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第16話 それっておいしい?

ロンがおひらきになって、お詫びがしたいと言うジョセフィーヌは、自分の馬車にアリアナを乗せた。ダリアに譲るつもりなんて毛頭ないし、セラフィムに負けるわけにはいかなかった。  アリアナにとって、ウォーエント家にとって、大切な一粒種であるロイの(ある意味)初めてを、自分の息子が奪ったというのはなかなか衝撃的だった。けれど、ダンジョンを有する貴族との繋がりは重要だ。ダンジョンが発生するだけの魔力を土地が持っていると言う事なのだから。つまり、その土地で生まれ育った者は、上質の魔力を保持している。 「うちの息子が、あなたの大切なご子息を傷つけてしまったらしいのよ…」  ジョセフィーヌが目を伏せてそう言うと、アリアナは一瞬口角が上がりそうに成るのを堪えて、驚いたと言うように目を見開いてみせた。 「でも、騎士科のふざけた伝統にさらされなくてよかったわ」  アリアナがそう言うと、ジョセフィーヌはホッとしたような顔をした。  ****************  ロイと触れ合う箇所から、魔力が流れている事ぐらいは分かっている。  学園に入る前、家庭教師から教わっていた。肌を触れ合わせる面積が大きい程魔力の流れが良くなる。素肌よりは粘膜、緊急時は体液を取り込む方が効率がいいことも。  自分の肩を掴むロイの手が小刻みに震えている。おそらく魔力切れギリギリなのだろう。 「はぁ、危なかったぁ」  人の舌に勝手に吸い付いて、こちらは少し痛い思いをしたと言うのに、ロイの口から出てきた言葉にセドリックは困ってしまう。何が危なかったのか、説明してくれれば納得はできるけれど、このままだとロイの口からは何も聞けなさそうだ。 「ずっと飲まず食わずだったもんな、さすがにしんどい」  ロイが言っていることは間違いないのだけれど、飲まず食わずだったのはセドリックも一緒だ。 「これ、まだ食べられるかな?」  そう言って、ロイが空間収納から何かを取り出してきた。 「あ、念の為結界張ろう」  ロイがずいぶんと大雑把に結界を張った。頭上2mほどに、この崖の底に、蓋をする感じの作りだ。言いたくはないが、雑にも程がある。 「ロイ?」  真面目なセドリックには、この結界の張り方が無駄に感じて仕方がない。魔力切れを、起こしていたのではないのだろうか?それなのに、こんなに大きな範囲に結界を張るなんて、魔力の、無駄遣いでは無いだろうか? 「ん?ほら、魔石を、まだ拾ってないじゃん」  要するに、盗難防止の結界らしい。おそらく、最奥にもなるかもしれない崖の底ではあるが、他の冒険者が来ないとも限らない。魔物を倒したのはセドリックかもしれないが、回収していない魔石は、取られたらそれまでだ。 「これ、腐ってない!」  ロイは取り出した食べ物を確認して驚いていた。一体いつ頃空間収納に放り込んだのかは知らないけれど、空間収納は、それが売りのようなものだ。魔法の使い手のくせにそんなことに驚いているロイが、おかしくて仕方がない。 「空間収納は、時が止まるのが魅力だろう。何を今更」  そう言って、セドリックはロイの出した食べ物を見た。肉の焼いたものが固めのパンに挟まれていた。  若干肉が生焼けな気がする。 「ロイ、その肉生なんじゃあ……」  セドリックは、一応確認してみることにした。たぶん、それを食べさせられるのは自分だ。さすがに生肉を食べる習慣はない。 「やっぱりそう思う?」  そう言って、ロイが肉をつまんだので、セドリックはすかさず生活魔法で肉を焼いた。が、パンに挟むにはずいぶんと分厚い気がしなくもない。 「噛みきれるのか?」  パンを受け取りながら聞いてみた。挟まれた肉の厚さはどう見てもステーキの厚さだ。普段ならナイフで切り分けて食べる厚みだ。 「んー、解体したのがちょっと雑だったかな?でも、いつもこんなもんだよ?」  そう言いつつ、ロイはもう1つ同じものを取り出してきたのだが、今度のは肉がやや焦げていた。 「まぁ、不味くはない」  ロイは大きな口を開けて肉ごとパンをかじった。飲み物だといって出してきたのはお茶のセットで、ロイは器用にお茶をいれてくれた。  ロイがそのまま食べているのだから、セドリックが食べないわけにはいかない。セドリックは思い切ってかじりついた。