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第3話

 などと考えていると、王様に手首を掴まれて引っ張られ、立たせられた。向かい合った王様は、俺より頭半分は大きい。  あぁ……。アップになっても顔がいい……。 「オメガなのは残念だが、金魔石や賢者の石の作り方に心当たりはないか?」 「まったく心当たりがありません」 「ケイスケの召喚に最後に残った大きい金魔石を使ってしまった。そなたが金魔石を作れないとなると、この国は大変困ったことになるのだが」  残念そうに言われても、俺だってがっかりだよ。  さようなら、強くてニューゲーム。夢で終わったチート無双。おまけに、元の世界にも戻れない……。  いや待て、強くてニューゲームとチート無双だけが異世界召喚や転生じゃない。  まだあるじゃないか『スローライフ』というジャンルが!  森で暮らして、畑を耕して薬草を育てて、回復薬を作るんだ。太陽がのぼって起きて、日が暮れて眠る。のんびりした日常。  社畜からスローライフも悪くない。うん、やる気が戻ってきたぞ! 「王様、俺は……はっきりいって、役立たずですよね?」 「そんなことは……」 「はっきり言っていただいて結構です。それで、お願いがあるのですが?」 「私にできることならば、できるだけ力になろう」 「俺を保護してもらえますか?」  その言葉に、王様が息を呑んだ。まるで、意外なことを言われたとでもいうように、目を見開いて俺を見つめる。レッドやセオバルト、騎士たちも似たような反応だ。  普通に考えたら、突然、異世界に召喚されて役立たずとなったら、身の安全と生活の保障を求めるもんだよなぁ。  なのに、なんだろう。この反応。意外に思われているのが、意外だ。  王様は困ったように俺を見ていたが、小さく息を吐き、改めて俺をひたと見据える。 「わかった。そなたの申し出を受け入れる。私がケイスケの保護者となろう」 「陛下!」 「よろしいのですか、陛下!! お考え直しください!」  レッドとセオバルトが王様を必死になって止めている。  いやいや、そんなに必死になって止めるようなことか? 「よかった。それで、俺の処遇なのですが……、どこか田舎……できれば森にでも、ひとりで暮らせるようにしてもらえませんか?」  すかさず願望を口にすると、再び王様が困り顔になる。 「いったい、どういう意味だろうか?」 「そのままの意味です。俺は、どうやら役立たずなようですし、どうせならスローライフを極めてみようかと思います」 「スロ……ライフ?」  どうやら、この世界にスローライフという概念はないようだ。 「いきなり街中で暮らしても、異界人だと周りに迷惑をかけそうですし、人の少ない場所でひとりで暮らして、薬草を採取して回復薬でも作って自立しようかと」 「考え直した方がいい。魔術を使えないのにひとり暮らしは危なすぎるし、回復薬を作るには魔力が必要だ。どちらも、ケイスケには荷が勝ちすぎている。私は、保護者としてその願いを聞き入れることはできない」 「そんな……」  最後の希望、異世界スローライフ計画さえ、はじまる前にとん挫してしまった。  踏んだり蹴ったりっていうか……。俺はいったい、どうすりゃあいいんだよ!?  心の中が真っ黒になった。いわゆる闇堕ちしそうな、そんな気分だ。  呆然と立ち尽くしていると、王様が俺の肩に手を置いた。 「私が保護すると約束しただろう。仕事がしたいというなら、私の衣装係か寝室係にしよう。これらの職務に魔力は必要ないから、きっとケイスケにも務まるだろう」  力強く励ます声に、俺はのろのろと顔をあげる。  目の前には、ランベルトそのままの顔が、労りの表情を浮かべていた。  希望が全部消えても、俺は、ここで生きていかねばならない。  ……いや、スローライフの夢は諦めない。ここでしばらく過ごしてひとり暮らしに必要な知識や技術を習得したら、日本ならではの知識を使ったウハウハ商売大成功、金に困らないリッチな人生を送るんだ!!  新たな目標を持つと、少しずつ体に力が戻ってきた。 「……よろしく、お願いします」  こっくりとうなずくと、王様がほっとした顔で「よかった」、と言った。 「レッド、宝物庫からオメガ用の魔術具を用意してくれ。そのまましばらく、そなたはケイスケにつくように。この件は侍従長に伝えておく」  てきぱきと王様が指示を出し、俺はレッドの「こちらへ」という声にうなずく。  これが俺の、異世界生活のはじまりだった。  そんなわけで、神殿を出たレッドと俺は宝物庫へ向かった。  王宮は、巨大な建物二棟といくつかの別棟、途中に庭園があって、トータルでは郊外型ショッピングモールみたいな印象だった。  俺が召喚された神殿は、ふたつの大きな建物に挟まれた小さな建物だった。そこから庭園を挟んで建つ別館――宝物庫――へ移動中だ。  神殿を出てふたりきりになると、途端にレッドの口調がくだけて饒舌になった。  お偉いさんや騎士に囲まれて、緊張していたのかもしれない。  俺も堅苦しいのが苦手だから、こっちの方が気楽でいい。  レッドは、王様――ブライアン――の乳兄弟で、腹心だと改めて自己紹介する。 「ケイスケ殿、何か聞きたいことはあるか?」 「オメガのための魔術具って、何?」 「日常生活が送れないくらい魔力量が少ない人間――オメガ――が、日常生活を送るための道具のことだよ」 「そもそも、日常生活が送れないほど魔力がない……っていうのがわからないんだけど」  俺の問いに、レッドが「そうだなぁ」とつぶやいて、宝物庫の前で足を止めた。そうして、扉の脇の壁――楕円形の金属板が埋められている――に手をかざした。  次の瞬間、触れてもいないのに扉が動き、内開きに開く。 「自動扉……?」 「よかった。自動扉はわかるんだ。平民の家は自動扉じゃないけれど、王宮は暗殺や窃盗の防止のため、こんなふうに登録者じゃないと扉が開けられないようになってるんだ」  セキュリティカードに登録された権限によって、行ける場所が違うっていうアレか。 「登録者であると証明するためと、扉を開けるために自分の魔力を流すんだよ」 「じゃあ、俺がひとりじゃ生活できないっていうのは……」 「自動扉以外にも、水道から水を出すにも、調理道具を使うにも魔力を流すんだ。魔力を使わない水道や調理具は存在しない。もちろん、井戸や川から水を汲んだり、薪で火を燃やすことはできる。ただ、水を運ぶのはともかく、魔術を使わずに火を点ける方法を、そもそも僕は知らないけどね。ケイスケ殿は知ってるか?」  レッドが真顔で聞いてきた。 「マッチ……はこの世界にないか。火打石……もないんだろうなぁ。あとは……レンズ! 凸面鏡を使って太陽の光から火種を取る!」  俺の説明に、レッドが「想像できない……」と、眉を寄せた。  これは、想像以上にオール電化ならぬ魔力化が進んだ世界らしい。  そう考えていると、円盤型の金属製の箱が小さく音をたてながら近づいてきた。 「あれはなんだ?」 「掃除具だよ。風魔術でゴミを吸い取って、水魔術で床を掃除する魔術具だ」 「そんなの、こっちの世界でもできたばかりだぞ!」

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