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第2話
「精液を飲ませるのはどこからでもいいのか?」
「ヤッ、んぐっ」
イヤイヤと喚く口に強引に指を三本突っ込んでみると、インキュバスは一丁前に歯を食い込ませてきた。しかし、指先で奥深くまで割り開いてやれば、無駄な抵抗を諦め、空気を求めて喉を震わせ始める。悪魔にとっても呼吸は必要らしい。
「さぁ。詳しいことは誰にもわからないから、色々やってみてくれ」
「でも、この姿勢じゃ口からは無理だな」
天井から鎖で吊るされた腕はともかく、壁に打ち付けられた翼を自由にしてしまうのは厄介だ。まずは立ったまま、楽しめることから楽しんでいこう。
ふっくらとした唇の端から零れる唾液さえ甘い匂いがし、己の中に眠る欲求がむくむくと膨らんでくるのを感じる。女に淫らな夢を見させてその種を植え付けるという悪魔が、どうして男の性欲を煽る匂いを発しているのか。親指も使って濡れそぼる舌を前後に扱いてやると、潤んだ瞳が僅かに快楽に揺らぐのが見えた。
「お前、本当にインキュバスか? 元々、男もイケるんじゃねぇだろうな」
「ひょんらあへひゃいっ……」
声は恐らく否定の意を表しているのだろうが、それとは裏腹に細い腰が誘うように動き始める。先ほど前を開けられたショートパンツは、括れたそこに上手いこと引っ掛かったままだ。
肋骨の中腹辺りまでしかない丈の短いトップスも同じように編み上げになっており、俺は空いた手でその紐を解いた。先ほどと同じように布と紐の擦れる小さな音を立てて、黒い服の下から真っ白な胸元が曝け出される。薄っすらと筋肉の浮く痩せた胸、その両側につくピンク色の突起は既に立ち上がっているように見えた。
「インキュバスに乳首が必要かよ?」
「……う、うるさいっ!! 人間の女はみんな、男の乳首を舐めるもんだろ?!」
口から指を引き抜いた途端、声変わり前の少年のような高い声が部屋に響く。果たして喘ぎ声もこのままなんだろうか。だとすれば、襲われた女が違和感に起きてしまいそうなものだが。
インキュバスの唾液は甘い匂いがするだけでなく、ぬるりと粘り気がある。ローションのような役割を果たす物なのかもしれない。
「なるほど、お前は乳首を舐められて感じるのか」
「ひゃあっ」
試しに濡れた指で片側の突起を下から上へとなぞってやれば、白い肩がびくりと跳ね上がった。
「インキュバスは乳首に限らず全身が性感帯だ」
声のする方へ振り返れば、いつの間に用意したのか、友人がグラスに入った酒を揺らしている。
「全身って、毛先までか?」
「好き者め。せっかくの人ならざるものだぞ、もっと他に楽しめるところがあるだろう?」
「あぁ、これとか」
頭部から伸びるツノを掴むと、インキュバスは「ひゃんっ」と情けない鳴き声を出した。手のひらにちょうど収まるサイズ感のそれは、巻貝のような硬い触り心地だが、きちんと神経が通っているらしい。
「やめろっ!! 僕のツノに触るな!!」
「先っちょが弱いのか?」
片手でその頭を俺の胸元に引き寄せて、先端の方を爪で引っ搔くと、インキュバスは腰を打ち付けるようにして良い反応を示した。
「あっ、もうっ!! やだぁっ、離せぇっ!!」
「お前も抵抗する人間を無理矢理犯してきたんだろ」
「ンッ、やめ、舐めないでっ!! 僕は無理矢理なんてっ……!!」
口に含むとこれも甘い味がする。硬い砂糖菓子のようだが、歯を立ててみても当然崩れることなどなく、いつまででもしゃぶっていられそうだった。
「みんな僕の力で気持ちいい夢を見たんだっ……僕は悪いことなんてしてないっ!!」
「お前に孕まされた女がその後どうなるのか、知らないとでも言うのかよ?」
悪魔の子を身ごもった女は、最悪腹を食い破られて死ぬという。しかし、それも今は昔の話。現代では薬で簡単に体外に排出できるため、人体への影響は少なく、このような淫魔の数は減る一方だと聞いたことがある。
「し、知らないっ……けど、僕の子供を産めるんだから、悪いことじゃないよねっ?!」
俺の胸の中から見上げる黒い大きな瞳は、まるで純粋無垢な子供のようだ。この姿で人を誑かし、数百年もの間ずっと生き延びてきたんだろう。そして、今、愚かにも滅びようとしている。
「知らないじゃ済ませらんないな。それに、快楽で全てが帳消しになるっていうなら、俺がお前にしてるのも悪いことじゃねぇだろ?」
「男なんて気持ち悪いだけだろっ!! ……ひゃっ、だから舐めないでって!!」
先の尖った耳を口に含むと、期待通りの反応が返ってくる。全身が性感帯というのは誇張でも何でもないようだ。
「顔はやめてっ!! 男は臭いんだよっ!!」
小さな顎を指で捕まえて、ゆっくりと頬を、それから目元まで舌を這わせていく。長い睫毛を押し上げて眼球を舐めてやると、涙まで甘美な味がした。
「いやっ……んなとこ舐めんなっ!!」
ぐすぐすと鳴る鼻を乗り越えて、ゆっくりと唇を重ねれば、甘えるように吸い付いてくる。割り開いた歯列から熱い口腔内へ俺の唾液を注ぎ込むと、淫魔は喉を鳴らしてそれを歓迎した。
「やだぁ……も、許してぇ……」
「そう言いながらノリノリじゃねぇか」
「男なんて……男なんて大っ嫌いだぁ……」
簡単に嘘をつき、息をするように人を誘惑する様子はまさしく悪魔だ。だとすれば、俺はこいつの術中に嵌まっているのかも知れない。涙ぐむ様子があまりにも煽情的で、背筋がぞくりと寒くなる。
背後で俺たちのことを観察している友人が笑ったような気がしたが、振り返る勇気は持てなかった。
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