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第12話 ドキドキお宅訪問

 ロイとセドリックが、演習場で二人仲良く訓練と言うじゃれ合いをしているところを見ていた人物がいた。  それはもちろんミシェルではなく、セドリックの許婚であるエレントだ。  食堂にロイが現れた時から、ずっと黙って見ていたのだ。  食堂では、食事中ということもあり、むやみに立ち上がることがはばかられたのだが、耳をすませてよく聞けば、聞き流すことのできない会話になっていた。未だエレントでさえ、セドリックとは手合わせなどしたことがない。それなのに…… 「『英雄』だなんて…」  エレントの手が、自然と握りしめられる。  セドリックの許婚となった時、両親から言われたことは「英雄を産みなさい」だった。英雄の母となることで、歴史に名を刻み、公爵家に恩を売るのだと、そう教えられてきた。政略な事ぐらいわかっていた。年上である自分が歩み寄らなければ、セドリックから来ることなどない事ぐらいわかっていた。  それなのに、英雄を生み出すと言うことが、出産に限らなかっただなんて思わなかった。  もし、もしも、セドリックが英雄と生まれ変わったのならば…… 「私の立場がなくなるではないか」  エレントの拳が演習場の壁を叩いた。  ──────────  セドリックのクビにしがみつく形で、ロイはロイエンタール公爵家にやってきた。  はじめての訪問が夜な上に、許婚のいる公爵子息の首にぶら下がっているなんて、だいぶとんでもないことだ。けれど、ロイにとってはそんなことより、英雄の剣だ! 「うわ!家でかっ」  セドリックの首からおりて、最初の言葉がそれだった。 「とりあえず、中に入ろう」  セドリックは簡単に身なりを整えて、玄関を開けようとした。さすがに夜の訪問だ。静かに開けようと手を伸ばした時、つかもうとした扉が静かに開いた。 「!!」  おもわず伸ばした手を引っ込めると、その先で執事が微笑んでいた。 「おかえりなさいませ、セドリック様」  連絡などしていなかったうえに、いまは夜だ。それに…… 「ウォーエント家のロイ様ですね。ようこそいらっしゃいました」  話してもいないのに、執事はロイのことを把握していた。 「はじめまして」  ロイが頭を下げた。  許婚であるエレントに比べれば、優雅さも何もない。洗練された様子もなく、ぴょこんと揺れる様はどちらかといえば可愛らしい。 「こんなところではなんですから、どうぞなかに」  執事がそういい案内をした。  こんな時間だというのに、客間の暖炉には火が入っていて、部屋が暖められていた。 「すごーい、さすがは公爵家」  ロイは単純に喜んで褒めてくる。 「なにをおっしゃいますか、セドリック様の大切なご友人様ですからね」  執事がそう言ってさがると、すぐにメイドが二人の前にお茶を出してきた。  セドリックは、執事に用件を伝えてなどいなかった。慌てて立ち上がりそうだったけれど、メイドが目配せしてきた。それを察してセドリックは深く座り直す。 「いま、父に話を通してもらっているので、待ってくれ」  セドリックがそう言うので、ロイはお茶を飲むことにした。だいたいそんなもんだとは分かっている。たいていのゲームだと、家宝とかその手のものは見せてもらうだけでなにかしら試練を与えられたりするものだ。たとえば、夜遅くくるなんて非常識だとか言われたり…… (いま夜じゃん)  アポなしの上、夜の訪問なんて、非常識極まりないだろう。  今更ながら、ロイは落ち着かなくなった。格上の公爵家だ。粗相のないように、って言う以前にだいぶ失礼だ。 「待たせてしまったね」  なんと、やってきたのは公爵本人だった。セドリックが「父上」とか言っちゃってるし、執事が後ろに控えてるし、今更ながらロイはドキドキだ。 「案内しよう、ついておいで」  長い廊下を通り、階段を下る。地下室なんて、いかにも感があって密かにロイは興奮した。一応、セドリックの後ろをついていく。本音は手ぐらいつないでほしい。歩く廊下に明かりはついているけれど、雰囲気がありすぎて緊張するのだ。 「この部屋だよ」  重厚な扉が開けられて、手招きされた。ロイはセドリックの背中に隠れるようにして部屋に近付く。 「どうぞこちらに」  執事が扉をおさえて案内してくれた。セドリックに続いてロイも中に入ると、不意に肩をつかまれた。 「きみには礼をしても足りないほどだ」  そう言われて、ロイは驚き顔を上げた。ニンマリと笑う公爵と目が合う。 「期待しているよ。好きなだけ滞在してくれ」  公爵はそう言い残していなくなってしまった。 「セドリック様、こちらが先代様の剣にございます」  執事が示した先には、立派な剣が鞘に納められた状態で飾られていた。見渡せば、この宝物庫には剣がいくつも飾られていた。どれも違うデザインだ。つまり、支給された騎士の剣ではないと言うことだろう。 「これって、オーダーメイド?」  ロイが聞くと、執事は深く頷いた。 「じゃあ、全部そうなの?」 「はい、そのように文献に記されております」  執事はそう言って、一冊の日記のようなものを見せてくれた。 「先代様の日記にございます。こちらのページにその時の様子が書かれております」  執事はそう言って、惜しげも無くロイに先代の日記を見せてきた。英雄の秘密だと言うのに、部外者のロイにこんなに簡単に見せてもいいのだろうか?そんな疑問を抱きながらも、ロイは好奇心の方が勝った。  そこのページを読めば、英雄の剣が何で作られているのかが分かった。ロイは思わずそのページに目を奪われた。使われている素材と作成を依頼した工房が書かれていたのだ。