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第29話
10年後――。
「すっごい雰囲気いいじゃん♪」
「山奥でペンションとか、柊斗っぽいっちゃぽいよな、俗世から離れるタイプだと思ってたよ」
入るなり、サキさんと那央也さんは両手を広げてぐるぐると回りながら笑った。
「柊斗はあまりここにいないですよ、普段は僕だけです」
「えっ、柊斗おまえ手伝ってないの!?」
「……師匠と山にこもってるんで」
僕が嫌味を込めて言うと、柊斗は気まずそうに頭をかいていた。
大学を卒業する年に、柊斗に芸術家である父を紹介した。結果、ものすごく気が合ってしまい、そのまま弟子入り。気がつけば父と柊斗は2人で山にこもるようになっていた。僕も最初はくっついて行ったりしていたのだけれど、山小屋暮らしや野宿はキツすぎて僕には無理だった。今は2人のギャラリー兼ペンションの運営を任されている。
週末しか会えない今の生活に多少の不満はあるものの、僕達は仲良くやっていた。
「この写真かっこいいな……って高っ! 誰が買うんだよ!?」
拓さんが値札を見て驚きの声を上げた。
ペンション内には父と柊斗の作品が展示されており、値札のついているものは購入可能となっている。が、どれも目ん玉が飛び出るような金額だ。
「僕もそう思うんですけど、これとこれくださいって、さらっと買っていく人が意外といるんでビックリしますよ」
「芸術って分かんねぇな!」
「あぁ、これは写真が凄いというよりかは印刷技術が凄くて――」
「お待たせしましたぁぁ!」
柊斗が静かにうんちくを語りだしたと同時に、扉が勢いよく開かれた。荒木、藤木、木下だ。
「はい、差し入れ」
「焚き火できるって聞いたから、芋も買ってみた」
それぞれから、大きな袋を受け取る。僕はそれを物置スペースとして寄せていたテーブルの上へ置いた。
これで来る予定のメンバーが揃った。高校1年時代のバレーボール部員、晴樹を除く全員だ。
僕と柊斗でグラスを配り始めると、あらかじめ用意していた料理のラップを外したり、お酒を手にしたりと、みんなが一斉に動きだした。チームワークが今でも見事に発揮されているのを感じ、なんだかニヤけてしまう。
「凌、テレビつけとくぞ」
海里さんが電源を入れる。明るい音楽と歓声が流れ、部屋の雰囲気はますます賑やかなものとなった。
「ワールドカップ始まるね」
そう言って、関さんが慣れた手つきでシャンパンの栓を抜く。その隣で、同じくシャンパンを手にした藤木は栓を見事に天井へ飛ばした。
「テ、ティッシュティッシュ!」
吹き出す泡に慌てる藤木を、木下が冷静に助ける。僕も布巾を持って駆け寄った。
シャンパンの溢れたテーブルを拭きながらテレビに目をやると、ちょうど晴樹のアップが映ったところだった。
「晴樹さんだ!」
「隣は朝日奈のエースだった人だよな?」
「そ、そ、蓮さんな」
「知ってる人がテレビに出てるのって、なんか不思議な気分だよね♪」
先輩達の会話に耳を傾けつつ、布巾をカウンター奥の流しに投げ込む。とりあえず乾杯をして、後で片付ければいいと思った。
晴樹と蓮さんは、今では日本を代表する選手だ。随分と遠い存在になってしまい、寂しくもあるが、誇らしくもある。
テレビの中で、試合が始まった。それを観ながら僕らも乾杯をして、数年ぶりの再会を楽しんだ。
***
ペンションの前で、サキさんを中心とした数名が焚き火を始めて騒いでいる。柊斗は荒木達に引っ張られて、焼き芋と燻製の準備を手伝いに行った。
「片付けなんて、明日みんなでやっても遅くないだろ?」
振り返ると、那央也さんが立っていた。ワインを1本と、グラス2つを手にして微笑んでいる。
「クセでつい……ってか、まだ飲むんですか?」
「凌、動いてばっかで飲んでないじゃん。ほら、2次会しよ」
グラスを受け取ると、那央也さんはなみなみと注いだ。僕もボトルを受け取り、同じく注ぐ。乾杯をして量を減らすとテラスに出て、焚き火の周りで戯れる仲間達を眺めた。
「で、調子はどう?」
那央也さんの問いに、何と答えるのが正解なのだろうか。少しだけ悩み、結局当たり障りのない近況を伝えることにした。
「山を下りたところにある小学校で週3回、子どもにバレーボールを教えているんですけど、今はそれが楽しいです」
「ジュニアチームか、いいね」
「人数は少ないし、みんなちっちゃいですけど、結構強くて面白いチームですよ」
「監督なの?」
「まさか、ただのコーチです」
僕が笑うと、那央也さんも “そっか” と言って笑った。
「……あの、さ」
少し間があって、那央也さんが言いづらそうに口を開く。
「俺、月バで記事書いてんじゃん? まぁ正確にはそれだけじゃないけど、えっと、毎月買ってくれてる?」
「それはもちろん、ロビーにも置いてますよ」
「そっか……あ、ありがとう」
とはいえ、全ページを何度も読むようなことはもう無く、バレーボール界を盛り上げるためのお布施のような感覚で買い続けている。読まないページもあったりすることは、那央也さんには言えない。
「来月号に晴樹のインタビューが載るから、読んでくれよな」
突然、那央也さんが真面目な顔をする。僕は目を逸らし、ワインをがぶっと飲んだ。
「……何でですか?」
