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第19話 こちらも初めまして
セドリックが身構える前に、ロイが魔法を展開したから、気づいたときにはロイの言うところの『俺ンチ』に到着していた。
ただ問題は、ロイが到着ポイントに設定していた場所が、セドリックの思っていたところとだいぶ違ったという事だろう。
「ただいま」
「おかえり」
セドリックが相手を認識する前に、声がきた。
「英雄の家系、ロイエンタール公爵家のセドリックだね。我がダンジョンでいいものは手に入ったかい?」
言われて驚いたが、大人たちは自分が思うよりも情報の入手が早いようだ。
セドリックはロイが抱きついたままだけれども、声のする方に体を向けた。初めて向き合うのだが、想像していたのとはだいぶ違っていた。
ロイの父親ウォーエント子爵だ。
まさしく中肉中背で、これといって特徴のない見た目だった。ロイと似ているのは髪の色ぐらいだ。ロイのほとんどは母親からのものなのだと分かった。
「はじめまして子爵。その、この度は無断でダンジョンに入ってしまって申し訳ございません」
深々と頭を下げつつも、本来謝るべきはそこじゃない事ぐらい分かっている。ダンジョンの通行料なんて、微々たるものだ。
「いや、そんなことはどうでもいいさ。……それより、ロイ」
ウォーエント子爵は息子であるロイと向き合った。それより。何を話すつもりなのだろうか?
「うん、セドの英雄の剣を作りたい」
ロイはダンジョンから取ってきた、魔石と鉱石を机の上に取り出した。こうして陽の光の中で見ると、魔石の輝きが大変素晴らしい事がわかる。
「なるほど、なかなかよい素材が揃ったな」
子爵はそう言いながら、片目にレンズを付けて魔石を鑑定する。
「ふむ、工房はどこを使うつもりだ?」
「セドのおじいちゃんの日記に、隣のガロ工房って書いてあった」
ロイが即答をすると、子爵は深く頷いた。腕のいい職人がいる工房ぐらい把握しているのだろう。そうして、胸ポケットから手帳を取り出した。なにかを確認して壁に付いている小さな扉を開けた。
「この辺りの魔石を買い取ろう。風と水の魔石はこれから需要が上がるからな。セドリック君の剣には相性が悪いだろう?」
そう言って、子爵が軽く笑ってみせた。セドリックには、その笑顔が恐ろしく感じると言うものだ。見たこともないはずなのに、子爵はセドリックの魔力系統が分かっているのだ。
「買取?」
ロイが不思議そうに聞いていた。
「ロイ、素材だけ集めてどうするつもりだったんだ?工房には作業代を払うものだ」
子爵に言われて、セドリックもそのことを失念していたことに思いあたった。普段、王都で買い物をする時は執事が付いていたし、必要なものはいつだって用意されていた。
「すみません。失念していました」
セドリックは慌てて子爵に頭を下げた。セドリックの剣を作るのだ。素材を一緒に集めてもらったとしても、作成費を支払うのはセドリックのロイエンタール家だろう。後で家の者に払いに行かせるではダメだったのだろうか?
