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発売記念SS

   ソラ・メルランダさんに恋人ができたらしい。  森の泉の妖精、ソラ・メルランダさんに、恋人が……。 「認めない……っ!」  学園の高嶺の花であり、我等が女神であり、決して触れてはならない森の泉の妖精であるソラ・メルランダさんに、恋人だと!?  しかもよりによって相手は、いけ好かないハインド家の次男だ。  やたらとプライドが高くて威張り散らしている嫌な奴である。  そんな人物がメルランダさんの恋人だなんて、認められるはずがないだろ。  ちょっと成績が上位で顔がそこそこ良いだけの男なんて、すべてが完璧なメルランダさんには不釣り合いだ。  きっとメルランダさんはハインド家の権力によって無理やり従わされているに違いない。 「俺が何とかしないと……っ」  そう意気込んだ矢先だった。  まだ雪の積もる学園裏の人のいない広場で、俺はメルランダさんに出会ったのだ。 「……っ! めめめめめめ──」  メルランダさん!  と、なんとか名前を呼べば、雪に反射した光で空色の髪をきらめかせながら、メルランダさんは俺へと振り返った。美しい。 「ど、どう、したのでしょう? このような場所で……!」  もう雪は降らないと聞いているが、まだ外は寒さが厳しい。  そんな中で立ち尽くすメルランダさんはいつもにも増して神秘的なのだが、見惚れている場合ではない。  森の泉の妖精親衛隊として彼を安全な場所にご案内しなくては! 「キミは……」 「あ、あの、メルランダさんの後輩の者です! 俺はただ散歩をしていたのですが、メルランダさんも散歩ですか? 奇遇ですね! ぜひご一緒に──」 「私は散歩ではない」 「そうですか……」  あっさり切り捨てるメルランダさんも素敵だ。  でも、じゃあ、彼はなぜこんな何もない場所に居るのだろうか。  そう疑問に思ってぼーっと見惚れていると、メルランダさんはただその辺りをうろうろと歩き回るだけだった。  時折目の前の森を見上げるが、何をするでもなくまたうろうろする。  何だ、本当に分からない。  メルランダさんは何を目的に何もない学園裏の森の前を歩いているんだ。 「あ、あの……」 「ふむ?」 「お暇なら、カフェテラスでも行きませんか?」 「いや、腹は満たされている」 「でも、ここは寒いでしょう?」 「確かに寒いな」 「なのになぜ……あ、何かお探しですか!?」 「いいや、探し物はない」 「じゃあなぜ……」 「何となくだ」  何となく……何となくこんな寒い場所に?  ダメだ、俺の平凡な頭ではメルランダさんの偉才すぎる思考を理解できない。  でもこんな寒々しい場所にメルランダさんを放っておくわけにもいかない。  どうすれば彼は温かな場所に移動してくれるのか……。 「ソラ!」 「……っ!」 「プラドか」  どうすれば、と悩みながらもメルランダさんと二人っきりの状況にひっそり喜んでいた所で、もっとも聞きたくない声が割り込んだ。  今一番滅してほしい存在、ハインドだ。 「お前こんな所にいたのか」  ハインドが来ると、当たり前にメルランダさんの隣に並ぶ。  俺は恐れ多くて一定の距離を保っていたというのに、つくづく憎い。 「そんで、お前は何だよ。まだソラを諦めてないのか」 「……」  密かにジェラシーを燃やす俺へ、ハインドが振り返り面倒くさそうに言う。  どうやらメルランダさんと付き合い出した当初に突撃した事を覚えているらしい。こいつに覚えられていても何も嬉しくない。  なので返事などしてやらず、目を合わせないままに現状を伝えたのだ。 「メルランダさんは何となくここに居たいそうですよ」 「あ? あぁ」  さすがのお前もお手上げだろう。  内心で「お飾りの恋人め」と悪態をつく。この場から動かないメルランダさんにお手上げになるであろうハインドの醜態を見守ってやる。  そう、思ったのだが──。 「ソラ、森への立ち入りは来月初旬に解禁されるらしい」 「来月……七日後か」 「二人以上で許可がおりるエリアももう俺とお前で申請してるから心配するな」 「そうか」  返事をするや否や、メルランダさんはあっさりハインドの野郎と学園内に消えていったのだ。 「──えぇぇ……」  呆気にとられる俺に、冷たい風が吹き付ける。  何だったんだ今のは。  何が起こったのかまだ理解が追いつかないのは、意味不明なやりとりだったからではない。先程のメルランダさんの表情が頭をぐるぐる回るからなんだ。  メルランダさんはいつも表情が変わらない。  それでも分かる。分かってしまう。  まったく変化がないはずのメルランダさんの感情が、嬉しそうに変化した事を……。 「……っ、くそぅっ」  あんなキラキラしたメルランダさんは初めて見た。  あまりにキラキラしすぎて目がつぶれるかと思いつい目をそらしてしまったが、楽しそうで、可愛くて、美しかった。  それをいとも簡単に引き出したハインドの野郎が憎くて仕方ないが、同時に敗北の味がじわりと広がったのは、悔しいので気づかない振りをした。  春は遠い。 【おわり】  本日よりブルームーンノベルズ様にて電子書籍が販売開始となりました!  どうぞよろしくお願いいたします(^^)

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