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第4話
なんてことだ! この世界の文明は、現代日本並じゃないか。
服装が中世っぽいから、完全に騙された!!
そうして、レッドが上着の袖の折り返しから、薄い金属板を取り出して耳に当てた。
「部屋の準備ができましたか。場所は……、あぁはい、そうですね。では、魔術具を取ってきたら、そのままそちらに向かいます」
「携帯電話まであるのかよ……」
便利だ。便利すぎるぞ、異世界生活!
俺の知ってる異世界モノとは、全然違うじゃないか!!
とはいえ、こっちの魔力は電気、魔術が技術って考えれば、人間の生活に必要なものは同じだろうし、同じ機能のものがあってもおかしくない。
通話が終わってレッドが歩き出すと、俺はさらなる情報収集を試みた。
「人の移動手段は、どうなってるんだ? 自動車とかある?」
「自動手押し車?」
自動車は、そう変換されたか。つまり、存在しないってことだな。
「えっと……馬を使わないで移動できる馬車……かな?」
「それはないなぁ。デュナン国の移動手段は、ほとんどが徒歩か馬、それに馬車や舟で、騎士や貴族など魔力が強い者の一部が魔獣を使う」
「魔獣?」
「グリフィンやペガサスという、空を飛ぶ魔獣がいるんだ」
「魔獣で空を飛ぶのか!」
イエス、ファンタジー!
異世界っぽい移動手段に、俺のテンションがあがる。
「でも、王都アスロンの外壁内では飛行禁止。暗殺や謀反防止のためだ。アスロンを出てしまえば、そこまで厳しくないから、飛行騎士も見られるかもね。他の移動手段は、転移陣かなぁ。転移陣ってわかる?」
「任意の場所に、人や物を一瞬で移動させる魔術……?」
「そう。でも、この転移陣の使用には、陛下の許可が必要で、使えるのも軍だけだ」
まさか、ワープまで実現しているとは。恐るべし異世界。
現代日本ならではの知識や感性を使って、異世界で人生のやり直しを……というのは、そうそううまくいかない気がしてきた。
「……人生って厳しい…………」
ままならぬ人生を噛み締めたところで、宝物庫の中に入った。薄暗い通路を進むともうひとつ扉があって、その扉の前に兵士が立っていた。
「秘書官のレッドだ。陛下の命で、オメガ用の魔術具を取りにきた」
「侍従長より話はうかがっています。どうぞ」
兵士が扉の前から退いて、レッドに場所を譲った。レッドが魔術認証で自動扉を開けると、俺に向かって「こっちだ」と声をかけた。
「俺も入っていいのか?」
「……君は、陛下の保護下にあるオメガだから。君のためにも、周囲のためにも、僕のそばから離れない方がいいんだ」
横目でレッドが兵士を見ると、兵士が視線を逸らした。
なんで俺を見てるんだ? あぁ、異世界基準だと、変な恰好してるからか。
安い吊るしの上下にネクタイ、ワイシャツ、そして革靴は、完全に浮いている。「異世界から召喚されました」と、看板をさげて歩いているようなものだ。
レッドが先に立ち、ふたりで真っ暗な室内に入ると、自動で扉が閉まった。
入ってすぐの壁の金属板にレッドが触れると、ぽつぽつとあの鬼火のような明かりが灯り、室内を照らした。
「オメガ用の魔術具」と、レッドが壁に向かって声をかけると、直径一センチほどの赤い光が生じて、蛍火のように宝物庫を移動する。
「目当ての魔術具まで、あの赤い光が案内してくれる」
赤い光は奥へと進んでいって、壁に木をはめ込んた棚が並ぶ一画で動きを止めた。
「ここには盗難防止の魔術がかかってるから、うかつに置いてある物に触らないようにね。触ると、文字通り大火傷するよ」
俺は慌てて腕を交差させ、ぴったり体につける。
「あぁ、あった」
赤い光は、見るからに古そうな飴色の木箱に止まっていた。古くはあったが、細かな彫刻が施され、ニスか何かが塗られており、工芸品としてなかなかのできだ。
「この、赤い光が止まると、盗難防止の魔術が解除されるんだよ」
そう言ってレッドが箱を両手で持ちあげ、扉に向かって歩いてゆく。
宝物庫を出ると、そのまま神殿の裏手の大きな建物に移動した。
「ここは?」
「陛下の暮らす居殿だよ。陛下の他にも身の回りを世話する人たちも暮らしている。君は今後、ここで暮らすんだ」
階段をのぼり、長い廊下を延々と歩いて、ようやくレッドが「着いた」と、言って足を止めた。
レッドが金属板に触れて扉を開けると、そこは十二畳ほどの広さの部屋だった。
窓があり、ベッドとテーブルとイス、そして壁に板が差し込まれた棚があり、その下に櫃が置かれていた。
他には、水道の蛇口つきの洗面所と大きなたらい、水差しやお茶道具が置かれた小さなテーブルと陶器製のおまるっぽいものがあった。
「仕切りのないビジネスホテル……って感じの部屋だな」
トイレと風呂――たぶん、たらいが浴槽だ――がオープンというのは慣れないが、完全個室なら、ぎりぎり耐えられそうだ。
「トイレはどう使うんだ?」
「縁にある金属板に触れると、水の魔術で下水管に汚物が流れるよ」
「トイレも水洗か……。だったら、浴槽もたらいじゃなくて、陶器で作ればいいのに」
「王族や有力貴族の浴槽は陶器や金属製だよ。浴槽サイズの陶器や鋳物を作れる職人の数が少ないから高価なんだ」
説明にふんふんとうなずきながら、ベッドに腰をおろした。
ベッドはカバーで覆われていて、羽毛布団と羽根枕、その下に羊毛を詰めたらしき布団とマットレスがセットされていた。
「寝具は充実してるなぁ」
「君は、陛下の保護下にあるから」
王様の保護下にあると、寝具に恵まれるのか。面白い習慣だ。
レッドはテーブルに魔術具の入った箱を置くと、イスに行儀よく腰かけた。
ちなみに、家具は木製ばかり。どれもみな、よく磨かれて手入れされている。床は石、壁は白い漆喰だ。
それからしばらくの間、俺は、手当たり次第に魔術具に触れてみた。
しかし、予想通りというか、残念なことに、魔術具はうんともすんともいわない。
「この世界のオメガでも、トイレは反応するから……。本当に、ケイスケ殿は魔力がゼロなんだなぁ」
「そんな事実、知りたくなかった!」
そう返したところで、トントンと扉をノックする音がした。扉を開けると、十歳かそこらと思われる、目のくりっとしたなかなかの美少年がシーツやタオルを抱えて立っていた。
「はじめまして、ケイスケ様。陛下よりケイスケ様の従者に命じられましたアートと申します。よろしくお願いします」
俺の従者という少年が、緊張した顔で俺を見ていた。
「レッド、俺に従者がつくのか?」
「そりゃあ、オメガなんだし、従者がいないと不便だろう」
オメガだと、従者がいないと不便? なんなんだ。よくわからん。
「陛下からは、ケイスケ様はこの世界にも王宮にも慣れていないから、できる限り手助けするようにと命ぜられております」
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