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第26話 お見合いパーティ
本日はお見合いパーティ。
美容院で髪のセットと化粧と着付けをしてもらっている。
信隆が、少し女っぽく化粧をするようにと指示してきた。慶介は露骨に嫌な顔をして拒否を示したが『女顔を褒めるようなアルファは切ればいい。化粧はそのためのふるい だ』と言いくるめられてしまった。
出来上がった化粧は、付けまつ毛もしてないし女装ほどではないけど結構がっつり化粧をされていた。
お見合いパーティの会場は和モダンのホテル。
受け付けを済ませてからその辺をブラブラ歩いた。立派な庭があって、奥に小さな建物があると思ったらそれが茶室らしい。
今日は昼過ぎからのパーティなので立食の用意はない。あと、ドレスコードはオメガ側だけであってアルファ達の殆どはスーツのような正装だった。風紀委員もっと頑張れよッ!
まずはオメガがグループ分けされて、そこにアルファたちが決められたグループごとに時計回りで挨拶に来る。ここで、手にキスをした。たぶん、このフェロモンチェックがあるからお見合いパーティは机のない立食形式なんだなと理解した。
慶介に振られる世間話は、ほとんどが文化祭でした女装の話だった。多くの人はただ話題として使っているって感じだが、中には本当に女装を期待していた野郎もいて「お着物の女装も見たかった」と言われて早速ふるい にかけて落とした。
一通りの顔見せが終わると、グループごとの縛りはなくなり早速フリータイム。
基本、アルファが次から次へとやって来るのでオメガの慶介は待ちの姿勢で良い。オメガ同士で固まっていたグループの塊が少しづつ分断され、オメガ1人に対してアルファが数人という形に分かれていく。
慶介は新顔なので少し人数が多く質問攻めを受ける。家が『名家の本多の分家』だと答えて良いとは言われているが、それ以上はあまり言わないように、とも言われているので出自を聞かれるのは困る。
返事に困るとつい斜め後ろをチラリと見てしまうが今日はそこに酒田はいない。
オメガの側に補佐や付き人のアルファがいることは許されているが、酒田は慶介と年齢が近すぎるので本日は壁際で待機だ。
信隆に教えられた会話術を駆使して、困った時はこちらから質問し、なるべく聞かれるのではなく喋らせる方向へ持っていく。すると、木戸が言っていたとおり、茶会の作法を知らないというのは良い話題になった。慶介にとって聞かれたくない過去の話やらを探られる時間が減るし、教えてあげる系アルファが好き好きに語ってくれた。
その中で、あるアルファが慶介の着物の柄を見て言った。
「そのテッセン、良い柄だね」
「え? これ、クレマチスじゃないの?」
確か、父の信隆はクレマチスだと教えてくれた。
「日本では『テッセン』と呼ばれてるんだよ。中国から鉄線蓮と言う名前で伝わったとか、蔓が固いから鉄線と呼ばれたとか由来はあるけど。それはテッセンではなくて『クレマチス』として着てるんだね」
「何か違うんですか? 同じ花なんですよね?」
「テッセンは固い蔓から『結束』を意味して花嫁衣装にも使われる柄だけど、クレマチスは花言葉が『束縛』だからね。──未婚のオメガにクレマチスを着せるのは『怖い親が付いてるぞ、簡単に手に入ると思うなよ』と言うメッセージだね」
花の柄に意味があったとは思わなかった。しかもあの信隆が『簡単に手に入ると思うな』という束縛感のある意味をもたせるとは想像出来ない。
怖い親なのは間違いないだろうが・・・
「ちなみにテッセンとして着ているのなら『家柄が良くて、身持ちの固いアルファとの結婚が希望です』って意味だよ」
「だから、俺の回りはちょっとおっさ・・・社会人ぽい人ばっかりだったんだな」
うっかり出たよろしくない言葉を『おっさん』たちは笑って流してくれた。さすが、花の意味を知ってもなお、慶介を狙うだけの懐の深さがある。
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「あれがあの本多か? 化粧までして、見違えたよ。何より動きが良い。どうしたんだ?」
壁際で待機という暇を過ごす酒田に木戸が話しかけてきた。トラブルがなければ風紀委員も基本的には暇を持て余している。
「厳しい家庭教師がちょっと、な」
酒田は信隆が帰ってくるようになったこの1ヶ月を振り返った。
