11 / 50
第11話 英雄産んでみる?
演習場に着いて、ロイは直ぐにセドリックに剣を握らせた。英雄のした事を、その孫であるセドリックがどこまで把握しているのかを知りたかったのだ。
「ねぇ、ねぇ、やってみせてよ」
あくまでも、ロイは無邪気にセドリックに頼み込む。読んだだけの英雄の知識を、この目で見てみたいとあくまでも純粋な目をセドリックに向ける。
「英雄であったのは祖父であって、その能力が引き継がれるわけではない」
セドリックが申し訳なさそうにそう言うと、ロイは全く気にも留めないで、剣を握るセドリックの手を掴んできた。
「でも、セドは魔法使えるよね?」
ロイはセドリックの手に触れて、魔力量を確認した。騎士科にしてはなかなか多い、それに質がいい。さすがは英雄の孫で、公爵家の子息だ。これなら少ない魔力で魔法を放てるはずだ。
「転移魔法はまだ習得できていない。そもそも、英雄の技というのは……」
「剣から雷とか、炎とか放つんでしょ?杖で放つより広域に攻撃できるんだよね?」
ロイが嬉々として言うものだから、セドリックは驚きすぎて口を閉じたままロイを見つめた。もはや何を言ったらいいのか分からないのだ。
「ねね、俺がちょっと手伝うからさ、やってみない?」
そう言って、ロイは掴んだままのセドリックの手を、頭上へと上げた。
「それでね…」
ちょっと身長差がありすぎるため、ロイは目一杯腕を頭上に上げているのだけど、セドリックの肘は曲がっていた。けれど、ロイはそんな事気にしてなどいない。
「ねえ、魔力って感じてる?」
見た感じ結構必死に見えるロイの様子が、セドリックの真下にあって、若干爪先立ちしているのが結構可愛かった。しかも、ロイの質問の仕方がいけない。
「あ、ああ…そう、だな」
確かに魔力は感じているが、それが自分のものなのか、ロイのものなのか区別がつかない。
「ねえ?お腹に魔力溜まってる?」
言いながら、ロイがセドリックの腹に触れてきた。その触り方がまた柔らかくて、セドリックはどうしていいのか分からない。けれど、ロイは全くおかまいなしだ。
「ここのさ…」
そう言って、ロイの手がセドリックの腹を少し強く押す。
「このあたりで、魔力をこねるでしょ?それをこう……グッと持ち上げてさ、剣の先端に乗せるイメージを持って?」
言いながら、ロイの手がセドリックの腹からゆっくりと胸を通って肩から腕に行き、剣を握る手に届いた。その間、ロイはずっとセドリックを見つめているものだから、セドリックだって目を離せない。
「で、こう」
ロイの両手がセドリックの手を握って、そのまま剣を垂直に下ろした。
「なっ」
セドリックが驚くほどに、剣の先端から小さな火の玉が飛んで、数メートル先に着弾した。
「セドは火の魔法が得意なのかな?」
着弾した方を眺めながら、ロイは言う。セドリックの剣から飛んだ火の玉は、小さかったけれど質が良かったのか、地面がだいぶ深くえぐれていた。土が燃えるなんてことはないだろうから、えぐれてできた穴から上がる煙は、火の玉がまだ燻っているという事なのだろう。
自分がしたことなのに、セドリックは信じられなかった。たしかに魔力は持っている。杖を介さないで使用できる結界関係は、騎士として使えるのが当たり前だとして、幼い頃から訓練してきた。転移魔法は体に負担が大きいことから、学園に入る少し前から習い始めたが、まだ習得できてはいない。英雄の孫として、公爵家の子息として、自分に期待が大きい事ぐらい知っている。
「攻撃の魔力を放ったのは初めてだ」
セドリックはまだ呆けた様な面持ちで、着弾した地面と手にした剣を見比べていた。
「そうなんだ」
セドリックとは対照的に、ロイはなぜか嬉々とした顔をして、自分の剣を握りしめた。
「何をするつもりだ?」
