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第7話 学校案内

 テストの手応えは散々だった。回答の3割くらいしか確信がない。酒田の言う通り、追試験か補習授業を大人しく受けることになるだろう。  テスト最終日の今日は学校案内のため、生徒たちが下校するのをカウンセリングルームで隠れて待つ。  カーテン越しに下校様子を見ていたが、ネックガードを着けている生徒の半数以上が車の送迎を受けていた。残り半分は最寄り駅に複数のアルファに守られる形で向かっている。皆が防犯マニュアルの心得のひとつ『1人にならない』を守っている。 「まだ残ってる生徒はいるけど、そろそろ学校案内しましょうか」  この学校は藤間学園グループの大阪校。生徒数は670人。関西のアルファとオメガの9割の高校生がこの学校に入学する。  藤間学園グループはアルファ企業が出資して作ったアルファ・オメガのための学校だ。  国はバース性人口減少対策として大きく3つの事をした。医療費控除、雇用促進法、私立校の教育費無償化だ。この教育費無償化によりバース社会は学園グループを作り、幼稚園から高校までの私立の学校を各地に建てまくる。時とともに小中高校の教育施設は都市部に集約されていき、高校は北海道、東京、大阪、九州の4校にまとめられた。  一番最初に案内を受けたのは避難場所だ。各階に小さな保健室のような部屋があり、トイレにも避難スペースがある。緊急通報ボタンを押すと扉はロックされ、教員室に連絡が行く。消火器の近くや各教室には緊急抑制剤の薬が配置されていて、コレも蓋を開けるだけで教員室に通知が行く。  また、緊急抑制剤の使い方やそれに伴うアクシデントの対応を教員だけでなくアルファの生徒全員が研修済みなのだと言う。  それから、この学校に死角は無い! と言わんばかりに監視カメラがある。先生が言うには、監視のためのカメラではなく、問題が起こった時の証拠映像として使うためであり、すべてはオメガを守るための設備なのだそうだ。 「ここが我が校、自慢の自習室です」  次に案内されたのはちょっとした図書館かと思うほどの広いスペース。  ズラリとならんだパーテーションデスクと参考書や問題集の並んだ本棚。6人がけ机が6台。5人くらいしか入れなさそうな個室が4部屋、10人くらいの個室が2部屋。アルバイト講師が常に8人以上常勤しているのだそうだ。 「テスト、難しかったでしょう? この学校は関西のアルファ・オメガが学力関係なく集められてるから、授業レベルはかなり高めに設定されているんですよ。当然ついていけなくなる生徒が出てきます。そのサポートのために学校内に学習塾のような場所を作りました。40点以下を赤点として追試験や補修授業を課して、授業についていけるように補強していますが、本当の落第点は10点以下だから、赤点と言われても落ち込まずに」  自習室の下も同じ広い空間があって、まるで学生食堂のようだ。と思ったらその通りで 「元々、学食があった部屋なんですけど、今はなくなってフリースペースになってます。校門のロータリーがあるでしょう? そこにキッチンカーが何台か来て、お昼はそこで買う生徒も多いんですよ」 「へぇ~! いいな! 酒田は買ったことある?」 「毎日お世話になってる。各キッチンカーの予約アプリがあって、それで予約して、お金も電子決済だから、学校では受け取るだけ。超便利」 「俺、中学も弁当でさ、自分で作ってたからまじで羨ましすぎ!」 「放課後も移動カフェのキッチンカー、あるよ?」 「マジかよ」  それから案内されたグラウンドと体育館が案外狭くて、部活動で取り合いになりそう。とつぶやいたら、部活はそれぞれ学校の外のグラウンドや体育館、道場などの施設を借りてやっているそうだ。しかも、それらの顧問はOBの元選手とかがしてたりするんだとか。  酒田は剣道部と柔道部の両方に入っているらしい。 「中学でも陸上してたし、陸上部にはいろうかな」 「え”?!」 「何? 何か問題ある?」 「あの、警護的な面で。・・・俺が部活、辞めるか? 