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3-4 きっと、君を探していた。

 総毛立った。初めてこの場において、俺は恐怖を感じた。自分が死ぬかもしれないことに対してじゃない。これ以上、この人を傷付けられたくないと思ったからだ。  そんな俺の心情を弄ぶように、ゾンビはじりじりとにじり寄ってくる。 「――来るなッ!」  思わず叫んでいた。自分でも驚く程に必死な声音。無駄な静止だと分かっていても、そうせずにはいられなかった。しかし、意外なことにゾンビはそこでピタリと動きを止めてみせたのだ。 「え?」  何故、立ち止まった?  意表を突かれて固まる俺の、今度は背後から別の個体が近付く足音を聞いた。  振り返ってその存在を視認するや、俺はまた鋭く告げた。 「あっち行けッ!」  すると、やはりその個体も足を止めた。それから、回れ右をしてのろのろと緩慢な動作であらぬ方へと去っていく。  まるで、俺の言うことを聞いたみたいな……まさか、そんな。  何が何だかさっぱりだけれど、ともかく今はそれどころじゃない。 「君っ! 君、しっかり!」  改めて、床に横たわる黒髪の人に声を掛けた。依然、反応は無い。だけど、一つ大きな変化があった。 「傷が、治ってきてる……」  あれ程酷い負傷具合だったというのに、患部からは新たな肉が盛り上がり、傷を塞いでいく様が見て取れたのだ。  信じられない光景。だけど、そうだ、白衣の男が言っていた。生きたまま上手く細菌に適合した者は、強靭な肉体に高い自己再生力を持つと。つまり、この人はその稀なケースに当てはまったのに違いない。  ――成ったんだ。〝吸血鬼〟に。  ホッとした。これで、きっとこの人は死なずに済む。だけど、まだ意識が回復しないようだった。この人が起きるまで、今度は俺がこの人を守ろう。  改めて周囲を警戒する。金属製の檻の中は相も変わらぬ狂騒っぷりを見せていた。徐々に動く人数が減っていくのは、主にゾンビ――正確には、〝食人鬼〟と呼ばれていたか――に人間が食べられているからだけれど、どうもそれだけじゃない。  細菌の拒絶反応で倒れたまま、起き上がらない者も多かった。ゾンビ同士で喰い合いをして果てる場合もあったし、中でも目を瞠ったのは、金髪のヤンキーみたいな男の活躍だった。  その人物は、腕を金属製の槍のように変化させて、破竹の勢いでゾンビを倒していた。  あれは何だろう、と考えて、また白衣の男の言葉を思い出す。……もしかして、あれが〝吸血鬼〟が持つという特殊な固有能力とやらだろうか。  それにしても、不思議なのは胸部を貫かれたゾンビ達が皆一様に激しく爆散することだった。最初はあのヤンキーの能力かと思ったけれど、どうやら違うらしい。ヤンキーの攻撃以外でも心臓部辺りを負傷した個体は同じように爆散していた。  もしかして、爆弾か何かが仕掛けられているのか?  思考する最中、またも近付いてこようとするゾンビに気が付き、俺は声を上げた。 「――散れ!」  途端、ゾンビが己の胸に拳を突き込んで、直後にその身を爆裂させた。飛び散る鮮血と肉片が辺りを汚すのを、俺は唖然と見守っていた。  流石にここまでくると、もしやと思い至る。鏡のように照明を反射する金属の床に目線を落とした。そこに映る自分の姿――瞳が真紅に染まっている。  ああ、やっぱりそうだ。俺も〝吸血鬼〟に成っていたのか。  そして、どうやら俺の言葉に相手が従う、この現象が俺の固有能力に違いない。〝言霊〟か? それとも〝催眠〟か。  ――何だっていい。守れれば。  その後も、寄ってくるゾンビ達を同じように撃退し続けて、どのくらいの時が経過したのか。そろそろこの感染実験の最終結果が出ようかという頃合になっても、黒髪の人は一向に目を覚ます気配が無かった。  どうしてだ? 怪我はもうすっかり完治している。他に何が問題なんだ?  まさか、このまま意識が戻らないなんてことがあるのだろうか。そう思うと、ゾッとした。 「ねぇ、君! 起きて!」  不安が募り、呼び掛けるも彼は眠りに就いたまま。  俺の能力は〝言霊〟じゃないのか? 意識の無い相手には効かないのか? それとも、他に条件があるのか?  焦りが身を焦がす。どうしよう、このまま起きなかったら。――死んでしまったら。  嫌だ、そんなの。折角見付けたんだ。  そうだ、見付けたんだ、俺は。ずっと心の奥底で探し続けていたもの。今なら分かる。  胸の奥に、ぽっかりと空いた大きな穴。それを埋めてくれる存在を、俺はきっと無意識に求めていた。  何故かしら、確信めいた予感があった。――この人だ。  俺はきっと、この人を探していたんだ。  だけど、このままでは失ってしまうかもしれない。  どうすればいい? どうすれば、目を覚ます? 「……血」  ハッとして、呟いた。  そうだ、細菌は血液を糧に活性化する。彼はあれだけ大量の出血をしたのだから、完全な〝吸血鬼〟に成るには血が足りていないのかもしれない。  そうとなれば血を与えてみよう。俺は己の指を咥えて、ぶつりと思い切り噛み切った。口中に広がる鉄の味――いや、何だか甘いシロップのように感じられる。〝吸血鬼〟になって、血液に対する味覚が変わったのか。  それはともかく、この血を彼に……と思いきや、傷口は瞬く間に塞がってしまった。駄目だ、治癒が速すぎる。  直接、彼に齧って貰えればいいのだけど、いきなり口中に指を突っ込んだとして、果たして意識のない相手がこちらの思惑通りにしてくれるだろうか。  そこで、俺は自分の舌に牙を突き立てた。こうして噛み続けていれば、傷が塞がることはない。あとは、これが効いてくれれば――。  祈るような気持ちで、横たわる彼の唇に己がそれを重ねた。  ――ねぇ、アイちゃん。君が目を覚ました時、俺がどれだけ嬉しかったか……君は知らないでしょ?

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