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第3話 バース性について

 酒田(さかた)家は江戸時代の前から続くアルファの家系で、同じアルファ家系の本多(ほんだ)家の補佐を代々、勤めてきた。  なーんて、今どきそんなものは流行らんわ。と言いたいところだが本家同士ではまだ続ける様子。まぁ、酒田家のなかでも分家筋の自分には関係ない話だ。と、思っていたのに「本多のオメガの警護についてくれ」と、言われたのは3日前。 「はあ? オメガと同居っ!? そ、そんなんっ、家族でもないのに出来るわけなやないですか! いや、その、警護なら、耐えっ、耐えてみせますけど・・・」  5,60年前、最下層の地位にいたオメガは、現代においては家の宝のように扱われる。  ひとえに、バース性の人口が激減したからである。  太古から紀元前頃まで、バース性は強い支配力を持っていたと思われる。しかし、狩猟よりも農耕が主な社会になって、数を増していくベータにバース性は次第に押されてベータが優勢な社会になると世界各地オメガの立場はことさら弱くなって、男尊女卑の価値観のさらに下にオメガは置かれ、アルファは支配者層に残った。  日本で言うと、力が物を言う武士の時代、多くの武家はアルファ性でオメガは強く優秀な子を産む腹として掻き集められ囲われていた。  戦がなくなると腕っぷしの強さや優秀な能力があるアルファよりも根回しや談合の上手いベータが要職を抑えるようになり、オメガは性風俗産業の商品に落とされた。  この時代だと、番をもって人並みに幸せを得られるのは数少ない運の良いオメガだけになっていた。  武士の時代から文明開化の切り替わりに活躍したのはアルファ達であった。西洋文化も輸入され、華族制度の中でオメガはアルファを産む愛人やお妾として地位が持ち上がる。  しかし、世界大戦をへて社会が画一的な労働力を求める高度経済成長期になると、ヒートを抱えるオメガは社会から弾き出され社会の貧困層に落ちていく。「ヒートで人を惑わすオメガと、そのヒートに惑わされるアルファは頭のイカれた病気だ」と、ベータたちはバース性のことを害悪のように扱いアルファですらバース性をひた隠しにし、オメガは体を売るしか生きることすら出来なかった。  そんな高度経済成長期からバブル景気に浮かれるまでの時代をバース社会では『オメガ暗黒時代』と呼び、歴史の授業の中で学ぶ。  バブルが弾けたあとの不景気で、世界が実力主義になると再びアルファ性が頭角を表し、財界や政界で世界を牛耳る力を持ち始める。だが、オメガの地位は相変わらず低く、印象や地位が向上したのはアルファだけ。  何世紀も続くアルファ至上主義は根強く、アルファはアルファと結婚し、裏でオメガの項を噛み、孕ませ、子を取り上げ、番を逃げられない鎖として飼っていた。  アルファ達が強い危機感を覚えたのは、バース人口の出生割合が0,1%を切ってからだ。  ベータと交じると血が絶える。と言われる程にベータとの間にバース性は産まれにくい。また、アルファ女性の自然妊娠率は低く、ベータ女性の5分の1とされ、2人産んだら「良くやった!」と言われるほど。  このままではバース性が絶えてしまうかもしれない。そんな危機感は日本に限らなかった。アメリカでも番至上主義の人権運動が始まり、オメガの地位向上の流れが出来る。  その流れを受けて日本でも番至上主義が浸透し、政界にいたアルファ達は、ヒートを隠すために違法で危険な薬物を使い命を落とすオメガを救うため、アルファ・オメガを障害者認定し抑制剤などの医療費控除をしたりした。世論が変わると、オメガのヒート時における有責をベータやアルファ側とする裁判所の判例がだされ、アルファの番解消は「未必の故意による殺人」という判例で「オメガはついに人権を取り戻した」とも言われた。  番至上主義の気風の中で、オメガの保護と争奪戦が始まる。番のいないアルファは負け犬とされ、どんなオメガでもいいから番になってくれとアルファが探し回った事で、結果的に貧困層のオメガが多く救い上げられる事に繋がったが、救われたオメガが皆納得していた訳ではない。