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第50話 最終話

 慶介は差し出された鍵を見た時、信じられないくらいとても嬉しかった。  慶介が酒田を好きだと自覚したのは夏の釣りで谷口に言われてからだったが、景明に酒田が好きなことを告げた時、無自覚だった本心は、酒田にネックガードの鍵を預けた時からすでに好きだったのだと気づいた。  それから慶介は、八万ロックのネックガードをカバンに潜ませるようになった。  いつか、全ての問題が解決した時はこのネックガードをつけて『俺の項は、お前に噛んで欲しい。もしOKなら、いつか預けた鍵で開けてくれ』と、告白しようと思っていた。  だから、酒田が鍵を常に持ち続けてくれていたという事が、預けた好意が伝わっていた事の証明のようで、言葉の告白より何倍も嬉しかった。  ──でも、まだ・・・  慶介は差し出された鍵を再び酒田の手に握らせた。  酒田が『そんな・・・』と絶望の顔をするが、首を振って違うことを示す。 「俺も番になるなら、酒田がいい! 酒田のことが好きだ。俺が項を噛ませたいのは酒田だけだっ!」  告白に告白で返し、心臓が激しく脈打ち、胸が熱くなる一方で、頭の端に残った不安や懸念がより明瞭になる。 「でも、だめなんだ・・・。運命の番同士が番わなかった場合、オメガが衰弱死する可能性があるって。俺の腹痛が治らないまま、どんどん酷くなっていくかもしれないって医者が言ってた。大丈夫になる可能性も十分にあるけど、どうなるかは、番ってみなければわからない、って・・・」  本当は慶介だって、この鍵を使ってネックガードを外して、酒田が欲しがる項を今すぐに噛ませてやりたいと思う。  でも慶介は、番った後も大丈夫だという保証がないなら、項を噛ませてやることは出来ない。 「──俺は、死んでもいいから酒田と番いたいんじゃない。ずっと酒田と一緒にいたいから番いたい・・・! だから、まだ、番えない・・・ッ。ごめん・・・、ごめんな・・・」  慶介は想いを口にして初めて、番いたいという気持ちが湧き上がり、それが出来ない事を悲しく思った。  俯いた慶介に酒田が飛びつくように抱きしめてきた。 「待つ!! いくらでも待つ・・・っ! 待つから・・・いつか、項は俺に噛ませて欲しい」  強く抱きしめられた慶介は、一瞬、何が起こったのか解らなくて混乱した。  だが、ふわりと香る草の青いみずみずしい香りを感じて、一年前と同じ懐かしい距離感とその時に感じていたフェロモンで、自分が酒田の腕の中にいることを理解できると、喜びの感情が沸き上がり、全身に勢い良く血が巡り、耳まで熱い。  酒田の腕は身じろぎも出来ないほど強くなり、耳に頬を寄せられて、ささやくように告げられた。 「・・・今度こそ、俺が守る。慶介の心も、項も」  酒田の誓いの言葉を、慶介は小さな頷きで受け取った。  ゆっくりと体を離した酒田と慶介は自然と見つめ合う。  先に視線がそれ始めたのは酒田の方。チラチラと頬に、口に、項に、手に、あっちにこっちにと目が忙しげに動く。  慶介は、酒田がキスしたいのだと、ようやく気がついた。  でも、目はどこにも定まらず、キスする場所を迷っているみたいだ。  慶介はそれが可笑しくてたまらず、口がニヤニヤしてこみ上げる笑いを抑えられない。笑われてると理解した酒田が恥ずかしそうに顔を赤くするけど、結局まだ迷ってる。  慶介が指で、トントンと唇を示すと、酒田は緊張で耐えられなくなったのか目をぎゅっとつぶった。 「ふははっ、なんでお前がキス待ち顔をするんだよっ」  慶介は吹き出して笑ってしまった。  どっちからキスをするものだと決まっているものではないけれど、慶介としては男らしさアピールのポイントを譲ってやるつもりでいたのに、この男、思いの外『ヘタレ』である。  