困ったことに、剣の素材はダンジョンで集めたと書かれていた。魔力が通りやすいように、柄の部分に魔石をはめてあると書いてあった。 「魔石?」  英雄の剣に使用される魔石とはどんなものなのかきになって、ロイは勢いよく立ち上がった。 「!!!!!」  予備動作なしで立ち上がったからだろうか?ロイの背中に衝撃がはしった。 「どうした?」  立ち上がった途端に、動きが止まったロイを不審に思ったセドリックが聞いてきた。しかし、ロイは無言で涙目だ。 「…せ、せな、か」  ロイがか細い声で言う。 「背中?」  不審に思いながら、セドリックはロイの背中に手を当てる。  右側がやたらと硬い。 「つ…つった」  ロイの訴える目が痛い。  背中なんかつったことがないセドリックは、対処がわからない。  とりあえず伸ばそうと、ロイの手を掴んで上に引っ張ってみた。まるで囚われたみたいになったロイは、たんなる宙吊りだ。 「痛い痛い、手が痛い」  全く効果がないことに気がついたセドリックは、ロイを下ろした。けれど、触れればロイの背中がまだ硬いことが分かる。 「伸ばしてよう」  セドリックはロイを床に寝かせた。そうしてロイの両足を掴んで上にあげる。 「え?なに?」  両足を揃えて上に挙げられた状態で、ロイはセドリックを見上げる形になった。けれど背中はまだ痛い。 「ゆっくりと、伸ばすからな」  そう言って、セドリックはロイの両足を胸の方へと下ろしてきた。確かに背中は伸びるかもしれないけれど、同時に太腿の裏も伸ばされている気がする。 「ぃ……ぃったあぁ」  ゆっくりと伸ばしながら、セドリックが体重をかけてきた。ストレッチを逆の体勢でしているようなものだ。下にいるロイが苦しいのは変わらない。  つま先が、頭の後ろの床に着きそうなぐらい押しつぶされるようにされて、ロイは息苦しかった。 「く、苦しい……あ、でも、背中」  背中がなんだか楽になってきた気がする。この体勢をもう少し続ければ、背中の痛いのがおさまるのでは?ロイがそう思った時、扉をノックする音がした。 「セドリック様、お夜食にございます」  そう言って扉を開けてメイドが入ってきた。ロイの視界にはワゴンのタイヤが見える。 「ああ、すまない」  ロイを押し潰した体勢のまま、セドリックが返事をした。 「…こ、ここにおいてよろしいでしょうか?」  仕える屋敷の息子と、そのご学友が宝物庫でおかしなことになっている。それを目の当たりにして、悲鳴を上げずに対応出来ているのだから大したものである。  だが、対応の仕方が分からない。  執事に指示された通り、夜食を差し入れた。お茶をいれなくてはならないのだけど、どうにもおぼっちゃまはそんな状態ではないようだ。 「あのっ……失礼を致しました。どっ、どうぞごゆっくり」  メイドは直立不動のような体勢から頭を深々と下げて、扉をきっちりと閉めていなくなった。  何をどうごゆっくりなのだろうか? 「ねぇ、夜食だって」  セドリックの下からロイは言う。少食のロイだけれど、今日は特に大して食べていなかった。それなのに、体を動かしてこんな夜更けまで起きている。  お腹が空いてしまうのも仕方がない。 「治ったのか?」  ロイの両足首を掴んだまま、セドリックは下にいるロイに問いかけた。しっかりと押さえつけているから、ロイとは顔が近い。 「うん、違和感がなくなった」  ロイがそう答えると、ゆっくりとセドリックはロイの足を掴んだままロイから離れた。ロイの両足を床におろし、それからロイに手を差し出した。  ロイはセドリックの手を掴み、ゆっくりと立ち上がる。 「わぉ、サンドイッチ」  少食のロイにはサンドイッチはご馳走だ。一口で主食と副菜がはいってくるのだから、ありがたい。 「お茶いれるよ」  ロイはワゴンに載っていたお茶のポットに、生活魔法でお湯を注いだ。カップに注ぐと、香り高いお茶がとても美味しそうだ。 「ありがとう」  宝物庫だから椅子もテーブルもない。立ったままでお茶を飲み、サンドイッチを口に運ぶ。  こんな、行儀の悪い事をセドリックはしたことがなかった。たぶん、ダンジョンに入ったり、戦場にいけばこんなことは当たり前なのだろう。 「ねぇ、剣に触っても大丈夫かな?」  ロイは気になる剣があって、それを触りたくて仕方がない。 「ああ、触る分には問題ないな」  二人はワゴンの上のものを平らげると、ロイの浄化魔法で手を綺麗にして、英雄の剣を手にした。  柄に付いている魔石を丁寧に触る。その色からおそらくは属性は風だろう。ロイはしっかりと柄を握ってみた。握った手のひらにちょうど魔石が当たる。これはなかなかな出来だ。  ロイはゆっくり鞘を外した。 「これは凄いぞ」  興奮して頰が赤らむ。  刀身に呪文が彫られている。柄にはめ込まれた魔石からのエネルギーがその呪文を介して刀身全体にまとわりつく仕様だ。ロイの指が刀身を撫でる。指先から刀身に魔力が流れていく。 「どうしよう、試したい」  すでに刀身に魔力を乗せてしまったロイが、興奮してセドリックを見つめた。興奮して赤くなった頰、期待に満ち溢れた瞳は潤んでいる。下から見上げるようにおねだりされれば断れない。 「しかしここでは……」  さすがに宝物庫ではできない。かといって、いくら広くても屋敷の庭でやっていいことではない。 「ダンジョン行こう」  ロイの手がセドリックの袖を引く。 「うちの領地にダンジョンあるんだ。距離はあるけど、魔石の力を借りるから大丈夫、ね?」  喉を鳴らしたのち、セドリックは頷いた。

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