「何でって、俺が読んでほしいって思っただけなんだけど……あぁもう!」
「うわっ」
那央也さんの指先が、誤魔化すように僕の髪をわしゃわしゃとかき混ぜる。
「ん?」
と、そのまま髪をつかみ、僕の首元へ顔を寄せた。
「なぁ、もしかして……あ、いや、失礼な質問かも、自重するわ」
ごめんごめん、と離れた那央也さん。何が言いたいのか、すぐに分かった。
「噛まれてないです」
項を押さえながら、那央也さんがしようとした質問に答える。
「柊斗のやつ、何もったいぶってんの?」
「そうじゃなくて、これが柊斗の愛なんですよ」
「でもそれじゃあ……」
そう、僕の番は晴樹のままだ。
「戸籍上はちゃんと柊斗と家族なんで、別に気にしてないです」
「まぁ、家族ってのは色々あるよな」
那央也さんは頷きながらワインを飲んだ。深入りしないところは相変わらずで、そういうところを好ましく思う。
しばらく黙って焚き火を眺めていた。
「那央也先輩、交代してもらえますか?」
背後からの声に振り返ると、柊斗がトングを持って立っていた。
「はい、これ」
トングをカチカチと鳴らしてみせてから、那央也さんに握らせる。
「え、柊斗おまえ、ここでこんなにカッコつけて飲んでる先輩に頼むの!?」
「オレの凌を独り占めした罰です」
「んんんーっ、じゃあ仕方ないな!」
那央也さんは笑いながらグラスを柊斗に預けると、胸の高さまである手すりを華麗に飛び越えて行った。
なんだかんだお祭り好きな那央也さんなので、焚き火を前にもうはしゃいでいる。相変わらずムードメーカーだなと思いながら眺めていると、頬を掴まれ無理矢理柊斗の方を向かされた。
「そんな目で那央也先輩のことを見つめて、妬けるんだけど」
「そんなに妬けるなら毎日帰ってきてよ」
「だからそれはっ」
「仕事だもんね、分かってるけど寂しいものは寂しいんだから、言うだけ言わせてよ。本気で毎日帰って来いだなんて言ってないから」
「……ごめん」
こつん、と、互いのおでこがくっつく。酔っているせいだろうか、気がつくと僕は自分から顔をずらしてキスをしていた。
「なっ……」
柊斗が慌てて離れる。
「ばか、こんなみんなから見えるとこで何してっ――」
「みんな焚き火に夢中だし、平気だよ」
へらへらと笑いながら、空になったグラスにワインを注ぐ。
「飲み過ぎだ」
が、グラスを取り上げられてしまい、仕方がないので瓶から直接飲んだ。
手すりにもたれて、星空を仰ぎ見る。
「あれから10年か……」
柊斗は呆れた顔をしながら、僕の髪を梳く。その手に身を委ねながら、僕は喋り続けた。
「なんだかんだみんな今でもバレーボールに関わってるって、凄いよね」
サキさんは僕と同じくジュニアチームを指導している。海里さんと拓さんは実業団でプレーしているし、関さんと山川先輩は夏になるとビーチバレーの大会に参加しているらしい。優里さんは少しだけ特殊で、αの社会人チームに入っているのだが、スポーツマンというよりかはアイドルに近い活動をしている。そして、荒木と藤木と木下は3人仲良く同じ社会人チームだ。
「さっき優里先輩から、チームに入らないかって誘われた」
「えっ!? 社会人チームに入るのは賛成だけど、優里さんのとこは……」
うちわを持った女子にキャーキャー言われるタイプのチームで、なんかちょっと嫌だなと思ってしまった。
柊斗がクスッと笑い、目を細める。
「遠いから無理って断った」
「遠くなければ入った?」
「凌と一緒にプレー出来ないチームには入らねぇよ」
冷たい指先が、頬を撫でる。酔った身体に心地良かった。
「じゃあ、一緒にジュニアのコーチやろうよ」
「教えるの向いてねぇし……でも、そうだな、アリかもな」
頬に置かれた柊斗の手に、自分の手を重ねる。僕の熱が柊斗に伝わる感覚があった。季節はもう秋、夜は肌寒い。もっと温めてあげたくて、その手を掴み、唇を押し当てる。
「ねぇ誘ってんの?」
「うん、誘ってる。一緒にジュニアのコーチしてさ……で、いつか僕達の子どもができてバレーボールしたいって言ってくれたら、最高に幸せだと思わない?」
「そういう意味じゃなくて……ってかおまえ、ほんっとにバレーボール大好きだよな」
「うん、大好き」
僕が笑うと、柊斗も笑いながら僕を抱きしめた。
「なぁ凌、あっち行こうぜ」
指差す方を見ると、荒木達が燻製器を開けているところだった。
「柊斗が用意したんでしょ? オススメは何?」
「んー、やっぱタマゴとチーズだな」
「王道じゃん」
「でも、何だかんだ凌も王道派だろ?」
「うん」
手を繋いで、笑い合って、仲間のいる場所へ歩いていく。柊斗と笑い合う日々が、このままずっと続けばいいなと思った。
運命の番だろうが何だろうが、αがΩを一方的に縛るのは嫌だと、愛しているからこそ項を噛まないのだと、柊斗は言った。僕はもう既に噛まれている身だし、あまり意味がないとは思うのだが、そこは尊重したいと今は思っている。
前世では全く興味のなかった恋愛。柊斗は、僕に人を愛するということと、愛されるということを教えてくれた。
「美味しいね」
「だろ」
美味しいものを一緒に食べる。これからも、ずっと。
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