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7.世界が変わった二人

   大盛況だった学園祭も幕を閉じ、ひと月ほど経った。  たいへんだったけど楽しかったね、なんて思い出話も次第におさまり、今の学園は平穏を取り戻している。  ソラも日常を取り戻し、また変わらぬ学生生活が戻ってきた、ように思えた。 「メルランダさん! も、もしよろしければランチをご一緒しませんか……」 「あ、あ、あの! 私、お弁当作ってきたんです! 良かったら……」  ここの所、よく話しかけられるようになったのだ。  どう反応して良いのか分からず戸惑ったが、それでも話しかけてくれた者は逃げずにソラの反応を待ってくれる。  以前ならポーカーフェイスで返事に詰まるソラを見て顔を真っ赤にし「話しかけてすみませんでした!」と逃げられていたのに。 「……あぁ」  今も顔を真っ赤にするのは変わらないが、じっと待ってくれているおかげでなんとか返事を返せている。  すると皆顔を輝かせ嬉しそうにするので、ソラも表情を表に出さないながらも嬉しくなる。  共に魔術の研究をしようという誘いもちらほら増え、ソラの周りはずいぶんと賑やかになった。  あまりにも人が集まると疲れてしまうが、一日に話しかけてくるのも数人程度で、集中したい時は何も言わずとも一人にしてくれる。  理想の、いや理想以上の学園生活にソラは凛とした姿は崩さず浮かれた。  けれどそんな夢のような生活が訪れて嬉しいはずだったが、同時に悩みもできてしまった。 「プラド」 「……っ!」  授業を終え、私室へ向かう途中の曲がり角でプラドと鉢合わせた。  そこでソラから声をかけたわけだが、プラドからあからさまに顔を背けられてしまった。 「き……気安く話しかけるんじゃない!」  そう言い残し回れ右をして走り去ってしまったプラド。  あまりにも早業すぎて、挨拶の為に上げていたソラの手は行先を失い迷子になった。  ここの所、正確には学園祭以降ずっとこの調子だ。  せめて学園祭の不手際の件で謝罪だけでもしたいのだが、目が合ったとたん逃げられてばかりでソラは二の句を継げないでいる。  とうとうここまで嫌われたのか、と悲しくなったが、自業自得だとも割り切っていた。  初めから嫌われていたが、学園祭で追い打ちをかけたのだから仕方ない。 「……」  もうソラは無理に関係改善をはかろうとは思わなかった。きっと余計なお世話だろうし、余計に怒らせてしまう予感しかしないからだ。  少し寂しくはあるが、気にしてばかりもいられない。どうしたって油と水のように混ざり合わない物もあるだろう。  そうソラは割り切って、私室へまた足を進める。  学園祭を終えたばかりだが、またすぐに大切な行事が待ち構えているのだ。  その準備をするべく、ソラは怒らせてしまった同級生の事は頭から追いやり独自の魔術の研究に没頭した。  頭を切り替えたソラは、もう魔術の事しか考えていなかった。  * * *  学園内のカフェテラス。プラドはいつもの三人で集まり頭を抱え悩んでいた。  それはもう、悩みに悩んでいた。初めてソラにトップを奪われて寝込んだ頃より更に長く悩んでいた。注文したコーヒーは半分も飲まれないまま放置されていた。  今まで悩みは数あれど、ここまで長期に悩んだ事があっただろうか。 「くそ……すべてヤツのせいだっ」  学園に入学してからのプラドの悩みはだいたいソラが関係してくるが、今回ももれなく彼が原因だ。  プラドは苛ついた様子で頭をかき、綺麗にセットされていた赤髪を乱す。 「プラドさん、最近どうしたんです?」 「授業で当てられて答えられないプラドさんなんて初めて見ましたよ。具合が悪いならソラ・メルランダに薬を──」 「──ヤツの名を出すなっ!」 「はいすみませんっ!」  八つ当たりのように怒鳴るプラドに、トリーとマーキは直立不動となる。  プラドはそんな二人から目を離し、ふん……と不機嫌に鼻を鳴らした。自分がおかしい事ぐらい自覚しているのだ。  授業に身が入らないだけではない。授業後、気がつけば一人で廊下を歩いているし、気がつけば決まった教室の近くをうろついている。  そして気がつけば、忌々しいライバルの姿を探している自分が居る。これでおかしくないはずがない。 「メルランダは俺に何かしらの魔術をかけたに違いない……卑怯なヤツめ」 「えっ! そうなんですか!?」  己がこんなにおかしくなったのはソラのせいに決まってる。今まで不都合が起こるのはいつだってソラが関わっていたのだから。 「それは卑怯ですね! いったいどんな魔術をかけられたんです!?」 「俺にも詳しく分からんが……」  突然だった。突然世界が変わったのだ。  あの日、学園祭で、ヤツが、ソラが、ほんの少しだけ笑った、あの日から── 「──あの日から妙にヤツが……なんつーか、可愛いというか美人というか……なんか、こう、キラキラ見えるっつーかだな」 「始めっからじゃないですかね?」 「そんなわけ無いだろ!」 「でも入学当初から学園内に噂が走る程度には美人でしたよ?」 「太陽の下を歩くとすべての光を集めて輝いて見える程度にはキラキラしてますね」 「そん……──そうなのか?」  だとすれば己の目がおかしくなった訳では無いのか? と難しい顔で頭を抱えたプラドの隣で、トリーとマーキが胸を張り自慢げに語りだした。 「でも俺はヤツの美貌に惑わされたりしませんよ! 目が合ったら七日ほど有頂天になるぐらいなもんです」 「俺だってソラ・メルランダなんか興味ありませんよ! ヤツの隣を通る時に思いっきり香りを嗅ぐ程度ですしね」 「嗅ぐなっ!」  プラドは更に頭を抱えた。  

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