酒田が落ち着くのをたっぷりと待って、慶介が目を閉じ、酒田が慶介の肩に手を添えて、今度こそ、初めてのキスをする。 「っ・・・」 「・・・ン・・・」  二人の初めては、肌を触れ合わせるだけの優しいキス。  慶介が好いた男は、ただ唇が触れただけのようなキスだけでも、本当に嬉しそうにする。 (この顔を見れば、フェロモンなんかいらねぇな)  その幸せそうな顔をみていると『本当の酒田の嬉しい顔はこんなに可愛いんだぞ!』と、皆に言って回りたくなるほどの『かわいい』の気持ちが溢れて爆発しそうになった。  そして、もっと、もっと喜ぶ顔が見たいと欲が湧く。 「酒田、約束守れるか?」 「ああ、必ず」  慶介は酒田の手から銀色の鍵を拾い、八万ロックに差して解錠した。  項を晒すのは、初めて会った引っ越し以来だ。 「項は噛ませてやれねぇけど、キスなら良いぞ?」  酒田はプルプルと震えた。  晒された項に目が釘付けで、半開きの口はカチカチと歯を鳴らし、ガシッと慶介の二の腕を掴んだ両手は、引き寄せるようで遠ざけようと固まって耐えている。  激しい感情の激流に耐えるその顔は、本当に、おかしいほどに愛おしい。  1年前に比べて伸びた髪をよけてやって『ほら』と項をみせると、 「キ、キスだけ・・・! 約束っ・・・、約束は、守る・・・!!」  鼻息荒く、顔ごと唇を押し付けて、むしゃぶりつくキスをする酒田。『さっきの優しいキスはどこにやった?』と聞きたくなるような、激しい口付けに慶介は思わず『んはぁッ・・・』と艶声がでてしまった。  慶介は酒田の興奮を煽らないために、声を出さないようにしようとするのだが、酒田はキスや吸いつくだけにとどまらず、唇で歯を覆いながら何度も何度も甘噛みをしてきた。  その度に、項から走る快感の痺れは両手で口を抑えてもあふれるほどに気持ちがよい。 「ふっ、ンンッ・・・!」  強く、長く甘く噛まれた項からまたビリビリと快感の電流が流れて、背をのけぞらせて体を硬直させたあと、慶介はくったりと力が抜けて酒田に寄りかかった。 「んぅ・・・ふぅ・・・、はぁ・・・はぁ・・・」  酒田の胸は温かかった。抱きとめてくれる腕は太く、体重を預けても不動の力強さには頼りがいを感じる。でも、頬に感じる心臓の鼓動は激しく、背を撫でる手の平は熱い。  一切の迷いも不安も忘れられるくらいに安心出来るこの腕の中に、ずっと、ずっと居たい。 「・・・あの、慶介・・・。悪い、そろそろ。」 「なに・・・?」 「これ以上は、我慢できなくなりそう・・・」  見上げた顔は、額に脂汗が滲むくらいに真っ赤。 「ん、わかった・・・」  名残惜しいけど、アルファの欲望を抑えようと懸命に目をそらす酒田に慶介もネックガードを付け直して、理性が溶けかけていたことを反省する。  八万ロックのネックガードの鍵穴を回して施錠し、抜き取った鍵は、再び酒田の手に戻す。 「いいのか? 俺は、暗証番号を守れなかった警護だぞ?」  確かに酒田はネックガードの番号を読み取られてしまった。でも、酒田は隠し事が苦手でも、物を守る事においては 随一の警護だと慶介は思っている。 「今度は、守れるだろ?」  酒田は目をうるませ、鍵を握り胸に当て、宣誓した。 「命に代えても」 「命は大事にしろ」  心強い言葉かもしれないけど、酒田なら本当に命と引き換えに鍵を守った、なんてことになりかねない。  ──それに、もう、酒田はただの警護じゃない。 「お前は・・・俺のアルファなんだぞ・・・」 「っ・・・ああ! 絶対、慶介より先に死なないと誓うよ・・・俺のオメガ・・・」    ………END. ***

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