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第25話 ネックガード

 半歩下がった酒田を連れて木戸に春休みのお見合いパーティに申し込みたいと話をしに行った。 「こちらとしてはありがたいけど、本家から婚約者をあてがわれたって言ってただろう? 大丈夫か? 揉め事はお断りだぞ」 「ああ、破談になったから」 「・・・破談・・・?」 「慶介・・・、婚約において破談とか破棄は、よほどの落ち度があった時に使うから次からは使うな。木戸も他言しないでくれ」 「あ、ああ。──それで、春休みのお見合いなんだが、ドレスコードがあるんだ」  木戸はサクサクと手を動かし、慶介と酒田のスマホにお見合いパーティの招待状とその詳細をメールした。  毎年、大阪校の春休みのお見合いパーティは茶道のお茶会と決まっているらしい。着物の呉服店と茶道と華道の関係者がゴリ押ししてきて、ドレスコードを『着物のみ』と『制服も可』で言い争うのだそうだ。そして、今年は押し負けて着物のみになった。 「俺、茶道のことなんて知らねぇんだけど」 「お茶はお見合いパーティの中の催し物の一つだ。知ってても知らなくても話のタネになる。君なら知らずに行って教えてもらうくらいの方が色々と都合が良いんじゃないか?」  信隆にドレスコードが着物だと伝えると新しい着物を買うことになった。『正月に買ったやつで良いのでは?』と思ったが、場にそぐわないと言われた。よくわからんが、お見合いパーティに行くことも着物を買うのも、信隆が決めた事だ。任せておこう。 「お見合いパーティですから華やかなのがええですかねぇ? でも、シックな色味の方がお似合いですし、いくつかお持ちします」  前回、お世話になった店に行くと春のお見合いパーティはもちろん承知で色んなパターンの着物を見繕ってくれた。  今回は着物の方にクレマチスの花が入っている。羽織は単色で本多の家紋を入れると言っていた。 (なんか、色があわないな・・・)  着物だけなら気にならなかったけど、羽織を着るとネックガードの色が合わない気がした。  酒田に騙されて初めて着けたキャメル色のネックガードは肌の色に近く目立ちにくい。オメガの首輪として警戒していたあの時の慶介に着けさせるには最適解の色だ。  だが、学校で他のオメガをみて、バース社会に馴染んできた今の慶介ならネックガードを立派な服飾の一つとして見れる。  色の確認だけがしたくて、手元にあった黒っぽい帯を首に当てて鏡をみた。  やはり、黒のほうが似合っている気がする。 「なぁ、ネックガード、黒いのが欲しい」 「良いんじゃないか。フリーサイズならネットでも買えるけど、店でサイズ測ればワイヤー入りがオーダー出来るようになるから、布面積小さく出来るし選べるデザイン増えるぞ」  酒田がネックガードのネットオーダーサイトを開いて見せてくれた。  なるほど、ワイヤー入りにすると項以外の部分を大幅にカットしたデザインに出来るが厚みがあるので夏はちょっと暑苦しい。布オンリーは防刃布を使い厚みがグッと薄くなるが首周りを一周するデザインになってしまう。  黒の布オンリーで検索しただけでも幅が5mm単位で違うのがたくさん並んでるし、光沢が有る無しもネットの写真だけではよくわからない。一度、実際に見てみたいと思った。  信隆にネックガードを買いたいと言うと『よほどのこだわりがあってキャメル色にしていると思ったら違ったのか』と呆れられた。  1年近く同じものを使い続けていたので気に入っているのだと思われていた。オメガのネックガードは、ベータが靴を選ぶように服や場所に合わせて変えるものらしい。  ネックガードを選ぶのは時間がかかる、という理由で信隆は来なかった。  酒田と水瀬が警護についてネックガードの店に来た。店は住宅街の中にぽつんと立つ事務所みたいな場所にあった。  倉庫兼用店舗なので、品数は申し分なし。サイズを測り、様々なパターンのネックガードを試着した。  首元を確認するようにワイシャツ、ラウンドネック、V ネック、スクエアネックの服が用意されていて、服とネックガードの試着を何十パターンも試した。  慶介は、喉元が苦しくないワイヤー入りのタイプが気に入ったが、似合うのは今までも使っていた幅広のものだった。  どっちにしようか迷っていたら、気になった奴は全部買えばいい。