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6.潰すな、溶かすな、切れ

  「お前ちょっとこっちに来いっ!」  頭を抱えていたプラドが、突然ソラの手を取る。  こっちに来いと言われたのでされるがまま付いて行くと、プラド側のキッチンに到着した。  何をするのか見ていれば、にんじんを差し出されたので何も考えずに手に取る。 「いいか、料理は包丁を使うもんだ! 間違っても野菜を握りつぶすな」 「それは知らなかった」  なるほどと納得するソラにプラドは包丁を渡す。  握りつぶした方が簡単な気もするがこれが料理の当たり前なら仕方ないと、とりあえず三等分に切ってみた。  そしてそばにあった鍋に入れてみたのだが、ここでもソラは怒られてしまう。 「まだ皮を剥いて無いだろ!」 「剥くのか?」 「当たり前だ……っ」  野菜の皮にも栄養があるのに何故剥くのだろう。  なんて純粋に疑問に思いながらもプラドの見本を真似てみる。けれど包丁に慣れない人間が初めから上手に剥けるはずもなく、手元が危なっかしいソラに周りはまたもや息をのんだ。 「あと硬い野菜はもっと小さく切らないと火が通らないだろうが」 「潰すか?」 「潰すな!」 「溶かすか?」 「溶かすなぁあっ!!」  すべて液状にしてしまえば簡単だろうに、なぜかプラドは切らせようとする。  いまいち理屈が分からないが、周りの反応から自分が間違っているのは理解していた。  なのでここはプラドの言う通りにするのが正しいのだろうと、ソラは野菜を慣れない動作で切っていく。 「不揃いだが……まぁ良い。次は肉を同じぐらいの大きさにするぞ」  同じぐらい、と指示が出たのでプラドが切った野菜と見比べて同じ大きさになるようブチリとちぎった。そこでなぜか頭をスパンと叩かれた。 「肉を千切るな!」 「つぶ──」 「──潰すな! 溶かすな! 切れ!」  何故ちぎってはいけないのかやはり分からなかったが、ここでも素直に包丁を手にする。  その後もプラドの熱血指導は続いた。 「肉は鍋に入れる前にフライパンで炒めて……ほら火が強い火が強い!」 「軽く味付けをして……ラフレシアの蜜はしまっとけ」 「あとは柔らかくなるまで煮込んでだな……だから勝手に謎の薬で溶かそうとするなっつってんだろ!」  軽快な音楽と共にプラドの声が会場に響く。  その声を頼りにソラは真剣な眼差しで食材と格闘した。  集まった観客達は危なっかしいソラの手つきにヒヤヒヤしながらも、心の中でそっと声援を送る。  声に出して応援しないのは、ソラを少しでも驚かせたら火傷や切り傷を作ってしまいそうだったからだ。  プラドに怒鳴られながらも、少しずつ料理が形になってくる。  そしてついに── 「──完成、か?」 「…………疲れた……」  出来上がったのは、なんの変哲もないビーフシチュー。  そんなビーフシチューをソラは感心したように眺め、隣ではどこかゲッソリしたプラドがキッチンテーブルに腕をついてうなだれていた。 「お前……お前はいったい何なんだ」  ご自慢のオールバックも乱れやつれた様子のプラドは、ソラを据わった目で見る。  しかしプラドをやつれさせた当の本人は、出来上がったビーフシチューを味見し目を輝かせていた。 「……凄いな」  思わず感嘆の声が漏れるほど、ソラは感動していたのだ。  なんせ自分が作った料理が美味しかったのだから。こんな事は生まれて初めてで、ソラは奇跡を見ているようだった。  ソラにとって、食事とは生きるために必要な栄養素を摂取する行為としか考えていなかった。  だからどれだけ効率的に栄養を摂るかが重要だったのだ。  もちろん美味しい物は好きだが、それは娯楽の一部で自分が生み出す物では無いのだと無意識に考えていた。  それがどうだ。己の手で、生み出せるはずの無い物が生み出されたではないか。  自慢の魔術をもってしても不可能だっただろう奇跡を、プラドはやってのけた。  彼は凄いな……と、ソラは心の底から感心しプラドに尊敬の眼差しを向けるが、プラドはなぜか鍋のビーフシチューを睨んでいた。  不満そうなプラドの様子にソラは首を傾げる。  こんなに美味しく出来たのに何が気に入らないのだろうか。  そんなプラドとソラの周りで、トリーとマーキが忙しなく働く。  看板はいつの間にか【プラド・ハインド V.S ソラ・メルランダ 夢の料理バトル】から【プラド・ハインド&ソラ・メルランダ 奇跡の協同料理】に変わっていた。トリーとマーキの仕事は早い。 