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第5話 同居人たち

 慶介が起こされた時には荷物は秘書の兄さんによって運ばれた後であった。 「起こしてくれたらいいだろ?! もう、何から何まで、本当に、すいませんっ!!」 「気にしなくていいよ~。車酔いは大丈夫?」 「はい・・・」   引っ越し先は父となった本多信隆(ほんだ のぶたか)の家ではなく、父の兄の本多景明(ほんだ かげあき)の家だった。  14階と13階のマンションだけど室内に階段があるメゾネットタイプで7LDK だという。14階がリビング・ダイニングと仕事部屋、それから、ランドリールームとウォークインクローゼット。13階に景明(かげあき)さんと慶介、酒田、秘書の水瀬と重岡の部屋とゲストルーム。  父である本多信隆(のぶたか)は地方勤務であと1年は九州から帰らないそうだ。 「酒田も一緒に住むの?」 「そう。俺も5日前に聞かされて、昨日引っ越して来たところ。荷解きは後にしよう」  各部屋を覗いたわけじゃないから分からないが、扉の間隔などから、慶介のとされる部屋だけ明らかに広い。扉もTVでみたピアニストの防音室みたいに分厚い。もう1つあった扉は少し狭いがユニットバスに繋がっている。 「あのさ、なんか、俺の部屋だけ特殊じゃね?」 「ヒートシェルターだからな。追々、説明するよ」  リビングには父の信隆(のぶたか)と父の兄の景明(かげあき)、水瀬、初めて見る重岡が各々くつろいでいた。 「僕は初めてやね。重岡(しげおか)です。在宅でプログラマの仕事してます。家事は僕がやってるけど、本職じゃないから雑でも許してね」  重岡さんは景明や水瀬に比べると若いし、鍛えてないし、極普通の人に見えた。でもこの人もアルファだと言う。  信隆はいかにも仕事ができる男という居丈高(いたけだか)な雰囲気を放っているし、景明と水瀬、酒田の三人は服に隠れないほどの鍛えた筋肉が圧迫感を感じる。なんというかアルファというのは圧を感じる何かがあるのかと思っていたが、そうでもないようだ。 「ルームツアーは終わったか? 飯、食いに行くぞ。慶介、何食いたい?」  景明の言葉で、皆の視線が慶介に集まる。 「え、と、なんでも、いいです・・・」  田村の家では慶介に希望を聞く者などいなかったから、食べたい物なんて何も浮かばなかった。  それなのに、誰からも他の意見が出てこない。皆、慶介が希望を言うのを待っている。 「慶介、君の好きな食べ物で良いんだ。僕らに気を使うことは無い。・・・慶介、何が食べたい?」  信隆の言い方は諭すように優しいのに、逃げることは許さない厳しさを含む。  酒田に視線を投げても小首をかしげるだけ。誰でも良いから代わりにリクエストを出して欲しい。という慶介の期待は叶わなさそうだ。  止まっていた頭が回りだす。田村の家では基本的に一番下の弟が食べれるものが優先された。小さい頃はともかく、好き嫌いのない何でも沢山食べる弟だったが、それでもリクエストを出すのは弟が一番最初でそれが通るのが当たり前だった。  甘いものやデザートはいつも妹が選んだ。慶介の誕生日ケーキを選ぶのも妹で、写真写りが良いものを選ぶ傾向があったから味や好みは二の次にされた。  でも、写真一枚にあーだこーだ言って盛り上がる妹と母親を見るのは微笑ましく思っていた。 ──本当、に?  いつだったか、モンブランのケーキが食べたかったのに、ブームだからとベイクドチーズケーキにされてイラッとしたのを思い出した。  でも、不満は飲み込んだ。父親が「仕方ねぇなぁ俺の分も好きにしてええぞ」と、誕生日ケーキを選ばせて、笑っていたのを見たから。自分も父親のようにならなければ、と、それを見習おうと思ったのだ。  そうだ、不満はあった。我慢していただけ。