という事実を忘れてはいけない。と現代の若いアルファたちは教えられる。  オメガが貴重な存在になると誘拐や連れ去りが問題になるようになった。年齢を選ばず、番の有無も問わず攫われて闇世界で売られ、繁殖用にされる。  オメガを守るためアルファたちは警察や公務員、医師、児童福祉士たちによる『個人的繋がり』のアルファネットワークを作った。  このアルファネットワークは人身売買組織を日本から追い出すことに成功する。  そして、今、現在。アルファとオメガの立場は逆転し、アルファはオメガに選んでもらうために必死だ。  第2性が判明したらすぐに婚約を申し出たり、アルファの我が子にはオメガを大切にしなさいと刷り込むように教育する。子どもの頃から蝶よ花よと過保護に守られ甘やかされる現代のオメガは無自覚に我が儘っ子になった。だが、そんなオメガの可愛い我が儘を聞くのはアルファの甲斐性とされ、番のアルファだけではなく一族のアルファ達はどんなお願いも叶えてやろうとする。  そうやってアルファ達がオメガの我が儘を許すのは、ただただ、オメガに3人以上の子供を産んでもらうためなのだ。 「訳ありのオメガでな」  そう言って、柔道の師範でもある本多景明(かげあき)さんがタブレットで人物の資料を見せてくれるが、住所氏名年齢くらいしか書かれていない。 「田村慶介16歳。同い年ですか。父親は本多で、母親は田村・・・ベータ女性・・・、え? ベータからバース性って産まれるんですか?!」 「自然妊娠で3つ子を産むくらいの低確率でありえる話らしいぞ」 「へぇ~。このオメガ・・・住所が滋賀県になってますね。引きこもり? ・・・いや、苗字が田村ということは母親が育てたんですか? ベータがオメガを? ・・・・・・あ、違う、オメガだと知らなかったんですね。最近になってヒートが来て発覚ですか?」 「おぉ~、よぅわかったな。正解や。田村慶介とあるが、血縁上の父親である弟と養子縁組をしたから今は本多慶介だ。2ヶ月前に初ヒートが来て、本人が第2性対応病院に電話。そこから役所のバース課に相談のSOSが入って、アルファネットワークで調べたところ、母親が弟の元愛人だった事からDNA鑑定して確定した。母親の托卵が4歳のときには発覚してたようでな、肩身の狭い思いをしてたようや。特に祖母との関係は悪く、父親が別れ際、守ってやれなくてすまなかったと謝っとったわ。──と、まあ、つい2ヶ月前までベータ社会で男性ベータだと思って生きてきた何も知らん、無知なオメガのこいつの警護を頼みたい」  酒田は改めて資料を見ると、遠距離から取ったらしき写真があり、スワイプで捲る。  身長は高めで体格もしっかりしている。オメガらしからぬ体つきだとはいえ、ネックガードも無しに自転車通学している写真には危機意識が無さすぎだろうと唖然とする。  ただ、酒田が気になったのは、学ランを着て友人らといる時の写真の表情の明るさに対して、病院の待合で母親と並んで座っている時の表情の暗さ。この2枚の対比が彼の境遇の辛さを表しているようだった。 「俺が断ったら・・・」 「慶介が転校するクラスの風紀委員が木戸とか言う、区役所バース課職員の知り合いがいるらしいから、しばらくはそいつに頼むことになる。木戸、知ってるか? どんな奴や?」 「社交性が高くて、誰とでも上手くやれる優秀なアルファです。欠点は身長が低くて体が小さいということくらい。頭脳派の勝ち組アルファって感じです」 「そいつ、婚約者はいるか?」 「いますよ。・・・本多さん、俺、警護引き受けます」 「やってくれるか。教育係は別につけるつもりやけど、お前にも担ってもらうことになる。常識が通じんから相手は大変やと思うが頼むぞ」 「はい」 「警護とは言うたが、仕事やないからな。慶介のこと口説いてもええぞ」  ニヤリと笑う本多さんに苦笑いしか返せない。「負け癖のついた補佐アルファ」と呼ばれ続けた酒田勇也(ゆうや)だが、降って湧いたチャンスに少し浮き立ち、心にアルファの本能がくすぶるのを感じた。 ***

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