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第5話

 あぁ、つまり俺専用の異世界ガイドさんってわけか。 「わからないことだらけで迷惑かけると思うけど、よろしく頼むな」  挨拶を済ませると、アートはキビキビした動作で棚にシーツやタオルを置いて、また部屋を出て行った。 「あんな小さい子が働いてるなんて、学校には行かないのか?」 「あの年頃だと、初等教育は終わってるね。それ以上の学問は、神官や官吏、軍の指揮官、貴族か富裕な商人くらいしか受けられない」  中等教育以上は、金持ちか特殊な専門職に就く者しか受けられないのか。せちがらい。 「それにしても若いなぁ。まだ、幼いっていってもいいくらいだ」 「君は陛下の保護下にあるオメガだから。従者も幼いくらいじゃないと」  でた。陛下の保護下という謎ワード。  小首を傾げていると、服を抱えたアートが部屋に戻ってきた。 「侍従長よりご伝言です。じきに陛下がいらっしゃるので、それまでに着替えを済ませておくように、とのことです」  アートが抱えていた服をベッドに置いた。  裾の長いチュニック、襟や袖がひらひらしたシャツ、ベストにズボン、そして上着、靴下とガーターベルト、ブーツと、着替えが一式揃っていた。  チュニックとシャツは白で、ズボンと上着が濃いブルー、ベストは茶色。古着のようだが、布地の触り心地はよく、上質な品だとすぐわかる。 「こちらは、陛下がご幼少の頃に着ていたものです。新たに服を仕立てるまで、着替えがないと不便だろうから、と」 「服を仕立てるって……新しい服を買ってくるわけにはいかないのか?」 「買って着るのは、古着だよ。新しい服は仕立てないと」  なんと、この世界には既製品で新品の服はないらしい。 「陛下の服を賜るのは、君が陛下の保護下にあるからだ。この服を着ていれば、城にいる者がうかつにケイスケ殿に手を出すこともないだろう」  頻発する〝陛下の保護下〟に、俺はまたしても首を傾げる。 「ケイスケ様、お召し替えをしましょう。私が手伝います」 「着方さえ教われば、着替えくらい、ひとりでできるよ」 「しかし、主のお召し替えは、従者が手伝うものなのです」 「ケイスケ殿は、陛下の寝室係か衣装係になるのだから、今後のためにも一度、される側として体験した方がいい」  アートとレッドにかわるがわる説得されて、俺は仕方なくうなずいた。  異世界の着替えの説明は、なかなかショッキングなものだった。  まず、従者の前で全裸になる。  この時点でハードルがべらぼうに高い。俺は、トランクス一丁で勘弁してもらった。  それから、太腿から吊るすタイプのガーターベルトをつけて、靴下をはく。その上からチュニックを着てスリットによって前後に分かれた長い裾を股間にくぐらす。  つまり、このチュニックはシャツとパンツ一体型の下着であったのだ。  他人がはいたパンツをはくって……トランクスをはいたままで、よかった!  そうして、チュニックの上からシャツを着れば、あとは、普通の着替えと同じだった。 「……この世界の衛生は、どうなってるんだ!?」  つぶやく俺に反して、アートとレッドは俺の着ていたインナー――ランニングタイプのシャツ――を、興味深そうに見ていた。 「ケイスケ殿。この短いチュニックの、素材は何なのだ?」 「綿だよ。俺の世界では下着や肌着っていって、肌に直接身に着けるものは綿素材が多い。汗をよく吸い取るし、こまめに替えれば衛生的だし、感染症予防にもなる」 「衛生とはどのような意味だ? それに感染症とは?」  興味深そうにレッドが聞いてきた。  しまった。この知識は、俺のウハウハ大儲けライフに使える知識だったか!  一瞬、出し惜しみしたくなったが、不潔なのは嫌だ。 「俺用に、綿でインナーとトランクスを五枚ずつ作ってくれるなら、教えてもいい」  レッドがうなずき、交渉が成立した。  部屋に備えつけの紙とペンで、絵に描いて説明する。 「短いチュニックの方は後でもいいから、とにかく、こっちのパンツ! トランクスを優先的に、できれば明日までに作ってほしい!!」 