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第30話 ※春樹目線(最終話)
ねぇ凌、知ってるか?
俺はバレーボールなんて、好きじゃなかった。
子どもの頃、両親が俺の健康のために何かスポーツを習わせたいと言いだした。当時たまたまバレーボールのアニメを観ていて、じゃあこれでと言って決めた。その程度だった。
正直、そこまで楽しくなかった。痛い、疲れる、練習は地味で、監督が怖い。だが、俺は大人がどうすれば喜ぶのかを知っている子供で、全国大会を全力で目指す真面目な選手を完璧に演じていた。
ある日、ジュニアチーム内で風邪が流行り、俺も凌も熱で練習を休んだ。そんな時、あいつはこっそり家を抜け出して、俺を誘いに来たのだ。一緒にパス練しようぜ、と。
熱で身体は重いし鼻水もずるずるだ。そんな誘いに乗るわけがないのに……俺の口から出たのは “いいよ” だった。こっそり抜け出して、一緒に河川敷へと走ったあの日。俺の中で、ただの後輩ではなくなった。
演技だった熱血が、どんどん本物へと変わっていく。凌が俺を変えていった。
憧れの先輩、追いかけたい背中、そういう俺で居続けなければ、凌が見てくれない。だから頑張り続けた。
凌が愛するバレーボールを、俺も愛した。だから寂しくはない。今、隣に凌がいなくても。
***
月刊バレーFUN、11月号のカンプを受け取った。カンプとは、原稿をチェックするために出力されたものだ。見るからに制作途中な代物だが、俺が文字と写真をチェックする分には問題がない。
立石晴樹ロングインタビューと大きく書かれた表紙に目を落とす。ぱらぱらとカンプをめくると、開いてすぐの数ページが俺の特集記事になっていた。
「よく撮れてるっしょ?」
顔を上げると、那央也がドヤ顔でコーヒーを啜る。
「そうだね、特にこの写真はデータが欲しいくらいだよ」
愛猫との写真を指差すと、那央也は親指を立てた。
「雑誌の発売後なら渡せるんで、時期が来たら送りまっす」
「ありがとう」
笑みを返し、再び目を落とす。
今季リーグのハイライトから始まる特集は、後半が写真集になっている。スーツ姿で花を持ってみたり、雨に打たれてみたり、我ながら苦笑いだ。
『番の噂の真相は?』
その見出しを、そっと指でなぞった。
知名度が上がれば、過去が掘り返される。ネットでは憶測が飛び交っていて、この質問は今後避けられそうになかった。なら、初めて世に出す回答は、信頼のおける那央也に記事にしてもらいたい。だから俺は、今回の取材まで沈黙を貫いていた。
俺の言葉を、那央也はどんな記事にしたのだろうか。俺はゆっくりと目を通した。
大塚:晴樹さんには番がいるとの噂がありますが?
立石:はい、いました。
大塚:過去形ですが、その方はどうされたのですか?
立石:今は遠くにいます。俺、フラれちゃったんですよ。
大塚:そうだったんですね……。では、新しい恋は?
立石:新しい恋というか、結婚しました。
大塚:えっ!? お、お相手は!?
立石:もちろん、バレーボールです。
大塚:出た! 当たり障りのない回答!(笑)
立石:そうですね(笑)でも、俺にはもうバレーボールだけなので、間違いではないかなと。
大塚:どういう事ですか?
立石:番だったあの子の口から、死ぬ間際でもいい、嘘でもいい、もう一度愛していると言われたいと願ってしまうんです。もちろん、叶わぬ夢だと分かってますよ。だから俺の人生、もう恋愛はいらない……全てをバレーボールに捧げると決めました。
そこまで読んで、目を離した。
「恋愛はいらない、の前の文章は消そう。凌に迷惑がかかるといけないからね」
世間がどう騒ごうが、俺は気にしない。だからどんな記事を書かれても構わない。だが、周囲に迷惑がかかるとなると話は別だ。俺の番が誰なのか、知っている人は多い。こんな記事を世に出して、凌に取材など行かれたら困る。
「大丈夫っすよ。迷惑かかるならとっくにかかってますから、晴樹さん的に問題無ければこのままで」
那央也の言う通りかもしれない。でも――。
「でも、こんな事を書いても距離を置かれるだけだ」
「いやいやアピール大事っす。ってか自分から行く気ないんだからいいじゃないっすか、あの時だって――」
「那央也」
咎めるように名前を呼んだ。
高校時代の話を蒸し返したくはない。何をどう吐き出したところで、凌は俺の隣にはいてくれないのだから。
「……晴樹さんの気持ちを、あいつはもっと知るべきです」
那央也は俯き、小さな声でそう言った。
「余計な事は言うなよ」
一応、釘を刺しておく。
「αとαの夫婦の前にΩが現れて家庭をぶっ壊すって、あるあるじゃないっすか。うちの親もそれで離婚したし……αとΩの番でも、運命が現れれば同じ事なんすもんね。仕方がないで片付けるには悲しすぎますよ」
那央也は眉根を寄せた。
積み重ねた思い出も、何もかも、全てが無になる。昔、柊斗はそれを呪いだと言った。その呪いの力で凌を手に入れるとは皮肉なものだ。
考えて、考えて、考えて――。当時、運命は抗えないから運命なのだと結論を出した。抗えない以上、凌は柊斗の番になる方が幸せであり、俺は諦めるしかなかった。
何をどうしたって、柊斗が噛めばおしまいだ。その逆は叶わない。
俺は運命に負けた。
「またいつか、凌とバレーボールがしたいな」
冷めた珈琲に口をつけて微笑めば、那央也が泣きそうな顔をする。
「俺はバレーボールが大好きだから、ちゃんと幸せだから大丈夫だよ、那央也」
那央也に向かって放った言葉は、いつも自分に言い聞かせているものだった。
***
風の噂で、柊斗は凌を噛んでいないと耳にした。
番のαが死ねば、Ωは衰弱する。そういう風にできている。柊斗は、自分が先にこの世を去った場合、凌を道連れにしないために、俺という保険をかけているのだろう。
噛まなくても凌は自分から離れないという自信に腹が立つ。だが、チャンスだ。俺は、待つのは得意だから。
ゲーム開始の笛が鳴る。
いつ、どの試合を観られてもいいように、最高のプレーを目指す。俺のプレーが、凌の心に少しでも触れられることを願いながら。
おわり
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最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
ざーっと最後まで書ききったので、時間がある時に最初から読み返しつつ、誤字修正等をしていこうかなと思っています。あ!それから、冒頭に1話追加したいと思っていまして…それをアップしたら完結にしようと思います。
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