「ああ、説明をしていなかったんだね。ガロ工房は隣、つまり隣国になるんだよ」
それを聞いてセドリックは目を見開いた。祖父の日記を読んだけれど、そんなことはどこにも書いてはいなかった。たしかに、工房の場所を確認しなかったのはセドリックの落ち度だろう。隣国の工房ともなれば、支払いは後でなんてできるはずもない。
「王都にある工房では無理なのですか?」
セドリックは念のため聞いてみた。なぜ祖父もわざわざ隣国の工房を使ったのか。英雄は国の宝だ。その者が扱う剣を作成するのは名誉のはずだ。
「王都には冒険者はいないだろう?」
子爵が口を開いた。
「そうですね。でも兵士や騎士はいますよ?」
「そうだな。だが、彼らは支給された剣しか扱わないだろう?」
ロイと似たようなことを子爵も言う。つまりはそういうことなのだ。
「冒険者も最初は安い剣しか手にできない。けれど彼らは生活がかかっているからな。より強くなるために、より良い武器を求める。だから、ダンジョンの近くには街ができ、そこに腕のいい職人のいる工房ができるんだ」
「つまり?」
「ここは国境に近い。冒険者にとっては国なんて関係ないんだ。隣国にもダンジョンのある街がある。それに、国境の森には魔物が住む。仕事のある街を拠点にするものだ」
「つまり、この辺りで一番の職人がいるのがガロ工房ということなのですね」
「そうだ。君の祖父である先代もそこを選んだ。英雄の剣を作った職人はまだ現役だよ」
「ありがとうございます」
セドリックは深々と頭を下げた。
「君はどれほどの時間をダンジョンで過ごしたのか分かっているのかい?」
「え?」
セドリックがやや間抜けな声を出すと、子爵は喉の奥で笑った。
「やはりな…五日ほど経っているんだよ?その間どうせまともに食事なんてしていなかったのだろう?ガロ工房に行く前に、ちゃんとした食事を摂るといい。空腹ではまともに交渉なんて出来やしない」
そう言われて、セドリックは改めて窓の外を見た。あれだけダンジョンで過ごしたのに、たしかに太陽が高い。時間が経ち過ぎて、太陽が何回も登っていたと言うことだった。それなのに、たいして腹も減らず疲れもせず過ごしていた。
「ロイのやつに上手いこと騙されていたようだね」
子爵は人の悪い笑い方をして、それからメイドを呼んで二人を食堂に案内させた。
食堂にはすでに食事が用意されていた。三人分の食事は昼食と言うにはなかなかの量だった。騎士科に所属するセドリックからすれば、育ち盛りでもあるから食べ切れそうな量だったが、普段少食すぎるロイは食べられるのだろうか?
「お腹すいてたんだぁ」
ロイはマナーもなにもなく、皿にのせられた料理を口に運んでいく。どうやら本当に、魔力を使わないとお腹が空かないらしい。
子爵も見た目に似合わず、なかなかの量を食べていた。そして、食後のお茶を飲んでいる時、ロイが口を開いた。
「ガロ工房のある街に、人気のお菓子屋さんがあるんだよ。お土産に買ってこようね、セド」
「あ、ああ」
相変わらず遠足気分で話すロイは無邪気だ。しかし、セドリックはどうにも子爵の視線が気になって仕方がない。
「ガロ工房に依頼に行くことは、私から公爵家に連絡をしておこう」
「お手数をおかけします」
セドリックはもう一度子爵に頭を下げた。学年で総代を務めていようとも、所詮は子どもなのだ。子爵は魔石の練り込まれた特別な封筒を執事に用意させていた。なかなか高価な品だが、一瞬で相手に届くため、地方では需要の高い品だ。特に、転移魔法が使えない冒険者や、兵士が特別な品として懐に忍ばせておくものだ。
出発のしたくとは言っても、素材はロイの空間収納に入っているし、支払いの金貨もロイの空間収納だ。ロイが飛びやすいように窓から庭に出た。セドリックがそれに続こうとした時、子爵がセドリックの肩を掴んで耳元で囁いた。
「なぜ私の息子から君の魔力の匂いがするのだろうね?」
だが、セドリックは子爵の顔が見れない。後ろめたい気持ちがなければ、子爵の顔を見てきちんと説明ができるはずだ。けれど、セドリックは首を動かすことさえできない。
「心配しなくていい、私は私の息子の気持ちを尊重する主義だ」
そう言って、肩を軽く叩かれれば、セドリックは子爵の顔も見ずにそのまま真っ直ぐにロイの元に進んだ。
「じゃあ、行こう?」
ロイが手を差し出してきたので、セドリックはその手をとった。目的地が分からないから、セドリックはロイについて行くだけだ。
「すまないな、頼む」
ロイはいつも通りにセドリックの背中に手を回す。そうして、見送る子爵に軽く手を振り転移魔法を発動させた。
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