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50 幸福なエピローグ
大新百貨店を揺るがした新庄社長の退陣騒動は、取締役会から三週間後に開かれた臨時株主総会の解任決議によって収束した。
新社長に就任した堂本元専務により、新庄元社長は権限のない顧問として、会社に名前だけを残すことになった。
「お急ぎください、紅林役員。午後の会議の時間が迫っております」
「地方視察から戻ったばかりだぞ。俺の秘書は働かせ過ぎだ」
「この後なら空きますから、一緒にカフェに行きましょうね」
大新百貨店の新体制に伴って、オフィスもリニューアルされた。
まだ真新しいオフィスは横浜にある。窓から地元の街が見渡せる、ビルの最上階だ。
「会議の前に、理人に渡しておきたいものがあるんだ」
ソファに腰掛けて、脩一は大新百貨店のギフト用紙に包まれた箱をテーブルに出した。
神川理人様、と達筆で表書きされている。
申請が認められて、俺は新庄理人から神川理人へ名前を戻した。
胸のネームプレートが誇らしい。
「俺の時計――」
箱の中身は、海外に修理に出していた母親の形見だった。
国内では部品の調達が難しく、脩一の紹介で海外の職人を紹介してもらったのだ。
「俺が巻いていいか?」
「うん」
時計を左腕につけて、どきどきしながら脩一にネジを巻いてもらう。
彼の左腕にも、同じデザインの時計がある。
「理人、ほら」
クリスタルガラスの下の秒針をじっと見る。
かち、と、眠っていたそれが再び時を刻み始めた。
「動いた。俺の時計、動いたよ」
「これからは同じ時間を刻むんだ」
「うん。――ずっと、しゅうちゃんのそばにいるからね」
脩一の両腕が俺を包み込む。ソファの軋みは睦言の響きに似ていた。
「理人、次の会議、ちょっとだけ遅刻しよう」
「え?」
「今日を忘れないために」
頷く暇もなく、脩一の唇が、俺の唇を塞いだ。
真昼の陽が射すオフィスで、刻々と進む秒針に合わせて、キスは深く、熱くなっていった。
END
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