こんな行儀の悪い食べ方をしたのは初めてだ。 「うん、悪くないな」  ほとんど肉の味しかしない。塩も胡椒もふっていないそのままの肉は、なかなか野性的な味わいだった。 「あー、食べたァ」  ロイは全て平らげてお腹をさすっていた。全くもってマナーがなっていない。けれどここはダンジョンで、テーブルや椅子などないのだ。美味しく食べられればそれで間違いない。 「たいしたものだな。しかし、学園とは随分と違うんだな」  学園ではものすごく少食なロイを思い出し、セドリックは首をひねった。 「ん?だって、たいして魔力を使っていないのに、お腹なんかすくわけが無い」  どうやらロイの規準は魔力の消費のようで、体を動かした程度では、お腹が空くことはないようだ。 「ご馳走様。それじゃあ魔石を集めるとしよう」  肉は柔らかかったが、普段食べ慣れない固いパンに手こずったセドリックは、ロイより食べるのに時間がかかってしまった。けれど、おそらくロイが調理したと思われるほとんど味付けのない肉には、固いパンがあうだろう。 「じゃあ、鉱石取ってくるね」  立ち上がったセドリックに、ロイがそう声をかけて、崖の中央で光を放つ辺りにゆっくりと浮上していく。いつの間にかに手にはピッケルを持っていた。  ロイは慣れた手つきで鉱石を採ると、セドリックの所に戻ってきた。セドリックは空間収納を使えないため、一箇所に魔石を集めていた。 「随分沢山だね」  集められた魔石を見て、ロイはご機嫌だ。 「同じ魔物の魔石なのに、なぜ色が違うんだ?」  上の方で倒した魔物からは、小さいけれど同じ色の魔石しか出なかった。けれど、いま集めた魔石は、色も大きさもバラバラだ。同じ魔物ならば、大きさが多少違っても、色は同じになるのではないだろうか? 「ああ、あいつらは同じような姿をしているけれど、属性が違うんだよ」  ロイがサラリと言ったけれど、属性が違うというのはかなり、問題があったのではないだろうか? 「俺は火の魔法しか放っていなかった。この青い魔石は?」 「ああ、水属性だね。でも、所詮は蟲だから、おっきな火で燃やしちゃえば関係なかったね」  ロイが笑いながら言うので、セドリックはそれ以上追求するのをやめた。ロイの大雑把なやり方は、ダンジョンならではのやり方なのだろう。地形を活かして戦うのは、戦略の基本だ。崖の底がすり鉢状になっていたから、セドリックの放った火の魔法が逃げ場を失いぶつかり合って火力を増した。その結果上限の無い炎は属性を無視して魔物を焼き尽くしたのだろう。 「戦場では使いたくない戦法だな」  魔物という異形の姿をしていたからこそ、なんの躊躇いもなくやったけれど、同じ姿をした人相手にコレをやれる自信はない。 「……そうだね」  ロイは魔石と、鉱石を確認しながら空間収納に納めた。とてもじゃないけど、普通なら運べない程の量だ。空間収納の魔法を使えない冒険者は、その能力の付いたカバンを買っていると聞いている。 「俺もその魔法が使えたらなぁ」  セドリックが呟くと、ロイが笑った。 「魔力はいいもの持ってんだから、訓練すればいいのに」 「確かにそうだな」  セドリックは、剣の修行ばかりで、魔術については殆ど手付かずだった。英雄の家系に生まれながら、英雄がどんなものなのか調べもしなかったのだから仕方がない。英雄である祖父が生きていたので、後で聞けばいいと思っていたのだ。その結果、セドリックは英雄について何も知らないこととなった。 「知りたいことは後回しにしちゃダメだよ」  確かに、そういうロイは興味があることになんでも飛びつく。ロイのその行動力のお陰で、セドリックは英雄に近づくことが出来た。  荷物が片付いたとき、ロイが困ったような顔をしてセドリックを見つめた。 「?どうした」  荷物が多すぎて、魔力が足りなくなったとでも言うのだろうか?食事もとったし、適度に休憩もしたので、ある程度魔力は回復されたと思うのだけれど? 「セド、どうしよう……お腹がムズムズする」  言われてセドリックがロイの示す辺りに視線をやると、それは確かにムズムズするだろうと納得出来た。だが、そこはお腹とは言わない。  セドリックはそんなロイを見て、ほんの少し口の端が上がるのだった。

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