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第1話(プロローグ)

 小学4年の頃、体育の授業中にボールが顔面を直撃。その瞬間、僕は自分がいわゆる転生者だと知ることとなった。  前世の僕は、バレーボールに青春の全てを捧げていた。春高に向かって努力を重ねていたが、高校入学目前で交通事故に遭い、志半ばで短い人生を終えた。そんな過去の記憶が一気に流れ込み、そのせいか熱が出て学校を3日も休んだ。皆勤賞の夢も潰えてダブルショックだったのを覚えている。  手に入れた記憶の大半はバレーボールに関するものだった。全国大会への強い憧れがよみがえった僕は、人生初の盛大なダダをこねてバレーボールのジュニアクラブチームに入団。充実した日々を送るが、それも束の間。小学5年の春、早くも壁にぶちあたった。性別検査の結果「Ω」であると判明したのだ。  僕が転生した世界は、前の世界とよく似た世界だが、大きく違う点が1つだけある。この世界には男女といった性別の上に「α(アルファ)」「β(ベータ)」「Ω(オメガ)」という3つの「第二の性」が存在した。超エリートのαと社会的地位の低いΩは合わせても人類全体の20%程度しかおらず、ほとんどの人がβだ。βは前の世界の人間に近く、いわゆる普通の人。  Ωは蔑まれる性、劣等だというのが世間の認識らしいが、バレーボールにしか興味のない僕にとってそこはどうでもいい。大事なのは僕の身長が伸びるのかどうかだった。僕が知っているΩは白くて細くて小さいヤツばかり。調べてみると成人Ω男性の平均身長はなんと165センチ……低い! 低すぎる!  前世の知識がこちらでどこまで通用するか分からないが、やるしかない。やれるだけの事はやる。僕は努力の子、牧野凌(まきのりょう)だ。バレーボールさえ出来れば他は何もいらない。バレーボールで上を目指すことだけが生きがいなのだ。  それに、逆境って燃えるよね。Ωの僕がαを差し置いてレギュラーになり、全国大会で活躍したら絶対にニュースになる! 僕はテレビに映りたい。だから頑張ると決めた。 やるぞ! *** 「ねぇ、本当に受験するの?」  母が心配そうな顔で、学校パンフレットの端を握りしめる。 「強豪校でαの縛りがないのはこの辺だと涼風学園だけだし」  僕は日課のストレッチをしながら答えた。中学生の僕は成長期真っ只中。背が伸びるのを筋肉が邪魔したら嫌なので、筋トレは積極的にはやらないと決めている。ストレッチは怪我の予防にもなるし、パフォーマンスの向上にもつながるし、大事。  ちなみにαは国の宝。カリスマ超エリート達は、国からあらゆる優遇措置を受けながら育ち、社会に出たら上に立つ存在となっていく。体格、頭脳ともに優秀で、レギュラーはだいたいαだ。ってことで強豪校の場合、そもそも部活に入れるのがαだけ、なんて学校も多い。  僕は全国大会に出たい。強いヤツらと競いたい。だから全国を目指せる学校で、Ωの僕でも入部が可能な学校を調べた。その結果が涼風学園だった。 「でも、とはいえ選手は実質ほぼαだろうし、行く意味ある? 近所の公立なら徒歩5分なのに」 「あそこ男子バレー部無いじゃん」 「友達に声かけて作ればいいじゃない」 「いやいや、それで全国目指すって現実的じゃないから」 「でもあんたΩよ? 涼風なんて行ったら、ワニ川で泳ぐチワワになっちゃう」  まぁ確かに、公立に進めば周囲はほぼβ、親としては安心だろう。でも、やりたい事がそこにないのだから仕方がない。αだらけの学園へ通うことの危険も重々承知の上だ。 「大丈夫だよ、毎日限界まで身体動かしてたら性欲とか湧く余裕ないと思うし」 「性欲ってあんたねぇ」  母が顔をしかめる。  Ωは男性であっても妊娠が可能だ。3か月に1度の発情期に発するフェロモンはαを引き寄せるらしく、それが原因で望まぬ妊娠やら何やら、事件が絶えない。母が心配しているのはそういう事だ。 「私はβだからαやΩの苦労は分からないけど、大変らしいわよ? 犯罪も多いし、泣くのは必ずΩなんだから」 「ちゃんと薬飲めば大丈夫って話でしょ? 最近はその辺も進化してるわけだし、お母さんの時代とは違うから大丈夫だよ」  なんて答えたけど、発情期は未経験だから何とも言えない。実はお恥ずかしながら前世でも精通前に死んでしまったため、余計に想像がつかない。  まぁ、そういう事に全く興味がないので大丈夫かなという、妙な自信だけはあった。 「それにさ、クラブチームで一緒だった晴樹がいるし」 「晴樹って、立石晴樹(たていしはるき)くんでしょ? あの子涼風だったのね」  母の表情が少しだけ和らぐ。  クラブチームの保護者の中で、晴樹の人気は絶大だった。優しく、礼儀正しく、イケメンで、強いα。  そう、涼風には晴樹がいる。僕が今のチームに入るきっかけとなった選手、憧れの晴樹が。これは運命だと思った。 「晴樹くんがいるなら……」 「でしょ?」  最終的には晴樹がいるならってことでお許しが出た。晴樹サマサマだ。晴樹がいるのだから、不安なんて無い。むしろまた一緒にバレーボールできる日が来るとは想像しただけでテンションが上がる!  おやすみ前のプロテインを飲みながら、僕は期待に胸を膨らませた。

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