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第8話 実質転校初日

 HRが終わるタイミングで登場し、先生から紹介されて、席は酒田の前だよと座らされる。  用意してきた自己紹介の挨拶は出番がなかった。  僅かな休憩時間、転校生が来ることは事前に分かっていたようでワッと人が寄ってきた。次々と名乗られ握手したりするけど正直、覚えられない。 「どこから来たの?」「家、どのへん?」「通学は送迎? 電車?」「婚約者いる?」「テスト期間のとき来てたよね?」「身長高いねー」「部活何してた?」  これが転校生あるあるの質問攻め! と、テンション上がりそうになるけど、気をつけなければならない。  今日の実質転校初日に向けて、事前に、慶介のことをどこまで話すのか? について話し合った。  一つ、ベータ社会で生きてきたことを話さない。  先生たちは知っているが生徒たちには知られていない。知識や常識が無いことで騙されたり洗脳されたりする事を防ぐため、ベータ社会で育ったことは秘密にすること。  一つ、父が信隆であることを話さない。  実は慶介の父親の信隆(のぶたか)は悪評のある男なのだ。過去に酷く恨みを買った相手が数人おり、慶介が報復の対象になるのを避けるためにも黙っていた方が良い。  一つ、家や同居人の情報を話さない。  オメガがいる家のわりに家人が少ないのだとか。普通なら家政婦と家令と警護が常駐しているものらしい。婚約者でもないのに酒田が同居しているのも警護とはいえ非常識。いらぬやっかみを受けないよう隠したほうが良い。 「どこから来たの?」 「家、どのへん?」 「えっとー、墓地公園の方」 「通学は送迎? 電車?」 「今のところ、送迎してもらってる。家は駅からちょっと歩かなあかんし」 「兄弟いる?」 「婚約者いる?」 「いない」 「テスト期間のとき来てたよね?」 「うん、本当は先週から転校してたけど、テストの邪魔になったら悪いから、保健室登校してたんだ」 「身長高いねー」 「179cm、きりが良いからあと1cm欲しい」 「部活何してた?」 「陸上で800mしてた。でも、今年は部活しないことにしたから、部活には入らないかな」  答えられない質問は無視、代わりに答えられる質問には答える。   「酒田とはどういう関係?」 「あー、警護?」  すると、なーんだ。と、あからさまな安堵感の息をつく男たち。酒田に聞いていた通りの反応だ。  アルファにとって補佐や警護につくというのは、番を持つの諦めました。と言っているようなものらしい。ベータ的に言えば独身宣言。だから、慶介の隣に当然の如く立つ酒田を婚約者のなでは? と皆が勘違いする。そして、酒田が補佐だと分かれば、オメガにアプローチ出来るチャンスにアルファたちは目の色を変えるだろう。と、言われていた。  アルファの男たちはオメガに飢えている。ベータの男が言う「彼女欲しい~」という言葉とは重みが違う。高校生の年齢ですでに、本気で、生涯を捧げ誓い合う結婚を意識している。  学校は婚活会場なのだと思え、と忠告された。「付き合う」「一緒にいたい」とかの言葉には言質を取られないように気をつけること。分からなかったら笑顔で無言でいろとか。誘拐の恐れはなくとも酒田から離れない事とか。  でも、慶介が気になったのはそいつらが酒田を下に見る視線や態度を見せたからだ。 「酒田、良かったじゃん、仕事回ってきて」 「本多だもんな、酒田なら受けるしかないよな」 「俺さ、同年代の男オメガは全員把握してるつもりだったんだけど、君は知らなかったな」 「それ、俺も思った。言葉も関西っぽいし、ほんと、どこから来たの?」 「いや、まぁ、ちょっと・・・」  ははは、とわざとらしく笑って誤魔化しながら、慶介の同級生たちへの印象は急降下した。 「そろそろ、こうたーい」  ネックガードを着けたオメガだろう子たちがやってきた。すると、アルファの男たちがスーと引いて、近くの席の奴はササッと席を譲り女子たちが座る。後ろを見たら酒田も立ってオメガ女子に譲っていた。まるで少女漫画で見るようなレディファースト。 「本多くん、ほんとに大きいね~」 「手も大きい~」 「男の人みたいな手してるね。ちょっとガサガサしてる、深爪だし、夏でもケアしなきゃ駄目だよ~」  そう言ってハンドクリームを塗り始める女子に手を握られ、サワサワと撫でられ、髪に触られ、顔が近くに来て、ドキッとして顔が熱くなる。  ベータだった頃は女子と話すことはあっても触れるのことは無かった慶介は人並みに女の子に耐性のない男の子だ。 (はわわ、女の子の手、柔らかい、スベスベだ~) 「これ、髪梳いただけ? ワックスとかない?」 「ニキビ出来てる。ちょっとオイリー肌だね。化粧水は何使ってる?」 「ちょっと酒田くん、補佐なのに櫛もワックスも持ってきてないなんて、しょくむたいまんだよ」  何故か急にスキンケア関係で叱られる慶介。酒田も何か怒られているし、アドバイスをメモし始めた。 「いや、あの、俺、男だしそういうのはいらねぇんじゃねぇかな・・・」  授業開始のチャイムで質問攻めと女子たちからやっと解放された。次の授業の用意を酒田に聞きながらコソコソと話す。 「女の子の手ぇ、めっちゃ柔らかかった・・・」  酒田に、はぁ? と馬鹿にするような顔をされた。 「・・・・・・お前はオメガだから、彼女らは同性として見てるぞ」 「は? ・・・? ・・・あ、そ、そか」 「うん・・・」  この学校で一番楽しみにしていた昼休憩、キッチンカーのお弁当の時間である。  ローストビーフのバケットサンドとポテトとアイスティ! 酒田もエビとアボガドのバケットサンドを頼んでくれて、絵面がおしゃれ! 写真を撮る習慣なんて無いけど、今日は記念に写真取ろう~! 「風紀委員の木戸(きど)です」  話しかけないで欲しい。ジト目で声の方向に顔を向け、上がっていたテンションが急速にしぼんでいった。  買いに行く前にも散々、他の奴らに声をかけられたのを断り倒したのだ。  昼休憩のチャイムと同時に、まず前の席の男が「弁当じゃなかったらキッチンカー行かない?」と声をかけてきた。予約してある。と言えば「食堂で一緒に食べようよ」と返された。それに便乗した奴らが「自分も一緒に」と、次々と人が増えていく。  どう収集をつければ良いのか、と酒田を見れば渋い顔をしていたのですべて断る。  キッチンカーに向かう道中も「何を予約したの?」「ローストビーフ好き?」「テストはどうだった?」「苦手な科目とかある?」「良かったら教えるよ?」「陸上部なんで入らないの?」「800mしてたなら走るの好きなんだろ?」「俺も陸上だから一緒にやろ?」と、とにかく、情報を引き出そうとする彼らの猛攻は秘密を抱えている慶介には疲れるものだった。  自分でお弁当を作らなくて良いという開放感に浸りながらおしゃれな何かを食べたかった。もう邪魔されたくないのに。 「・・・どうも」 「今、良いかな?」  俺の顔を見て察してくれ。と、お断りを案に伝えているつもりなのだが、引いてくれなさそうだ。  嫌みったらしく、ため息を付いて広げたバケットサンドを袋に包みなおす。「お昼をご一緒に」とは言わせないぞ。と、腕を組み、ふんぞり返って、 「どうぞ」 「ありがとう。風紀委員について説明させてもえらるかな。この学校では、風紀委員は色々な役割を担っている。例えば、クラスの席順を決めるのは先生ではなく風紀委員が決める事になっていたり、生徒同士のトラブルに対応するのも風紀委員。学校行事を取り仕切るのも生徒会じゃなく風紀委員なんだ。席もね、酒田と前後なのはたまたまではなく、酒田に頼まれて僕が──」 「へー、そう」 「・・・・・・それから、風紀委員の重要な仕事の一つがお見合いパーティの運営なんだ」 「木戸、慶介は──」 「当然。知ってる。区役所のバース課の寺西さんから指示を受けてるんだ。事情は理解してる。でも、彼は男オメガだから、需要は高い」  酒田と木戸の睨み合いを待っても良かったが、アイスティのカップから結露が流れるのを見て、早く終わらせたくなってきた。 「それで?」 「アルファとオメガは産まれてくる比率が違う──」 「知ってる。3:1だろ」 「そう。だから、アルファはいつだってオメガとの出会いを求めてる。近年のオメガのほとんどが大学卒業時には結婚してしまう。もはやフリーのオメガというのは高校生くらいしか残ってない。そこに、大人が権力と財力に物を言わせて──」  最初は上から目線な態度にイラついて話を切ったが、コイツ、ほっとくと語りが入る奴だと察した。  ので、話をぶった斬ることにした。 「要するになんなの?」 「春夏冬の長期休みに学校公認のお見合いパーティをしているから、ぜひとも参加して欲しい」 「ふーん、考えとく」 「慶介っ、安易に返事をするな・・・」  ふーんだ、と不貞腐れる。この木戸とは気が合わない気がする。何か、こう、神経を逆なでされるみたいなゾワゾワとしたものを感じるのだ。  木戸はニコリと笑って言った。 「その時は僕に声をかけてください」 ***

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