1 / 50

1 名ばかりの社長秘書

 黄金色の菓子、とは賄賂のことを表す隠語だ。  小判が紙幣に変わった現代も、その授受は日常茶飯事に行なわれている。 「御車代です。――お納めください」  左手とアタッシュケースを繋いでいた手錠を外して、札束の詰まったそれを畳の上に置く。  御車代という名目の賄賂を受け取ったのは、北海道に支持基盤を持つ与党議員だ。 「先生のお力添えで札幌、函館、小樽と店舗を伸ばすことができました。建設の認可の際や用地買収の件など、過分なご配慮を賜りまして誠にありがとうございました」  このたび北海道に出店したことで、大新(だいしん)百貨店は全国の都道府県を制覇した。  一代でデパート王の地位を築いた新庄恒彦社長は、俺の養父だ。 「人気デパートの誘致は地域の活性化と税収に繋がる。今後もそちらとは長い付き合いになりそうだな」 「大変光栄なことでございます。父も、くれぐれもご指導ご鞭撻くださいませ、と申しておりました」 「新庄(しんじょう)社長はお元気か?」 「はい。おかげさまで健康に過ごしております」 「何よりだ。近々、観劇でも一緒にどうかと伝えてくれ」  アタッシュケースの中身を確かめてから、議員はそれを部下に持たせ、部屋を出て行った。  今夜の使途不明金、三千万円。  秘密の手帳に数字を書き入れ、万年筆を握り締める。    これが社長秘書とは名ばかりの、義理の息子に与えられた仕事。  飲み慣れない吟醸酒をガラスの酒器から喉に流し込んで、俺は、ふ、と溜息をついた。

ともだちにシェアしよう!