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第1話

 クリスマスイブの昼過ぎ、宗谷(そうや)(のぞむ)は、最寄りの駅から電車に乗って、一時間ほど乗り継ぎ、この地方ではやや大きめな駅に隣接する駅ビルの中を歩いていた。  夏場に寝る時間も削るほど忙しかった仕事も、冬が近づくにつれて少なくなった。この秋の終わり頃から真冬の間は、まるで冬休みに入ったように仕事は閑散となる。  この季節的な仕事のおかげで、少しでも収入の足しになればと、冬場にいくつものアルバイトを経験した。  今年も例年と同じくこの駅ビルで、求人の張り紙がないかと短時間のアルバイトを探していたが、既にいくつかの候補は条件が合わずに見送り、応募した求人も既に募集していないと言われ、アルバイト先探しはいつも以上に難航していた。  別に、見つからないならそれでも仕方ない――。  明日のクリスマスが終われば、もうすぐそこに年末の足音が聞こえてくるこの年の瀬に、忙しなく動き回りたくないという気持ちもどこかにあった。  贅沢をしなければ、冬場に食べつなぐ分はこの夏場に稼いだのだからと考えながら、駅ビルのパン屋の横を通り過ぎる。  そのパン屋の横にある、スタッフ用通路に続くと思しきグレーの扉に、〈サンタクロース募集〉との張り紙があるのに気がついた。 「サンタ、クロース……?」  立ち止まってポスターを見れば、クリスマス前後の一週間と書いてある。  どんなものだろうかと思ってポスターの下の応募要項を読み進めれば、履歴書を持参のうえ、この電話番号にと記載されている。  サンタのアルバイトと言えば、人前であの赤と白の特徴的な衣装を着て、子供たちやその親らにサンタ然として愛想よく振舞うあの仕事だろう。  自分がそれをしている姿を想像しようとするも、引っ込み思案なところのある自分が、そんな友好的に振舞えるとはとても思えなかった。  自分には無理だ、そう諦めてポスターの前を通り過ぎた。  しかもこのクリスマスイブの今日まで貼ってある求人だ。よほど離職率が高いブラックバイトの可能性もあるし、それか剥がし忘れだろうと思った。  それに独身一人暮らしの自分が、クリスマスを感じるといえば、夕方ごろのスーパーで安くなった惣菜を見つけ、テレビを見ながら部屋で一人、その惣菜のチキンを頬張るときぐらいだ。  そんなサンタやクリスマスイベントから、ある種一番遠いところにいるような自分が、いくら仕事とはいえ、温和な笑顔を浮かべ、幸せや夢を子供たちに見せられるとは到底思えなかった。  駅に隣接している商業施設が入ったビルを出て、今日はこれで帰ろうかというとき、 「――仕事を探している方?」  目の前から歩いてきた男に、すれ違う前に引き止められた。  声の方を見れば、自分よりは年上の男で、チェック柄のワイシャツにコートを羽織ったラフな格好の男だった。自分より身長が高く、その顔立ちに派手さはないが、柔らかな印象を与える男だ。  さきほど自分が求人のポスターを見ているところを見たのだろうと、宗谷は立ち止って頷いた。 「僕の家にきてくれないか? 数時間、子供をみてほしいんだ」  一瞬、男から言われたことの意味が分からなかった。 「……子供をみる?」  自分の声で再び聞いても、なぜ自分が、そもなぜ自分に、といくつもの疑問が脳内に同時に浮かび上がった。

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