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2-2 敵愾

 研究所の宿舎には訓練所が併設されていた。どうやら、いきなり実戦投入される訳ではなく、当初の目的通り〝兵士になる為の教育〟は施される模様。あちらとしても未熟なまま戦に出してすぐに死なれても困るという訳だ。朝食後、再びの館内放送によって私達はその訓練所に集められるに至った。  ドーム型の高い天井の、だだっ広い体育館のような場所だ。見上げると高い位置に監督室、もしくは監視室とでも言おうか、研究員達が詰めている硝子張りの部屋が壁向こうにある。  私とツヴァイが到着した時には、誰よりも早く来ていた様子の赤毛のフィーアことセーラが、所在なげにぽつりと一人立っていた。 「おはよー、セーラちゃん」  ツヴァイが声を掛けたが、彼女は曖昧に会釈を返したのみだった。その表情には悲壮感が漂っている。彼女だけ朝食の席に顔を出していなかったので少し心配していたが、やはり気分が優れないのだろうか。 「大丈夫か?」 「え?」 「顔色が悪いようだが」  訊ねても、やはりセーラの反応は鈍かった。ぼんやりとこちらに視線を向けるも、返事が無い。フォローするように横合いからツヴァイが口を挟んだ。 「そりゃ、昨日の今日だもん。元気な方がおかしいよね」 「それは自虐か」  私達のやり取りに、微苦笑を湛えるセーラ。 「とにかく、無理はするなよ」  私が言葉を重ねると、彼女はようやく躊躇いがちに口を開いた。 「……でも、食事と違って、訓練(こっち)は出ない訳にもいかないし」 「ああ……まぁ、そうだな」  確かに、訓練をサボったら反逆行為と看做されて処分対象になりかねない。 「だが、奴らにしても、私達が壊れては元も子もないだろうからな。休息が必要な時は、流石にそう無茶はさせない筈だ。もしも辛くなったなら、きちんと相談しろ」 「……うん、ありがとう」  セーラが笑顔を見せた。ぎこちなく微笑(わら)うその様は、やはりどこか無理をしているようで、何だか申し訳ないような気分になった。  あまり気を遣わせてしまっては本末転倒なので、そこで会話を切り、少し距離を置く。すると、ツヴァイが出し抜けに言った。 「アイちゃんって、優しいよね」  揶揄うでもなく、真面目な調子で紡がれたそれに、私は虚を衝かれた思いがした。 「そうか?」 「優しいよ。皆にだけど、特にセーラちゃんには。女の子だから?」 「そんなことは……ああ、いや、そうだな。私には妹が居たから、重ねて見てしまうところはあるかもしれないな」 「妹?」  パッと顔を上げて、ツヴァイが私を見る。それから、何を思ったのか表情を和らげ、 「そっか……妹か」  と、納得したように呟いた。  何故、少し嬉しそうなんだ? よく分からない奴だ。    ◆◇◆  初日の行程は測定に終始した。握力だの柔軟性だの走力だの、様々な機器や競技を用いて運動能力の数値を計測した。学生の頃も年度初めの体育の授業に似たようなプログラムがあったが、驚いたことにどの数値もこれまでの自分とは桁違いに高い結果が出た。  元々運動は得意な方だったが、成長という括りでは決して有り得ない上昇具合だ。やはり、吸血鬼化したことで確実に身体に変化が生じているらしい。  しかし、見た目の筋肉量が増えたという訳ではない。 「なんでだよっ!!」  測定を終えた後、金髪ことドライが不服そうに吠えた。 「そこの筋肉ゴリラは、まぁ仕方ねーけど、何でモヤシみてーなてめーにオレが負けんだよ!! 有り得ねーだろ!?」  ドライが食ってかかった相手はツヴァイだった。彼の疑問も分からなくはない。それなりにガタイが良いドライに対して、ツヴァイはどう見ても細身だ。普通ならツヴァイがドライよりも運動で好成績を出すのは考えにくい結果だろう。しかし、事実としてはそうなった。  ……ちなみに、〝筋肉ゴリラ〟というのは私のことらしい。失礼極まりない呼称だが、あながち間違ってもいないので何も言えない。 「ズルしたんじゃねーのか!?」  いきり立つドライを、ツヴァイは鼻で笑った。 「する訳ないじゃん。しようもなかったでしょ~? 俺はたぶん、細菌への親和性が高いんだろうね」  そう、見た目は変わらないが、例の細菌によって肉体の限界を超える力が引き出されるようになったという感じか。ツヴァイはその値が特に高いのだろう。だが、ドライがそれで納得する訳もなく……自分よりも格下と思っていた相手に敗北した事実は、彼の高過ぎるプライドをいたく傷付けたようだった。 「クッソむかつく! てめえ、その内ぜってー負かしてやっかんな!」  朝食の時の禍根もあっただろう、以来ドライは何かとツヴァイに対して敵愾心(てきがいしん)を見せるようになった。

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