陸上部に入るか? ・・・本多さんと相談しよ」  「少し歩きますけど」と連れて来られたのは、学校の敷地内だけど、ぽつんと離れたところにある謎の建物。窓が小さく全てに頑丈そうな格子がついていて、人の侵入を拒むようなちょっと異質な印象がある。 「ここは、シェルターです」  避難・ヒートシェルターとは、その名の通り発情期になったオメガが逃げ込むシェルターだ。抑制剤の進歩で学校でヒートを起こすオメガはほとんどいなくなったが、ヒートが起こったときのために宿泊施設を用意しているのがココだと。  家庭から逃げたい生徒も利用可能だ。昔は意に沿わぬ婚約者から逃げるために3年間、避難シェルターから学校に通った生徒もいるらしい。  シェルターに入ったからには本人の意志以外でココを出ること、出すことはできない。親も学校関係者もどんな権力者からも守る、治外法権で成り立っているらしい。  最後に教員室で、テストを休んだ場合は追試験があるし、ヒートで休む期間はインフルエンザと同じ公休扱いで出席日数に影響はない。髪やアクセサリー、制服の改造も咎められることはない個人の自由。という説明を受ける。  なんだったらネックガードを外しても良いが、それで「項を噛まれた!」と言われても、それはさすがの学校も「自己責任です」と言うらしいが。  関わりのある各科目の先生や保険医、事務員さんと顔合わせをした。  学校側は慶介がつい2ヶ月前までベータ社会でベータ男性として生きてきた事情を通達済みで、どの先生も「解らないことがあったらすぐ聞いてくれ」「サポートは惜しまない」と言ってくれて、さすが私立は公立の学校とは比べ物にならんな、と感じた。  慶介は重岡の送迎で帰るが、酒田は自転車で来たから自転車で帰ると言って別れた。 「僕もここの卒業生なんですよ」 「へぇ、重岡さんって何歳なんですか?」 「まだ28歳です。本多さんが49で、信隆さんが46、水瀬さんは37だったかな」 「ちなみに、どういう経緯で同居を?」 「同居のきっかけは君です。1ヶ月前に、一緒に住むぞ~って言われて。それまではワンルームの狭い安い部屋で1人暮らしでしたよ。慶介くんを引き取るにあたって、フリーでプログラマしている僕は送迎係として都合が良かったんでしょう。同じ会社で働いていたよしみで誘われました」 「それは、なんか、俺のせいで、すいません・・・」 「いやいや、オメガの補佐が出来るのは、何ていうか名誉なことなんです。それに、補佐のアルファが上司の家に同居するのはよくある話ですし。僕は昔から根暗で、オメガとはお近づきにもなれない人生でしたから、初めて母以外のオメガと話が出来る~なんて、ちょっと舞い上がっちゃったりしてね」  重岡はへへへっと笑った。 「人数が少ないとはいえ、オメガだって3人に1人はいるんでしょう? そんな、舞い上がるほどのもんですか?」 「僕の学生時代は、オメガは婚約者がいるのが当たり前でしたから、話しかけることすら許されませんでした。社会に出たところで会えるオメガは皆、番持ち。番のいないオメガと近しい関係になれるアルファというのは案外、少ないんですよ」  酒田が仕事から帰った景明と水瀬に慶介の部活動について相談すると 「駄目だ。学校内でやる部活動なら警護がなくても大丈夫だが、陸上は外だろう? 諦めてくれ」 「と言うことは、俺も外の道場に行く剣道部は辞めた方が良いですか?」 「剣道に行く日は送迎を早めるとか、続ける方法はあるが、」  慶介はブスッと顔で嫌みを言う。 「オメガは皆、部活しないってこと?」 「そんな事ない! テニス部とかオメガの方が多いし、陸上もオメガには人気の部活だ」 「警護がないから駄目、というのは慶介がバース社会に馴染んでないからの話だ。来年、2年生から解禁にしよう。今年はスポーツジムで我慢してくれ」  慶介が了承すると、いつ行くか、誰がつくか、と相談の結果、酒田が剣道部に行く金曜日の19時から21時まで水瀬と酒田も一緒に行く事になった。 ***

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