食べたいものはあったけど、それが食べられたことはない。ならば、過去に食べたものを思い出すのではない。食べた事が無いものを思い出さなくては。 「・・・寿司・・・寿司食べたい。回転寿司でもいい」  やっと出てきた答えに景明が威勢よく応える。 「そんなちゃっちいとこ行くかぁ。旨いとこ連れてったろ! 重岡、穴子が旨い方の店、座敷の予約してくれや」 「はい」 「水瀬、車、前に回してくれるか」 「はい」  慶介の希望にそって人が動くというのが不思議な気がした。同時にジワジワと嬉しさがにじみ出てきて、顔がにやけているのでは? とちょっと恥ずかしくなった。  初めての寿司屋。値段の書いていないお品書きに慶介はビクビクしながら寿司に手を伸ばす。その横で酒田が躊躇なく大口を開けて寿司を飲み込んでいくのを、慶介は惚れ惚れするような、呆れるような気持ちで言った。 「酒田、お前には遠慮というものがないのか・・・」 「ん? あぁ、そうか。慶介、認識を改めよう。慶介はもう本多家の一員だ。自分の父親の兄、つまり叔父さんに寿司奢ってもらってるんだ。遠慮する方が無粋だと思わないか?」 「でも、値段の書いてない寿司屋なんて、恐ろしすぎるやん・・・」 「ははっ、そこは心配しなくていい。本多さん達は2人とも高給取りだから、ここの寿司代くらいポーンと払えるさ」  そうなの? と慶介が本多の2人を見ると、信隆がニヤリと笑う。酒をあおり、飲み切ると景明にお猪口をグイっと突きつけた。「今日の支払いは俺なんだけどな」と景明は肩をすくませながら酒を注いだ。 「兄より僕の方が稼ぎは上さ」  力関係を見せられた。一番年上だし、ガタイもいいし、基本的に命令口調だから、この面子では景明が一番上のリーダーなのだと思っていた。でも、2人のやり取りを見るに、信隆の方が上らしい。雰囲気的にただ稼ぎが良いから偉ぶっているわけではない感じがする。 「だから、お金のことは気にせず、気になるものはぜーんぶ頼めばいいよ。食べきれなくても、残ったものは隣の番犬くんが食べてくれる」 「番犬?」 「うん、俺は慶介の警護担当なんだ。えっとー、まずバース性、アルファとオメガは産まれてくる比率に差があるんだ。ベータは男と女はほぼ1:1だけど、アルファとオメガは3:1とも言われ、オメガと番えなかった余ったアルファは他のアルファの下に付いて、オメガのボディガードについたりする。昔は付き人とか側使えとか侍衛と呼ばれたけど、今は補佐とか秘書とか警護って呼ばれてる。慶介はベータ社会で生きてきたからバース社会のことを何も知らないだろ? その無知に漬け込まれないためにも警護は必要だ。だから俺が警護につくことになったんだ」  唐突に与えられたバース性の情報に理解が追いつかなかった。混乱状態の慶介に酒田はニコリと笑うと、 「住み込みで警護するのは珍しいけど、慶介は特殊ケースだから」 「そう、なんだ。ありがとう?」  慶介は『特殊ケースだから』の一言に考えるのを放棄した。 「ははっ、本多さん。やっぱ教育係要らないですよ。酒田に任せましょう。ネックガードを着けさせる誘導も上手かったですし。嫌だ〜って言うてた割に今もちゃーんとネックガード着けたままでいる」  水瀬の言葉に、ハッとして首に手をやる。 (ほんまや、存在を忘れてた・・・!)  フェイスマスクで隠してもいない。でも、ここに来るまで道も歩いたが無遠慮な視線を向けられることはなかった。 「慣れてくれて良かった。電子ロックタイプだから、スマートウォッチでパスワード入力してロック解除するんだ。家に帰ったら教えるよ。でも、家の中でもネックガードは着けててな、俺もいるし。風呂以外では外さないのが基本な」 「は、はい」  景明イチ押しの穴子寿司は美味かった。 ***

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