と言われて5個も買うことになっていた。 「・・・これ、カッコいい」  試着も終えて元のキャメルのネックガードを装着しなおそうとした慶介の目に止まったのは、アナログロックタイプという物理的に鍵で施錠するネックガード。  その中でも、まるで自転車のケーブルロックのように頑丈なワイヤーと八万ロックと呼ばれる丸形の鍵がついた、かなりゴツいデザインのネックガードだ。  昔の慶介なら首輪みたいと嫌悪感を示しただろう。でも、いまはとても心が惹かれた。 「鍵付きネックガードは今も一定の人気があって、そちらの商品は一番人気の商品です。複製しにくい丸形の鍵を使っています。その分鍵の部分が大きくなってしまうのですが、洗練されたデザインがいかつい印象を感じさせなくなっているんですよ」  試着してみると、さっきまで試着していたものには感じなかった金属ワイヤーのズッシリとした重みがある。でも、肌に当たる布の感触はするりと馴染みよく、着けてみた印象は意外に悪くない。  慶介は2人の意見を聞くために『どうかな?』と見せにいくと、酒田は目を丸くして驚きながらも『案外似合うよ』と言った。  酒田にも肯定してもらえて、慶介は嬉しくなる。他の5個も十分に納得して買ったが、心惹かれる感じがなかった。 (物に一目惚れなんて、人生で三度目だな)  一度目は小学生の時に買ってもらったオレンジのちょっと変わった形の靴。すごくお気に入りでボロボロになるまで履きつぶし、履けなくなってからも部屋に持ち込んで飾った。  二度目は中学の時に見つけたダウンジャケット、これは高かったので諦めた。何とか似たものを探したけど似ているほどに差異を見つけてしまうので、諦めるためにダッフルコートを買ったくらいだ。  あまりに気に入ったので、今日は鍵付きを着けて過ごしたいと言って、6個目のネックガードは値札を切ってお会計をしてもらった。  最後に、定員から手渡しで鍵付きネックガードの鍵を渡され、慶介は首をかしげた。  だって、他のネックガードは荷物持ちをする警護の酒田に渡されたのに、なぜ、鍵だけ別扱いなんだろう、と。 「鍵はここにある3つしかありません。決して紛失なさらないよう、厳重に管理してください」 「水瀬さん、こういう鍵ってどう持つのが正しいの?」 「そうですね~。鍵付きネックガードは外で外すことを想定していません。家でオメガ本人が管理します。残りの二つは金庫か信頼の置ける人に預けるのが一般的でしょうね。家に帰ったら金庫で預かりましょう。それまでは──」 「じゃぁこれ、酒田、持ってて」  慶介は鍵の1つを酒田に渡した。  固まった空気に、『久しぶりに見当違いな事やっちゃった?』と周りを伺うと、水瀬が大げさなくらい笑い出した。定員はまだドン引きの顔だ。最後に酒田を見ると苦笑いしていた。  いわく、信頼の置ける人とは、オメガの親や世話役、最低でも番のいるアルファのことを指し、警護の、ましてや未成年のアルファに預けるなどありえない。と説明された。  それを聞いても『返してもらわないとマズイ』とは思わなかった。酒田は、父である信隆と景明の次に信頼の置ける相手だから。 「鍵を預けてもらえるのは警護としては(ほま)れです。酒田、しっかり保管しておけ」 「はい」  酒田は預かった鍵を、ポーチの鍵付きポケットに入れた。  そこそこ遅い時間だったので、夕飯は慶介のリクエストでチャーシューが凄いと話題の家系ラーメンを食べに行った。 ** 「ずいぶん、ゴツいの買ったな」 「うん、超お気に入り!」  機嫌よく返事した慶介はダイニングテーブルに買ってきたネックガードを広げて、酒田はネックガードの暗証番号の設定の仕方を説明書を読みながら説明している。  景明は水瀬に事情を聞いた。 「あの鍵付きネックガードは慶介くんが自分で選びました。しかも、あれを着けたままベータがたくさんいる店で外食をしてきました。その際、周りの視線を気にする様子は見せませんでした」  デザインがカッコいいとはいえ、八万ロックの鍵がついたネックガードは某世紀末漫画で見るトゲ付きスタッズチョーカーと並ぶインパクトがある。それをつけて大阪の街歩きをして来たとは・・・ 「慶介も神経が図太くなったもんだ」  と、景明は思った。 ***

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