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60.似ている二人【完】

  「──そんじゃ、ソラの実家は遠いんだろ? 早目に出ようぜ」  遅めの朝食を終え、さっそくと言わんばかりにプラドが言う。  すでに駅までの移動許可書まで準備しているプラドに、ソラは「いいのか?」と問う。 「一度プラドの家に挨拶に行ったほうが──」 「また引き止められてめんどうになるだけだから止めとけ。それに今度こそ化粧されるかもしれんぞ?」 「──私の実家に急ごう」  こうしてヒナタへの手土産を二人で選び、共に列車に乗り込んだのだった。  列車と馬車を乗り継ぎ、日が暮れる前に二人はソラの村に辿り着いた。  たまにすれ違う村人は見知らぬ顔のプラドに興味があるようで、ソラに挨拶をするついでに声をかけてくる。  その度にソラが自分の恋人だと紹介すれば、皆驚きの顔を見せた。  特にソラと歳の近い若者は、男女問わずややショックを受けた様子だった。 「ただいま」  村のはずれの木の家に着き戸を開ければ、いつものようにロッキングチェアに腰掛けた祖母のヒナタが出迎える。 「おかえりなさい。あら、そちらがソラさんの話していた?」 「えぇ」 「は……初めまして! プラド・ハインドです!」 「えぇえぇ、ソラさんから聞いてますよ。とても研究熱心な方だとか」 「い、いえ、そんな……」  ヒナタから褒められ満更でもないプラドだが、彼は知らない。  ヒナタはソラから『試験が終わるたびになぜソラに負けたのか多種多様な理由(言い訳)を語りに来る研究熱心なプラド・ハインド』と聞かされている事を。  今後も知らないほうが良いだろう。 「パン屋のマリアさんは?」 「彼女が来ると大変な事になりそうだから、あなた達が来るのは内緒にしてるの。手土産は後で彼女にも渡しておくわね」 「そうですか」 「……だから誰なんだマリアさんって……」  そんな会話をしながら、メルランダ家での夕餉の準備が始まった。  あらかじめ仕込んでいたのか、ヒナタはさっそくパイを焼く。  その様子を見ながらプラドが何か手伝える事は無いかと尋ねれば、ソラを見張っててくれと頼まれる。  何かを察したプラドは、神妙に頷きソラを監視する事にした。  そんな出会ったばかりの二人の間に裏やり取りがなされているとは知らないソラは、プラドに良い所を見せようと台所に入ってくる。 「……ソラさん。疲れてるでしょうから座って待ってても良いのよ?」 「いえ、私も料理について少し調べてきたから大丈夫です」 「そうなの……」  やんわり止めようとするヒナタだが、なんだか張り切っているソラにはヒナタの願いは届かなかった。  ヒナタがプラドに目配せすると、プラドはそっと頷く。この二人、もはや運命共同体である。 「……で、ソラは何をするんだ」 「卵だ」 「潰すのか」 「プラド、良く見ていてくれ」  そう言って卵を一つ手に取ったソラは、慎重な手つきで台の角に卵をぶつける。  慎重すぎてなかなか殻にヒビが入らないが、数回繰り返してやっとピキリッとヒビが入った。  そのヒビに両手の親指を差し込み、用意していた皿の上でゆっくり、じれったいほどゆっくりと卵を割った。  ポチャン、と皿に生卵が生まれる。 「……」 「……」 「……」 「……え? あっ、す……凄いじゃないか!」  ヒナタに肘でつつかれてようやく意図を理解したのか、プラドは慌てて卵を正しく割れたソラを褒めた。  するとソラは満足げに胸を張り、次の卵に手を付けた。 「……」  ただ卵を割っただけでドヤァと目を輝かせて見てくるソラは── 「──……くそぅ、かわいい……っ」  馬鹿な子ほど可愛いなんて言葉が天才と呼ばれるソラに当てはめて良いものかは分からないが、手のかかる恋人が可愛くて仕方なかったようだ。  ただ油断は禁物で…… 「殻はカルシウムだからサラダに──」 「──よしソラ、料理について新しい知識を与える。殻は料理に使うな」  と、軌道修正も忘れなかった。 「ふむ? 料理の資料には書いてなかったが……」 「殻を食えとも書いてなかっただろ」 「確かに」  その後、調子に乗って大量に卵を割ったは良いが使い道を考えていなかった事が判明し、プラドが卵料理を多量に作る事になった。  そんな彼らの様子を、ヒナタはパイを焼きながらにこにこと眺めていた。  料理でのプラドの働きを見て、ヒナタは早々に孫の恋人を気に入ったらしい。  食事は穏やかにすみ、次にソラはもっとも大切な場所へプラドを案内した。  両親の書斎である。 「ここが父と母が生前使っていた部屋だ」  本棚から溢れるほど魔術に関する本が置かれた部屋は、ソラにとって自慢の書斎だった。  きっとプラドも驚くだろう、そう思いながら軋む扉を開いた。 「……! お前これ──」 「ふむ」 「──片付けろよ!」 「そっちか」  だが、予想していた反応と違ってソラはほんの少しふてくされた。この素晴らしい本の山を見てそれなのか。 「お前なぁ、大切な部屋なら散らかすなよ」 「散らかしてない。初めからこうだった」 「……血筋か」  ソラの言う通り、この部屋はソラの物心ついた頃からこうだった。  ヒナタいわく、これでも口をすっぱくして片付けさせていたほうなのだと言う。  ただソラの両親も整理整頓は苦手だったようだが、本は大切にしていたようで、大量にある本一つ一つに高度な不汚損の魔法陣が描かれている。  それでもプラドにとって、どこに何があるか分からない状態は我慢ならなかったようだ。 「せっかく全集揃ってる本がバラバラに置かれてるじゃねーか」 「駄目だろうか?」 「……もし俺が著者なら順番通り置いてほしいだろうな」 「なるほど」  狭い部屋ながら無造作に積まれた本を整理すれば、それなりに空間は増える。  その過程にソラは満足したが、プラドの口うるささは止まらなかった。 「おいこれ貴重な本だろ!?」 「ふむ! 五十年以上前に発行された貴重な──」 「床に積み重ねるんじゃねぇ!」 「むぅ……」 「むくれるな可愛いだけだぞ……自慢話は後で聞いてやるから──」  なんて口では言っているが、プラドも貴重な本に囲まれて喜ばない人間ではない。  ソラと整理をしていたはずが、いつの間にか二人して本を読み耽るのも時間の問題だった。  そして分厚い本について小難しい言葉で議論しだしたもんだから、きっと部屋は何年経っても片付かないだろう。  そんな、似ていないようで似ている彼らを見て── 「なんだか、もう夫婦みたいねぇ……」  ──と、ヒナタは呟いた。  狭い部屋で、尽きることのない若者二人の声。  その後、ソラと緊張でガチガチになったプラドが婚約契約書をヒナタに見せるのは、すっかり日も暮れた数時間後の、出来事だ。 【おわり】  最後までお付き合いいただきありがとうございました!  

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