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第4話 引っ越し
慌ただしく決まった引っ越しに慶介は頭を悩ませていた。「必要なものはたいてい用意してあるから、思い入れのあるモノだけ持っていけばいいよ」と言われているのだが、向こうに何があるのかわからないので荷造りは難航していた。
ろくな荷造りが出来ないまま、引越し日を迎えた。
「初めまして、酒田勇也 です」
「どうも、田村慶介 です。俺の引っ越しの手伝いに来ていただいて、ありがとうございます」
「そんな畏まらなくていいよ。俺も16、同い年だから」
「あ、そうなん? じゃあ、よろしく」
とっ散らかった部屋を見た秘書の兄さんが笑った。
「はははっ、迷走した様子が想像出来る~」
「いや、なんか、全然準備出来てなくてすいません。持っていく物がわかんなくて・・・」
「身ぃ1つでも良かったんですけどね~」
ガタイの良い体躯で表情と物言いだけは優男の秘書の兄さんなのだが、部屋を見る目は、なんとなく怖い。怒っているような雰囲気を感じて、恐縮と言うより縮こまる思いだ。
「初めての引っ越しだろ? 解らなくても当然だ。慶介って名前で呼んでもいい?」
「あ、うん」
「水瀬 さんには要らないモノを箱詰めしてもらっておいて、慶介は必要なもののピックアップをしていこう」
ベッドも机も教科書も要らない、と本当に必要なものだけを拾い上げていくと慶介が持っていくべき物は驚くほど少なかった。引っ越し準備というより不用品処分の様相で、最後に水瀬 が箱詰めした不用品を納戸に押し込んでしまえば慶介の引っ越し準備はあっけなく終わった。
空いた部屋を見た弟が「僕の部屋にして良い!?」と言った事から、水瀬が「ついでだから部屋の入れ替えも手伝いますよ」と弟の家具と荷物を妹との共同部屋から一人部屋へ移してくれて、妹の部屋の模様替えまで手伝わせてしまった。
慶介の少ない荷物をワンボックスカーに詰む頃には昼はとうに過ぎでいた。高速道路に乗る前にうどんチェーン店で遅い昼飯にすることになった。
車から降りようとした慶介の手を酒田が掴み止めた。
「嫌かもしれないけど、ネックガードを着けて欲しい。せめてスマートウォッチだけでも」
オメガのことをまだ何も知らない慶介でも、オメガが首輪をつけるというのは知っている。
酒田が差し出したネックガードはどう見てもファッションチョーカーではない。首全体を覆うくらい幅広い、キャメル色、ロック部分は金属で出来ている。
想像していた犬の首輪とは違ったけれど、つければ目立つだろうと思った。ネックガードと名前を変えてもオメガの象徴である首輪には違いない。周りにわざわざ知らしめるような首輪は着けたくない。
でも、もう一つのスマートウォッチは画面小さめでおしゃれな印象だ。酒田も同じものを着けているし、こっちなら着けてもいいと思った。
「腕時計なら・・・」
酒田が慶介の腕に装着した。「自分で出来ますけど?」と思ったが、流れるような手付きでされたので言う機会を失ってしまった。さあ、飯だ。と引こうとした手がまた酒田に捕まる。
せめて、と言ったくせに酒田の目はネックガードも着けさせようとしている。
「ネックガードの上からスポーツ用フェイスマスクをつけるのはどう? コレなら見えないだろ?」
フェイスマスクは鼻から下、首周りまでを覆い隠す日焼け防止グッズだ。触ってみるとサラサラとした接触冷感素材で7月初めのこの季節でも暑くないだろう。でも、首を首輪で覆ってしまうのだから接触冷感も何もない。そもそも首輪そのものが暑苦しい。
嫌がる慶介と着けたがる酒田の静かな睨み合いは、慶介が根負けし、ネックガードとフェイスマスクを着けた。
酒田たちはなるべく人目が避けられる奥のボックス席を選んでくれたけど、慶介のフェイスマスクが物珍しいのか人の視線が集まる。
初めてのネックガードは慣れなくて息苦しいし落ち着かない。ネックガードをいじり引っ張る慶介を覗き込むように酒田が声をかける。
「食べにくいか?」
「いや、その、・・・まぁ。俺、タートルネックも好きじゃなかったから、首になんかあるのが、やっぱ、嫌、だなぁって」
車に戻った慶介は速攻でフェイスマスクを脱ぎ捨てた。
「コレ取りたい。どうやって外すの?」
「できれば、着けたままでいて欲しい」
「えぇー・・・」
騙し討ちかよ。と思った。でも、飯の間だけとは誰も言っていない。勘違いしたのは慶介の方だ。
「俺はアルファだから、オメガが項を晒してるのを見るとソワソワするんだ。慶介はいい匂いもするし、」
「は? ・・・はあ!? にお、匂い?! 何言ってんだ!」
「バース性はフェロモンを匂いとして感じ取るんだ。オメガの慶介はいい匂いがする。アルファにとってオメガの項はたまらなく魅惑的に見えるんだ。だから、できればネックガードで隠しておいて欲しい」
「フェロ、モン? 項が魅惑的? はぁ??」
「何のことか解らないだろ? だから今はこっちの頼みを聞いてくれないか?」
「う・・・、ぐぅ、わかった」
「ごめんな、ありがとう」
慶介はネットでフェロモンについて検索するつもりだったのだが、車に酔い、頭痛と気持ち悪さで寝てしまった。
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