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第13話 冒険、冒険ダンジョン
メイドが執事に宝物庫で見たままを報告している頃、公爵は大きな魔力が動いたのを感じた。
予想はしていたけれど、なかなか行動に移すのが早いものだ。期待はしていたものの、それ以上の成果が得られそうだ。
公爵は執事を呼んだ。早めに手を打つ必要がありそうだ。
─────────
セドリックは生まれて初めてダンジョンに降り立った。
転移魔法でこんなに移動したのは初めてだったけど、何事もなく降り立てて安堵した。
緊張した面持ちのセドリックに対して、複数の剣を抱えたロイは、遠足のノリだ。
「奥行こう、奥」
歴代の英雄の剣にはめられていた魔石の魔力をかりて、割と楽にダンジョンにたどり着いたから、ロイは元気だ。宝物庫から拝借してきた剣の一本をセドリックに渡した。
「これは?」
渡された剣を眺めながら、セドリックは聞いた。
「セドは火魔法が得意みたいだったから、火の魔石のついたのを持ってきた」
そう言いながら、ロイは残りの二本を自分の腰に下げた。そうすると、左右のバランスがよく取れた。
補正をかけなくて済むようになって、ロイはピョンピョン跳ねるようにセドリックにまとわりつく。
「最初に俺がやってみせるから、ね?」
ロイはそう言ってセドリックの前を歩き出した。
「ダンジョンなんて危ないだろう?」
はじめてのダンジョンではあるが、騎士科で総代をしているセドリックである。初めてのダンジョンの危うさぐらいは書物で知っていた。実際騎士科の生徒がダンジョンに入るのは、二年からだ。一年の間は模擬訓練、演習場で行われ、途中から魔術学科の生徒と合同になる。
学園での実習前に、個人で勝手にダンジョンに入っていいものか、セドリックは迷っていた。公爵家の子息で、総代も務めるセドリックが完全に個人行動をしているわけで…
「そう?俺領地にあるから、小さい頃は父親と潜ってたよ」
なんて事のないようにロイは言うと、セドリックに進むように促した。領地にダンジョンのある場合、そこの領主は税収が良くなる。ダンジョンに潜る冒険者から税が取れるからだ。当然、ダンジョンに潜りたい冒険者が集まるからギルドも大きくなる。ロイは子爵家の子息でありながら、だいぶ浮世離れした生活を送っていたようだ。
「小さい頃?」
さすがにセドリックは聞き捨てならなくて、聞き返す。学園に入る前で、領地にいた頃ともなれば小さい頃というより、ほとんど子どもだろう。
「うん。ダンジョンでとれる素材って高く売れるし、魔法放っても怒られないし」
ロイがさらっと言ったことにセドリックは驚いた。ロイには実戦経験があるのだ。ダンジョンだから、対魔物ということになるだろ。そうなると、騎士科のほとんどの生徒より、ロイの方が戦い慣れているということだ。
「参ったな、実戦はロイの方がずいぶんと先輩ということか」
そんなことを話しながら通路を歩いていると、前方に部屋が見えた。こんな夜なので、ほかの冒険者には遭遇していない。そもそも、ロイの展開した転移魔法だったので、いきなりダンジョンのなかにいたのだ。通行料を払っていないけれど、それは領主の息子という事で免除なのだろうか?
「俺が試しにやってみせるからさ、入り口で見てて」
ロイはそういうと、片方の剣を抜いて勢いよく中に入った。セドリックは、カウントされないように入り口で立ち止まる。セドリックから見える範囲だけでも、ずいぶんな魔物が見えた。そのことだけでも、この階層が決して浅い階層ではない事がうかがえる。ロイの話しっぷりから推測するに、このダンジョンがウォーエント子爵家の領地にあるものなのだと分かる。
それはつまり、ロイが転移ポイントをマーキングしている階層だという事なのだろう。
「随分と数が多そうだが」
ロイの剣の構え方をみて、セドリックは少々不安になった。そもそも剣の握り方が違うのだ。あんな握り方では当たり負けをしてしまう。それを指摘したいけれど、大声を出せば魔物に気づかれるし、中に入ればセドリックが狙われる。
「セド、ちゃんと見ててよ」
ロイはそう言うと、大きく息を吐き出した。そうして、剣を大きく振りかざす。
セドリックの目にもはっきりと分かるほどに、剣を握るロイの手に魔力がまとわりついている。それは杖を使って魔法を展開する様とは明らかに違っていた。
「いっけぇぇぇぇぇぇ」
ロイが叫びながら剣を振り回す。全く剣術なんて無視した剣さばきだ。
だがしかし、ロイの振り回す剣の刀身から魔力が放たれ、周りに広がるにつれて、それが形を見せた。回りの空気を切り裂くような風の刃が拡散していく。油断していたらしい魔物たちは、ロイが剣から放った風の刃によって切り裂かれていく。
数匹逃げた魔物が、ロイに襲いかかろうと牙をむいたが、ロイは的確に剣から魔法を放ち討伐していった。
「なんだ、これは」
剣から魔法が放たれる威力の凄まじさに、セドリックは呆然と立ち尽くした。これが英雄と言われた自分の先祖たちが使用した剣の力なのだろうか?
