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3-2 君が、俺を変えたんだよ。
あの日は夜だった。何だか外が異様に騒がしいことには気付いていたけれど、神父様は俺を貪るのに夢中で知らんぷりしてた。
「花火でもやってるんだろう。全く、うるさくて敵わん」
って、それだけ。時期は夏だった。俺は幼い頃に見た花火の記憶を思い描いて、現実から目を逸らしていた。昔、まだ優しかった頃の神父様に連れられて見た花火。……綺麗だったなって。
ベッドから見上げた窓にはきっちりカーテンが閉ざされていて、花火は見えそうになかった。
突入を受けたのは、そんな時――本当に突然の出来事だった。
不意に寝室の扉が開かれて、機械兵の姿を視認するや、次の瞬間にはもう銃撃されていた。
無数の発砲音。くぐもった呻き声。錆びた鉄のような臭い。のしかかる神父様の重み。
弾丸は、俺には届かなかった。皮肉にも神父様の肉壁で俺は守られたのだ。俺の上で、彼はあっさりと死んでいった。
機械兵は撃つだけ撃って、生死の確認はしていかなかった。遠ざかるそれらの音を聞いて、俺は神父様の下から這い出した。
押し潰されて、苦しくて、もがいて……上に乗った彼を退かすのにもなかなか苦労した。
背中が穴ぼこだらけになった神父様の遺体を見下ろして、俺は――微笑 った。
もう、これで彼に脅かされることはないのだと、安堵した。
なんだ、こんな簡単なことなら、もっと早く自分でこうすれば良かった。……そう思う一方で、何故だか涙が溢れてきた。
思い出されるのは優しかった頃の彼のことばかり。それが今や無惨な遺体となった姿に、胸が張り裂けそうに痛んだ。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
俺がこんな風じゃなければ、俺達はずっと幸せな家族のままで居られたのだろうか。
そんな詮無いことを考えても、どうしようもない。
笑いながら泣いて、泣きながら笑って、俺は神を――運命というものを呪った。
◆◇◆
その後、俺は戦災孤児として他の町の養護施設に移される運びとなった。けれど、そこでの暮らしも決して安楽なものではなかった。
「よう、新入り。お前、女みてーな顔してんな」
「名前も天使ちゃんだぜ」
「本当に男かよ」
人は集まれば徒党を組む。そうして、自分達と異なるもの、目立つものは集団で排除しようとするのだ。増して、子供というものは悪意を直截 的に表現する純粋で残酷な生き物だ。当然のように、俺は彼らの標的になった。
「脱がして確かめてみようぜ」
「押さえろ!」
「おい、コイツ震えてんぞ」
「うわ、何かエッロ……」
「こら! 何をしてる!?」
「あっ、やべ!」
「逃げろ!」
助けてくれる大人が現れたと思っても……。
「大丈夫かい? 僕は君の味方だからね。いつでも相談に乗るよ」
そう言って、施設の男性職員は俺の腰を撫でた。荒い息遣い。熱っぽい吐息。品定めするような粘着質な目つき。昂りを示した下半身。――神父様と同じだ。親切な振りをした、ただのケダモノ。
このままでは、また同じことが繰り返されるだけだと……生き残る為には、強くならなければいけないと思った。
「〇〇さん……ご相談があるんです。お時間、よろしいですか?」
笑っちゃう程、簡単に釣れた。
後日、件の男性職員にその時の盗撮動画を見せ付けたら、面白いくらいに真っ青になっていた。
「いいのかなぁ? 施設の職員が保護児童にこんなことして……この動画、ばらまかれたくなかったらこれから俺の言うこと聞いてくださいね? 言っとくけどバックアップあるんで、これを奪ったところで無駄ですよ。俺に何かあったら、すぐに警察に情報が行くようになってるんで」
その男性職員に手伝ってもらって、いじめっ子達に報復した。一人ずつ脱がして写真を撮って、同じように脅した。場合によっては、少々手荒なことをする必要もあった。
「これに懲りたら、もう二度と俺に構わないでね」
こうして一応の平穏は訪れたものの、いじめっ子達の様子がおかしくなったことで施設では俺に関する噂があれこれ広がった。程なく、皆が俺を恐れて遠巻きにするようになった。
多勢の好奇の目に晒され続けるのはやはり居心地が良いとは言えない。俺にとって養護施設は、まるで窮屈な鳥籠のようだった。
外に出ることを考えたけれど、里親は要らない。里子に望まれることは度々あったが、俺はもう誰のことも信用出来なかった。
全ての誘いを拒み、一人で暮らすことにした。当面の費用は例の職員に援助してもらい、以降はバイトで稼ぐ算段をつけてマンションに移り住んだ。
ようやく全てから解放されて、自由になれた気がした。しかし、万能感を得られたのはほんの僅かな間だけだった。
念願の暮らしを手に入れたところで、俺の心の奥は何故だか空虚なままだった。次の目標も見当たらない。
俺はただ、誰からも脅かされることなく、平穏に暮らしたかっただけだ。その夢は叶った筈なのに、何かが足りない。だけど、それが何かが分からない。
決定的な欠落を抱えたまま、月日は無為に過ぎ……十八歳になった時、国から召集令状が届いた。
施設に居た時に聞かされたことがあった。戦中の現在、孤児院出身の子供達は成人の折に軍隊に配属されるようになるのだと。何でも、仇討ちの機会を与える為とのことらしいが、馬鹿らしい。俺は神父様 の仇を討ちたいとは思わないし、むしろ機械兵に感謝すらしている。
施設を出れば召集の対象から外れるのではないかと薄ら期待していたけれど、そんなことはなかったらしい。
軍隊が嫌だという訳じゃない。闘うのが怖い訳でもない。ただ、どこへ逃げても結局運命の檻というものは付いて回るのだという事実を突きつけられた気がして、俺は心底己の人生に嫌気が差した。
だから、迎えの車に乗った時には半ば捨て鉢な気分だった。もう、何もかも全てがどうでもよかった。自分がこれから、生きようが死のうが……結局は、何をしても無駄だ。
――なのに、アイちゃん。君が、俺を変えたんだよ。
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