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1 名ばかりの社長秘書
黄金色の菓子、とは賄賂のことを表す隠語だ。
小判が紙幣に変わった現代も、その授受は日常茶飯事に行なわれている。
「御車代です。――お納めください」
左手とアタッシュケースを繋いでいた手錠を外して、札束の詰まったそれを畳の上に置く。
御車代という名目の賄賂を受け取ったのは、北海道に支持基盤を持つ与党議員だ。
「先生のお力添えで札幌、函館、小樽と店舗を伸ばすことができました。建設の認可の際や用地買収の件など、過分なご配慮を賜りまして誠にありがとうございました」
このたび北海道に出店したことで、大新 百貨店は全国の都道府県を制覇した。
一代でデパート王の地位を築いた新庄恒彦社長は、俺の養父だ。
「人気デパートの誘致は地域の活性化と税収に繋がる。今後もそちらとは長い付き合いになりそうだな」
「大変光栄なことでございます。父も、くれぐれもご指導ご鞭撻くださいませ、と申しておりました」
「新庄 社長はお元気か?」
「はい。おかげさまで健康に過ごしております」
「何よりだ。近々、観劇でも一緒にどうかと伝えてくれ」
アタッシュケースの中身を確かめてから、議員はそれを部下に持たせ、部屋を出て行った。
今夜の使途不明金、三千万円。
秘密の手帳に数字を書き入れ、万年筆を握り締める。
これが社長秘書とは名ばかりの、義理の息子に与えられた仕事。
飲み慣れない吟醸酒をガラスの酒器から喉に流し込んで、俺は、ふ、と溜息をついた。
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