実際に目にすると、あまりにも現実味がない。
剣から魔法が放たれるなんて、ありえなさすぎる。
「どう?セドもやってみたくなった?」
ロイが嬉しそうに言ってきた。
学園の演習場で試した時より、はるかに威力が増している。
「これは、いったいどういう事なんだ?」
現実を受け止めきれなくて、セドリックは戸惑った。
「英雄の剣には属性があるんだよ。この剣は風の魔石がはめ込まれてんの。こっちのは水」
そう言って、ロイは剣を指差す。
「セドに渡したのは火のだよ、わかってる?」
セドリックは黙って頷いた。
「セドのおじいちゃんたち英雄は、剣を杖みたいに使って魔力を放ってたわけだよ。誰でもできる事じゃないよ。質のいい魔力と量がないとダメ」
そう言って、ロイはセドリックのお腹を突いた。
「セドはかなりいいと思うよ。だって、美味しそうだ」
ロイは唇を舐めた。
***************
「ミシェル、セドリックはどうしたんだ?」
座学の授業が始まるというのに、総代であるセドリックの姿が見えない。おまけにあのオマケもいない。
「昨日、夕食の後訓練に行ったまま戻っていません」
ミシェルはありのままを話すしかなかった。
ついて行ったわけではないから、本当は二人が何をしていたのかは知らない。ただやたらとロイがなにかをしたがっていたと言うことぐらいしかわからないのだ。
「たしかに、食堂で何か話しをしていたな」
テリーが何やら考え込むような仕草をした。確かに昨夜、ロイを唆すような事を口にした。英雄の称号は世襲制ではない。英雄の家系と言われるロイエンタール家に生まれたとしても、適性と能力がなければ英雄の称号は得られない。
だからこそ、演習においてセドリック側が不利になるような配属にしているのだ。そうすることで、セドリックが何かしら覚醒するのではないか、そんな下心を持っていた。本来の演習の目的から逸脱していることぐらいわかっている。生徒一人一人の能力を確認しなくてはいけないはずなのに、テリーの采配がそれを邪魔している。その事に気づいていても、一介の教師からは何も言われない。
テリーの采配が、あたかもアレックスの采配の様に思わせているからだ。
だがしかし、ロイはそこを指摘してきた。ちゃんと見ているのだと感心しつつも、テリーの思惑を潰されるのは困るのだ。
だからこそ焚き付けてみたのだが、予想以上に上手くいったということなのだろう。
「昨夜、転移魔法が発動していたな。どこへ行ったんだ?」
アレックスがそう口を開いた時、教室にエレントが入ってきた。学年が違うから校章の色が違う。見慣れぬ生徒が入ってきて、注目が集まった。
「私が説明しても?」
言いながらエレントが腰を折った。
その態度が誰に対してなのか分かると、アレックスが許可をした。
「セドリックの許婚か…なんだ?」
「はい、私の許婚であるセドリックと、ウォーエント家のロイは、昨夜ロイエンタール公爵家へと転移致しました。なんでも英雄の技について考えがあるとか……」
エレントは多少言葉を濁した。
その場には居合わせたが、立ち会っていたわけではない。魔力を使って二人の会話を傍聴しただけだ。
「英雄の技だと?」
アレックスが聞き返した。いつの時代でも、英雄は象徴として欲されるものだ。例外なくアレックスも片腕として欲していた。ただ、英雄がいつの時代にも、必ず存在しない事ぐらい知っている。それ故に欲してしまうのだ。
「見たのか?」
テリーが問うた。
「はい。小さいものでしたがセドリックの剣から火の玉が」
エレントはそう答えた。嘘は言っていない。もう一つの真実を言わないだけだ。
「なるほど、それでは当面不在になりそうだな」
アレックスがそう答えると、エレントは頭を下げた。
「それでは、私も授業がありますので」
エレントがいなくなった後、アレックスとテリーが顔を見合わせた。これは何かが起こる。そんな予感しかなかった。
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