「もう、対決でも何でも無いじゃないか……」  ぼそりと、プラドが呟く。  空に消えそうなほど小さな呟きだったが、プラドの『なぜこんな事になったんだ』の思いが込められた呟きはしっかりソラにも届いていた。 「すまないプラド」 「……」  ソラが料理をしていた時の張り詰めた会場の空気は、いつの間にか溶けて和やかになっていた。  ソラとプラドの健闘を見守っていた観客達は、無事出来上がった安全そうな料理に胸をなでおろす。  そして料理がまともだと分かれば、何はともあれソラの手料理なので一口でもありつきたいと長蛇の列をなす。 「一人一杯まででーす」さっそく集まった観客に料理を振る舞うのは、もちろん仕事の早いトリーとマーキだ。  空では相変わらず光の動物達が軽やかに踊り、音楽は人々の心を踊らせる。  華やかな会場、多くの観客、スリルと感動、そして最後に皆で美味しい料理を堪能する。  今回の企画は間違いなく大成功だと胸を張って言えるだろう。  けれどこれは、プラドが望む形ではなかった。先程の呟きから痛いほど伝わってきたプラドの思いに、ソラは申し訳なく思う。思う、のだけれど── 「──……けれど、楽しかった」 「はぁ?」  プラドからは呆れの声を返されるが、ソラは心底楽しかったのだ。 「人に物を教わるのは初めてだ」 「はっ、嫌味か」 「いや……」  何でもそつなくこなしてきたソラ。勉学も、コツコツと積み重ねる努力も嫌いでは無かったソラは、誰かに教わらなくとも優秀な成績をおさめてきた。  常に周りの見本となっていたソラは、誰かに何かをおしえてもらう必要が無かった。  たとえ多少間違っても、優秀なソラに指摘するのはおこがましくて皆見て見ぬふりをする。  けれどプラドは違った。 「嬉しかったんだ」  プラドだけは怒って、それはダメなのだと面と向かって言葉にし、一からソラを正そうとした。  プラドにとってはただの手間でしか無かっただろう。むしろ、見て見ぬふりをすればすんなり勝利できていただろうに。  しかしプラドはソラを叱る選択をした。見て見ぬふりはしなかった。  だから、 「ありがとう」  間違いを教えてくれてありがとう。見捨てないでくれてありがとう。叱ってくれてありがとう。  いつも対等な立場に立ってくれて、ありがとう。 「……」 「……」  しばし、二人の間に沈黙が流れた。  周りはシチューに列をなして賑やかだが、プラドはソラを見たまま瞬き一つしない。その表情は無表情で感情が読めない。  ただただジッと観察でもするように見つめられ、良く分からないが動かないほうが良いのだろうかとソラもプラドを見つめ続けた。  すると、だんだんプラドの表情が変わってくる。同時に顔色も変わる。  プラドは力なくキッチンテーブルに預けていた体を勢いよく起こし、なぜかソラから後ずさって口元を拳で隠した。 「おまっ、お前は、ホントに、何なんだよ……っ!」  先程までずっとソラを凝視していたくせに、今度はまったく目が合わない。顔は自分の髪のように真っ赤にして、眉間にシワを寄せどもるプラド。 「別に俺はだなぁ! お前の為になんかっ、だから、つまり……お、覚えてろよっ!!」  いったい何事かと見ていたら、プラドは結局いつもの捨て台詞を吐いて去ってしまった。  いつもと違う点は去る速さが尋常でない事だろうか。いつもならドスドスと存在感を示して去っていくのに、こんなに猛ダッシュで去られたのは初めてだ。  シチューを配っていたトリーとマーキも驚いていたが、列をなした観客に急かされすぐに仕事に戻った。  残されたソラも驚いて立ち尽くしたが、周りからは涼し気な顔で澄ましているようにしか見えなかった。  そんな、人知れず動揺していたソラだったが、驚きがおさまると次は心が沈んでいく。  また怒らせてしまった、と。  しかし怒って当たり前だとソラは思う。自分のせいでプラドの企画をむちゃくちゃにしてしまったのだから。  なのに一人浮かれて「ありがとう」なんて呑気に礼を言って、プラドも腹を立てて当然だろう。  次に会ったらちゃんと謝罪をしよう。  そう心に決めて、洗浄の魔法陣を描きフリフリエプロンを綺麗にした。学園祭後にソラのフリフリエプロンの写真が出回ったが、それはソラが知る由もなかった。  ちなみにソラが料理だと銘打った携帯保存食は、ギルドの職員が買い占めて行った。  一粒飲むだけで一日中体力がもつと大変好評だったそうだ。  

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