1 / 4
第1話
大金持ちでコレクターでもある友人から、珍しいものを手に入れたから見に来てくれと連絡を受けた。彼がわざわざ「見に来てくれ」などと言うときは必ず、ゲテモノやキワモノ、一般には見せられないモノを、どうしても誰かに自慢したいときだと決まっている。今回は何を見せられるのか。どうして俺なのか。地下へと続く螺旋階段を降りながら、微かに聞こえる物音に想像を巡らせる。
「君が来てくれて本当に嬉しいよ。私にとって、君は特別だからね。こんなもの、他の人間には見せられない」
地下とは思えないほど広い空間の、長い廊下の両側にはずらりと扉が並んでいる。この扉の向こう全てがこの男の集めた珍品で埋まっていると考えるとぞっとする。俺みたいな特殊な付き合いの人間が地上階の展示室に通されることはほぼなく、お披露目は決まってこの薄暗い地下空間で行われるのだが、何度来ても気味の悪い場所だと思う。呻き声、鳴き声のようなものが聞こえることもあるから、無生物や死体ばかりを集めているのではないことは明白だ。
「あぁ、やはり匂いが漏れてきている」
嫌がっている口ぶりの割りに、友人の表情はどこか恍惚としていた。先に来た従者が灯したのであろうランプの揺れる廊下の先から、確かに甘い果実のような匂いが漂ってきている。奥から三番目の部屋――つまり現時点では三番目にお気に入りだということ――の前に来ると、噎せ返るような匂いとともに、子供の喚くような声が漏れ聞こえてきた。
まさか、ただの子供というわけではないだろう。そんなものは、珍しくも何ともない。
「さぁ、じっくり見て、楽しんでくれ」
重厚な鋼鉄の扉が軋み、暖色の明かりで照らされたがらんとした小部屋が視界に入る。壁際から濡れた瞳をこちらへ向けたのは、両手首を鎖で天井から吊り下げられた、色白の痩せた少女のようだ。しかし、短い黒髪から生えた獣のようなツノと、杭で壁に打ち止められた漆黒の翼、短いショートパンツの裾から伸びる細い尻尾、明らかにヒトではないこの生き物の正体は……。
「世にも珍しい、生きた男性型淫魔 だ」
「インキュバス? 女性型淫魔 じゃなくて?」
思わず聞き返した俺の言葉に、友人はさも自慢げに鼻を鳴らす。
「確認してみるか?」
俺たちが一歩部屋の中へ足を踏み入れると、淫魔は動かない翼を懸命に羽ばたかせて悲鳴のようなものを上げた。
「来んなよっ!! 僕もう悪いことしないからっ!!」
ここへ来るまでに、どんな風に捉えられ、何をされたのか、憎悪の中に隠しきれない怯えを見て取れば何となく察することができる。とはいえ、さすがは異形のものとも言うべきか、白い肌には傷一つなく、柔らかく滑らかなそれは今にもむしゃぶりつきたくなるような色気を放っている。
「見た目は子供のようにも見えるが、数百年もの間に、悪魔の子を孕まされた女は数知れず」
友人は振り上げられた脚を片手で易々と受け止めると、ショートパンツの股座の編み上げになっている部分に手を伸ばした。するりと抜けた紐さえいやらしい。一層強く、甘く官能的な匂いを放つ場所を凝視していると、滑りのいい布の間から雄の象徴がこぼれ落ちた。
「なるほど。サキュバスじゃねぇな」
「インキュバスは夢の中で誑かす相手の理想の姿になるという」
「だからその正体はこんな程度でいいってことか」
大きいとも小さいとも言えない、何ともマニア受けしないそれは、掴んでみると意外としっかりとした重みがある。手のひらで揉むようにいじくってやると、インキュバスはキンキンと鳴くような声でせめてもの抵抗を露にした。
「汚い手で僕に触るなっ!!」
「パッと見は女だと思ったが、よく見ると顔も男の造りをしてるな。男にも女にもなり切れない出来損ないの淫魔か」
凛々しく直線的な眉の下には、こぼれ落ちそうなほど大きな黒い瞳と、濡れた長い睫毛。鼻梁は細いがしっかりと高さがある。ふっくらとした唇から覗く歯列に牙はなく、赤く艶めかしい舌が見え隠れしている。小さな顎と細い首、はっきりと目立つ鎖骨は磨き上げられた陶器のように白く美しい。大人と子供、女と男全ての中間のような存在だ。
「むしろこの見た目だからこそ、長い間捕まることなく逃げ延びてきたんだろう。この酷い匂いも、外に出せば大して目立たない」
友人はそう言いながら部屋の片隅へ不自然に置かれているソファへ腰を下ろすと、おもむろに煙草の火をつけた。
「それで、俺にこいつをどうしろって? まさか本当に見せたかっただけか?」
「火で炙っても四肢を引き千切っても、こいつは死ななかったらしい」
「……へぇ?」
「当然だ。相手はインキュバスだからな」
紫煙の向こうで、深く刻まれた皺が歪み、派手な金歯がきらりと輝く。
「人間の女を食い物にするインキュバスの忌み嫌っているもの……それは人間の男、そして精液だ。快楽の化身とも言える悪魔は、それを与え続ければ苦しみ悶えて死ぬという。散々人間を苦しめた悪魔の死体であれば、上に飾っても問題ないだろう。さぁ、溺れ死ぬまで注いでやってくれ」
俺の知る限り、この世で最も悪趣味な男の意図することがようやく理解できた。老いぼればかりの彼の友人の中で、絶倫で鳴らしているこの俺がここに呼ばれた理由は、この憎たらしい悪魔を懲らしめるためだというわけだ。
ともだちにシェアしよう!