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第3話
対面で一度会って着手金をもらう。それは城前の使っている仲介会社が必ず徹底しているルールだ。無事宝勝から金を受け取った城前はポケットにそのままねじ込み、ビルから出ようとした。
社長室、秘書室を抜けて廊下を出たところで引き止められる。
「なあ」
宮田が城前の腕を掴み、振り返らせた。
ふーっ、ふーっと荒く息をする宮田の顔は切羽詰まって赤い。人殺しらしく他人を威圧する恐ろしい顔をしている。宮田は欲情すると顔が怖くなることを、城前は知っていた。腕を振り払う。
「俺はもういい。一人でやれ」
「……くっそお、ビッチが、責任取れよまじで……」
「下でヤニ吸ってる」
心なしか前かがみで宮田がトイレに向かうのを見送り、城前はビルを出た。誰かに見せつけながらやるのも、自分より格下だと思ってる相棒にアクメを懇願するのも城前が興奮するプレイだったが、もう腰がだるい。若い宮田に付き合っていれば、仕事に取りかかれない。ビル前で煙草を吸って宮田が処理してくるのを待った。
2発抜いてまだ消化不良の顔をして出てきた宮田が「でぇ?」と城前に話しかける。
「もうやんの?」
「やる。いつも通りでいいぞ。見せしめらしいから死体だけ部屋の外に出せ」
「へぇ〜い」
評判の良い2人の仕事は急ぎのものが多い。ひとえに城前の能力のせいだ。殺しの一切合切を消し去る"時計のない部屋"を重宝する依頼人は多い。今回の依頼内容も「できるだけ早く」と言われていた。早速仕事に取り掛かる。
ほとんどの仕事で、城前は殺しに関わらない。部屋を建てるだけだ。実際に部屋の中に入ってターゲットを殺害するのは、別の人間にやらせていた。今は宮田だ。
危険な役を担う相棒が居ないときは仕方なく自分自身の手を汚すこともあるが、幸いなことに宮田は殺しの腕が良く、長く続いていた。いつもならそろそろ殺されるか逃げ出す頃だな、と城前が覚悟しても、宮田は負けないし豪胆だった。十人と乱闘して一人一人撲殺した後でも「腹減った」だの「肉を食わせろ」だの平気で強請る。
「焼き肉食いてぇな」
今日もそう言って城前の建てた部屋の中に入っていった。暇な城前はいつも部屋の外で煙草を吸って待つ。
「……あれ?」
適当な椅子に座っていた城前の前に、宮田が血だらけのターゲットを投げ捨てる。宮田はその後から返り血をべったり浴びて部屋から出てきた。自分の姿を訝しむ。
「おえ、血が消えねぇんだけど。何で?」
「まだ生きてる」
いつもだったら部屋を出たら消える血痕を纏わせていた。
城前の能力の落とし穴だ。"時計のない部屋"は命あるものの時を止めることができず、その体の一部も元の状態に戻すことができない。血液然り、精液然り。それが例え元々の部屋に存在しなかったものだとしても、消すことができない。
まだ生きてる状態のターゲットを部屋の外に出してしまえば、ターゲットの血を浴びた宮田もそのままの姿で出てくることになる。
「雑な仕事するなっつってんだろうが」
宮田に苦言をていしながら、城前はサイレンサー付き銃を構えた。ひゅーひゅーとターゲットの狭くなった気道を鳴らしていた呼吸を、カシュ、と気の抜けた音で止める。
「きっちり殺してから出てこい」
「万が一死体になって消えたら困ると思ったんだよ。うえー、これ、もう一回部屋の中入ったら消えるか?」
「一回外に出たから消えねぇな」
「まじか、着替え取ってくれよ」
手を差し出す宮田に、城前がスポーツバッグを投げて渡した。
着替えた服と銃をバッグの中にねじ込み、その場を離れる。
「くっそめんどくせぇな、やらなくて良かったんじゃねぇ?」
いつもと勝手が違う仕事に宮田が愚痴った。行きつけの焼き肉屋へ向かう道で、歩きスマホをしていた城前が嫌に笑う。
「破格の報酬だぞ。早速振り込まれてる」
