は見るのが憚られる。  巨乳といいたい胸筋を観察していると、王様が、ものすごくイイ笑顔を俺に向けた。 「ガーターベルトを」 「……あぁっ! そうだ、俺の担当でした!」  セバスチャンにガーターベルトを渡されて我に返った。  王様、全裸なんですけど。あ、下の毛も金色だ。その奥については、ノーコメントで。  つまり俺の仕事は、ひざまずいて、あの部分を目の前にして、太腿にガーターベルトをつける……ということか!?  ……あまりのハードルの高さに、めまいがしてきた。 「ケイスケ殿、早くしないと、陛下がお風邪を召してしまいます」  セバスチャンに背中を押され、よろめきながら王様の前に立つ。  王様は、朝の清々しい空気のように、爽やかな表情で俺を見おろしていた。  至近距離で見あげても、やっぱり王様は顔が良かった。  脳内カメラで激写しつつ、王様の太腿に腕を回した。目の前には王様の腹部がある。  おおう。すごい。腹筋がバッキバキ。腰回りは……けっこう太いな。ランベルトは腰がしゅっとしたタイプだったけど、これも悪くない。  ともすれば視界に入る王様の王様から視線を逸らしながら、なんとかガーターベルトをつけた。  やった。俺は、やりきったんだ!  そう、心の中で自分を褒めていると、セバスチャンに靴下を渡された。  ……そうだ。俺はガーターベルトと靴下の担当だったんだ。 「急いでください、ケイスケ殿。たかだかガーターベルトをつけるだけで、どれほど時間をかけているのですか?」  セバスチャンに叱咤されつつ、王様に靴下をはかせることに成功した。  靴下をはかせるのは、股間が目の前にあるだけに、ガーターベルトよりハードルが高かったが、それも俺はやりとげた! やりとげたのだ!!   次の衣装係と場所を交替し、俺は、邪魔にならないようレッドの隣に移動する。  王様の麗しい背筋が見えて、やっぱりいい体してるなぁ、と、改めて感じ入った。

ともだちにシェアしよう!