酒田が水瀬と同じ距離に戻るのは簡単だった。ただ、慶介の目がたびたび淋しいと訴えるのは心臓が引き絞られこたえた。笑みの一つくらい返してやりたいところだが、それをすると水瀬に睨まれる。距離感については信隆さんよりも厳しい。
許される接触はエスコートの練習くらい。流石にベータ育ちだけあってまだまだエスコートを受ける意識が弱い慶介は、手を差し出されて『何?』と言ってからハッと気づくレベルなので日常的にエスコートをすることになった。それがなければ、酒田が慶介に触れることは全く無くなっていただろう。
慶介が戻ってきたので『どうした?』と聞くと、着物の柄を指差し聞いてきた。
「なぁ、これってクレマチス? それともテッセン?」
ついに花の意味を知ってしまったか。
「・・・・・・たぶん、クレマチスだと、思う」
「テッセンじゃないのか? 羽織に本多の家紋までつけてるのに?」
木戸が驚くように、酒田も家紋を入れると聞いた時は驚いた。
名家の本多家が家紋を入れてお見合いをすれば、相手は慶介個人だけでなく本多を相手に見合いをしていると言う事になり、相当の覚悟を持って挑むだろう。それは転じて、かなり真剣に結婚相手を探しているというアピールにもなってしまう。
信隆さんがどっちの意味で花の柄を選んだのかは解らない。だが、正月の挨拶のときにも同じ花を選んでいたことから考えれば、クレマチスの意味の方が強いだろうと酒田は予想している。
「やっぱ皆、意味知ってんのか」
「あの人のことだ。どちらに取られても良いようにしてるんだろう」
「じゃぁ、ちょっと待ってなー・・・」
お見合いパーティでは気になった者同士で名刺の交換をする。慶介は求められれば渡すようにしているので減りが早い。また、貰った名刺が名刺入れに入り切らなくなるので、酒田に渡しに来たのだ。
慶介はアルファたちから貰った名刺をより分けし直した。名前を確認しながら1枚ずつ酒田に渡される。
実は、この時の名刺の渡し方でアルファの良し悪しを評価している。右手は良い。左手はいまいち。特に左手の人差し指と中指で渡してきたやつは絶対拒否なので混ざってはいけない。
酒田はそれらを受け取ってケースに仕舞い、減った分を補充して名刺入れを返した。
「あ、そや。さっき目ぇこすってもた。化粧落ちてない?」
「・・・うん、大丈夫だ。鏡で確認するか?」
「いや、いらん。じゃ、行ってくる」
数歩歩いたところで立ち止まり、着物の崩れを撫でるように直し、姿勢と歩き方も直して再び歩き出す。
「お前の前では相変わらずガサツな部分が出るな」
「まぁ、付け焼き刃だからな」
*
夜。風呂上がり、慶介がリビングのソファでぼーっとしているのを見つけた。酒田はチラチラと水瀬の姿がないことを確認してから、慶介の頭を撫でて声をかける。
「疲れたか?」
「あのさ、酒田はいつまで俺の警護でいられんの?」
見上げた表情は無表情で質問の意図が読めなかった。
酒田は元々、警察官になるつもりだった。
その警察官を目指すと決めたのは8歳の時。
酒田は幼稚園まではオメガにモテモテだった。オメガが酒田を取り合って喧嘩するくらいにモテた。そして、その中でも一番好きだった子に幼い恋をして告白をした。
すると、その子が言ったのだ「酒田はお母さんみたいな匂いがする」と。しかもその子だけではなかった。酒田を取り合っていた他のオメガの子も同じことを言ったのだ。
酒田はそれを道場で師範をしていた景明に相談すると『フェロモンだけで全てのオメガを安心させるなんて天性の警護だな』と言われ、皆を守る警察官を目指すことにした。
警察官になるということが番を持たない事を意味すると知ったのは12歳の頃だったが、その頃には番が欲しいという気持ちも殆どなかった。
だから、高校卒業後は警察官学校に入るつもりだったが、慶介の警護になった今、予定は未定だ。
慶介の警護を大学も続けることになるかもしれないし、選ぶ学部次第では別の人間が警護につくかも知れない。婚約すれば相手側の意向しだいでも変わる。
無表情だった慶介がなんの意図を持ってした質問かは分からないが、未確定な情報を伝えて不安にさせるのは嫌だと思った酒田は、本当じゃないけど嘘でもないような返事をすることにした。
「本多さんから高校の間と言われてこの警護を受けたから、高校卒業までは俺が警護だ。大学も本多さんから頼まれれば受けるから、慶介からも言ってくれ」
「そっか」
安堵の表情を見せた慶介の頭をもう一度撫でようと手を伸ばしたが、水瀬さんが戻ってきたので慌てて引っ込め素知らぬ顔をした。
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