「金なんか困ってねぇだろ。祭りの間、休業すんのも初めて聞いたんだけど」
くん、と宮田が自分の手の匂いを嗅ぐ。先程まで鉄臭かったが、今は血を拭くのに使ったアルコールティッシュの匂いしかしない。すーすーする手を擦り合わせながら「休むならバカンスでも行かねぇ?」と城前を誘った。
「南の島がいい。一日中、お前と海見てボーっとしてセックスする」
そう宮田が最高のプランを提案するが、城前は鼻で笑う。
ずっと宮田に言ってなかったことを満を持して言った。
「休みはお前だけだ、宮田」
「あ? そうなの? なんで」
「"異能の王座決定戦"だぞ。能力者の俺はお呼びがかかってる」
城前はメディアがこぞって囃し立てる祭りの名称を強調した。その名の通り、異能力者の祭りが近々開催される。
宮田は馬鹿みたいに殺しは上手いが無能力者だ。今回のお祭りには参加できない。
「殺しの仕事は休むが、俺には祭り関係の他の仕事がある。政府からの仕事だ、身綺麗にしとかなきゃなんねぇ。俺の能力が便利なんだと。……なあ、宮田」
フードを被った城前の顔には影がかかっている。かろうじて光にさらされた口元を歪め、暗い目元のまま城前は宮田を見上げた。
「どうして殺しで有名な俺が捕まらないんだと思う?」
もったいつけて問うた。城前には優秀な殺し屋であるという自負がある。
それは異能力が優れていることも殺しの技術が優れていることも必要な要素だったが、城前は何より立ち回りが重要だと考えていた。
「……そんなの、証拠がねぇからだろ」
城前が思った通りのことを宮田は答えた。
「その通りだ。俺がやってることなんざもう知れてる。本当は警察も俺を捕まえたくて仕方ねぇが証拠がない。全部部屋の中で消しちまう。……で、だ」
宮田が持つスポーツバッグを指さす。
「返り血を浴びた服。銃痕を残したサイレンサー付き銃」
「何が言いてぇんだよ」
バッグの中身を改めて口に出し、城前は今度は宮田を指さした。
「お前、靴履き替えるときに一回裸足になったな」
「…………」
「警察はてめぇも捕まえたくて仕方ねぇ。お前、俺に会う前に喧嘩で何回捕まった? 手も足も指紋取られてんじゃねぇか?」
ファンファンファンとサイレンの音がする。城前が呼んだのだ。今は便利だ、ネットで110番ができるから、歩きスマホで通報できる。
「祭りの間、俺の代わりに逃げ回っててくれよ、相棒」
警察官が2人、パトカーから降りてきて宮田を指さした。
「くっそやろおおおおおがあああああ!!」
「ははは!」
城前を殴りたくなるのもスポーツバッグを投げ捨てたくなったのも堪えて、宮田は駆け出した。どちらもやったところで自分にとって不利にしかならないと勘が言っていたのだ。
その通りだった。
宮田と違って城前は慣れている。例え部屋の外で人を殺しても証拠なんて残さない、何をやっても宮田にしか容疑がいかない。
――それでも万が一、今回の"見せしめ"のために自分に足がついたら。
そう思った城前は生贄として宮田を差し出すことにした。自分が祭りを楽しんでいる間、暇だろうと思った相棒への配慮でもある。宮田が後ろ手で自分に向かって中指を突き立てている。せめてものの報いか。走りながら一瞬の負け犬の不格好に、城前は声を上げて笑ってしまった。
警察官が宮田を追いかけ、城前の横を通り過ぎる。反対方向に歩きながら、城前は逃亡資金として今回の報酬を全額宮田に振り込んだ。口座情報が入ったスマホを壁に投げつけて壊し、ゴミ箱に捨てる。
もし逃げおおせたら、そのときは宮田の言う通りバカンスくらい一緒に行ってやってもいい。それまで、城前には仕事が用意されていた。
「無能力者が、せいぜい頑張れよ」
異能力者達の祭典。
"異能の王座決定戦"が始まる。
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