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第4話

 視界がチカチカと点滅する。激しい動悸により崩れ落ちそうになった俺の背中を、何か大きなものが支えてくれた。太い杭で打ち抜かれ、壁に固定されていたはずの翼が、俺を抱き締めるように包み込んだのだ。鎖に繋がれていたはずの手が俺の頬を撫で、いつの間にか溢れ出ていた涙を熱い舌が舐め取る。息を吸っても吸っても酸素が足りなくて、いつまでもぼんやりとした夢心地の中にいるようだった。 「んん~……おいしい。こういうのを人間は、相性がいいって言うんだよねっ」  耳元で囁く甲高い声で我に返った俺は、股間に小さな痛みを覚えて慌てて腰を引く。吸い付いた穴はなかなか離れず、陰茎を引っこ抜かれるんじゃないかという恐怖を覚えるほどだった。細い腰を両手で押さえつけ、じゅぽっと大きな音を立てて、ようやく俺は淫魔の体内から抜け出した。 「あーん、もう終わりなの?」  纏わりつくような声、体液、それらが俺の意識を再び掠め取ろうとする。 「もっと僕をいじめてよぉ。悪いインキュバスだよ?」 「おいっ……俺を騙したな?!」  淫魔を懲らしめるとか、これがインキュバスだとかサキュバスだとか、そんなことはどうでもいい。俺の怒りの矛先は、俺をここに連れて来た人間へと向けられる。 「お前、俺をこいつの餌にしようと……」  振り返ったところには、何もなかった。ただがらんとした仄暗い空洞が広がっているだけ。 「ねぇねぇ、次は何の夢が見たい?」  俺の頭の中にも、ひたすらに空洞が広がっていく。そもそも誰を探していたのか、今どこにいるのか、何をしようとしていたのか、もう何もわからない。 「僕、まだまだ全然、満足してないんだぁ」  絡みついた細い腕と脚が、俺の体にめり込んでいく。もっと刺激的で、もっと官能的なものを味わいたい。甘やかな夢の香りが俺を誘惑し、そのまま地獄へ堕ちても構わないという気持ちに支配される。いや、俺はもう既に――……。 ◇◇◇  大金持ちで冒険家でもある友人から、ジャングルの奥地にある遺跡探索に同行してほしいと頼まれた。彼がわざわざ「付いてきてくれ」などと言うときは必ず、入手のために非人道的な行為を伴うような、曰く付きのお宝を手に入れたいときだと決まっている。今回は何を探しているのか。どうして俺なのか。地下へと続く苔むした階段を降りながら、微かに聞こえる物音に想像を巡らせる。 「君が来てくれて本当に嬉しいよ。私にとって、君は特別だからね。こんなこと、他の人間には頼めない」  懐中電灯の明かりの向こうで、深く刻まれた皺が歪み、派手な金歯がきらりと輝く。

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