セドリックは剣を構えるロイを見た。セドリックの目にも分かるほどに、ロイの魔力が流れていく。
「イメージはね、あるんだよ。こうして……こう」
言いながら、ロイは剣を頭上に掲げてから素早く振り下ろした。
セドリックの時と違い、ロイの剣からは電流の様なものが放たれた。それは地面に着弾した後に、地を這う様に数メートル進んでから消えた。
「な…ん、だ?」
セドリックは自分の目で見たものが信じられなくて、ロイ剣から放たれた電流の様なものが消えた辺りを見つめていた。
「魔術の応用だよ」
いたずらが成功した様な笑顔を見せて、ロイは喜んでいた。
「杖の代わりに剣なの、分かる?」
言いながらロイは頭上で剣を左右に揺らした。いわゆる攻撃魔力を放ったことのないセドリックには、イマイチイメージが乗ってこない。
首を捻るセドリックに、ロイはなおも説明を続ける。
「ほら、俺はさぁ、魔術学科にいたから、杖を使って魔力を放つ訓練を受けたわけじゃない?」
入学してまだ二ヶ月あまりだが、魔術学科の生徒は杖を介しての魔力操作をメインに、様々な魔法の習得をしていく。だから、ロイは剣を杖の代わりに魔力を放とうとしたのだ。ただ、杖とは違い、剣は魔力を介するのに向いてはいない。剣の本体は鋼だったりするけれど、混ぜ物であって純粋ではない。しかも手で握る柄の部分がまた素材が変わる。魔法使いの使う杖は天然の木材が多い。それに、一人に一本と言われるほど、相性がある。
「剣と杖は違うだろう?」
セドリックが言う。
ロイは深く頷いた。そして口を開いた。
「だから、それ!魔法使いの杖は相性をみるのに、騎士は剣の相性をみないじゃない?」
それはそうだ。騎士も兵士も、支給された剣を当たり前に使用する。自分用の剣を買い求める冒険者だって、武器屋で購入しているのだ。手に馴染むとか、扱いやすさを気にしたりはするけれど、それが相性かと問われれば違うだろう。
「自分の命を預けてさ、それで誰かを守るんだよ?支給されたのでいいなんておかしくない?」
そう問われて、セドリックはようやく理解した。
「確かに、祖父が剣を大切にしろ。とよく言っていた」
セドリックの言葉を聞いて、ロイがセドリックに飛びついた。
「ねね、おじいちゃんの剣って、家にある?」
下から上目使いに聞かれれば、そんなことに慣れていないセドリックは負けた。そもそも免疫がない。許婚は年上で背も高い。こんな風に迫られたことなんてない。
「…あ、る……」
セドリックがかろうじて答えると、ロイの瞳が輝いた。
「見たい!見せて!見よう!」
ロイはグイグイとセドリックの手を引っ張った。連れて行けと言う意思表示が明確すぎて、逆にセドリックが戸惑うばかりだ。
「いや、しかし、祖父の剣は屋敷の宝物庫に厳重に保管されていて…」
セドリックが言いよどんでいると、ロイが無邪気に言ってきた。
「セドが英雄になりたいって言ったら見せてくれるんじゃない?」
『英雄』と言う甘い響きはセドリックの脳を揺らした。英雄を輩出する公爵家ではあるけれど、代々ではない。だからこそ、英雄のいない世代は世間からの当たりがキツイ。間の悪いことに、セドリックが学園に入学する直前に英雄である祖父が亡くなった。英雄の家系であることで結ばれた許婚は、セドリックが入学した時、とても冷ややかな目線をよこしただけだった。
セドリックに英雄を求めるでなく、その血統だけを求めているのがわかりやすいほどだった。エレントに英雄を産ませたい。そんな相手方の意図が透けて見えていた。
「しかし、今から屋敷に行くには馬車の準備も…」
「大丈夫。セドは転移魔法、自分には使えるんでしょ?」
「ああ」
「じゃあ、さ。俺が魔力供給するから、セドが展開して?」
ロイに言われて、セドリックは思わず頷いた。
ともだちにシェアしよう!