「明日まで……は無理だな。少なくとも、七日は必要だよ」 「じゃあ、布だけでもくれ。裁縫道具があれば、自分で作るから」  母親がいなかった上、ひとり暮らしが長いので、ボタンつけや裾あげくらいできる。  人に見せるわけでもなし、トランクス型のパンツなら作れるだろう。  俺の必死の訴えに、レッドが「いいよ」とうなずいた。  やった! 下着、ゲットだぜ!!  それからレッドに、ばい菌やらウィルスについて説明をする。  この世界の事情も聴いたが、水魔術の応用である治癒魔術が発達しているから、病気の原因にまで興味を持つ者はおらず、すべて〝瘴気〟で片づけてしまうんだそうだ。 「傷口も、綺麗な水で洗うだけで炎症を起こしづらくなる。湿潤療法っていうのがあって、清潔なゲル状のもので傷口を覆っておくと、傷の治りも早くなるんだよ」 「それは興味深い。魔力量の少ない者にとっては、非常に役立つ知識だ」 「魔力量が少ないと、やっぱり大変なのか?」  なにせ、魔力量がゼロといわれた俺だ。そこのところは、大変気になる。 「先ほどの掃除具にせよ何にせよ、魔力がないと使えない道具が多いから。足りない魔力を補うために、あらかじめ魔力を貯めた魔石が流通しているよ」  乾電池ですね。わかります。 「魔石や魔術具に魔力を提供して金銭と交換することもできる。魔力量が少ないと、何をするにも不便だし、金も貯まらない。そもそも職業選択の幅が限られてしまう」  兵士は魔力量の多い者、多属性の者は神官や魔術研究の技術官、魔術道具を作る魔術具士。他にも鋳物職人やパン職人などは、火属性が好ましいとされるそうだ。 「そもそも、王族に生まれてもアルファでなければ王位に就けない。建国から二百年、王族のアルファ出生率はさがっていて、王族は数多しといえども、王位継承権のある方は、陛下の弟のダレン様と第一王子のエヴァン様のお二方しかいらっしゃらないんだよ」  なんと。あのランベルト似の王様は、子持ちだったか。  この世界は結婚が早そうだし、子持ちであってもおかしくないけど……ランベルトは女運のない独身だったから、裏切られた気分だ。  そのタイミングでノックの音がした。返事を待たずに扉が開き、王様がとりまきをぞろぞろ連れてやってきた。 「ケイスケ……呼びづらいから、今後はケイと呼ばせてもらう。私のことも、ブライアンと呼んでくれ」  王様が、輝くような笑顔を俺に向ける。  あぁ、推しが尊い!  心の中で両手を合わせ、王様を拝む。  王様は、お古に着替えた俺を見て「とてもよく似合っている」と言った。  日本人顔の俺に、こんなひらひらの服が似合うはずない。だが、お世辞とわかっていても、ここは笑顔で「ありがとうございます」と返すのが営業スキルというものだ。 「とても豪華な服で驚きました。それに、こんなにいい部屋まで用意していただいて、たいへん感謝しています」  俺は営業。王様は最重要顧客。  今、王様の機嫌を損ねたら、俺はここから放り出され、野垂れ死に確定だ。  最低目標は野垂れ死にの回避。希望は、ここを出てスローライフ生活を送ること。今は、放り出されないように注意しつつ、情報収集に努めるのだ。 「レッド、魔術具を」  王様が俺の肩を抱いてベッドに腰をおろした。当然、俺もベッドに座る。  レッドが箱の蓋を開け、艶やかな布の塊を取り出した。布をめくると魔術具が現れ、レッドが王様に差し出す。  魔術具は、銀色――銀製だろうか――の金属製で、中央がふっくらと膨らんだひし形をしている。  表面には魔法陣が刻まれていて、見るだけでテンションがあがった。  王様は魔術具を指先でなぞると、ベッド脇に控えた侍従に渡した。侍従は革のベルトのような物を取り出すと、魔術具の金具に通し、王様に返す。 「この魔術具に登録を。ケイは魔力がないから、血の契約となる」  王様が腰のベルトからナイフを抜いた。そうして、俺の左手を取る。 「親指の先を、ほんの少しだけ傷つける。流れた血を、魔術具に垂らせば契約完了だ」  王様が、俺の顔を覗き込む。

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