20 / 50

第20話 初めてのおつかい

 背中に感じる視線を振り切るような思いをしながら、ロイの転移魔法に身を任せた。  実は、セドリックは国境なんて超えたことなんてなかった。王都に生まれ育ち、バカンスの季節に別荘のある避暑地に行くぐらいの、典型的なおぼっちゃまなのだ。  英雄の家系とは言えど、そんなのが隣国で通用するとは思ってなどいない。近年では戦争よりスタンピードなどの魔物討伐での英雄ではあるが、ひと昔前なら、他国では目の敵にされてもおかしくない家系なのだ。それを教え込まれてきたからこそ、セドリックは隣街なんて気軽にロイに連れてこられたけれど、内心はビクついていた。 「身分証は?」  街に入る際、当たり前のように門番に聞かれ、ロイはポケットからカードを取り出した。空間収納に入れておいたものを、さらりとポケットから取り出したように見せたのだ。手慣れているとしか言いようがない。  セドリックは、制服の内ポケットからカードを出した。 「確認しました。どうぞお通り下さい」  門を抜けると、なかなかの通りの風景が広がっていた。  ダンジョンがあると言う事は、こんなにも街の発展に作用すると言う事らしい。国境の街と聞いていたのに、規模が大きくセドリックはとても驚いた。 「セド、どうしたの?」  惚けていたら、ロイが顔を覗き込んできた。セドリックは完全にお上りさんだった。街といえば王都しかしらなかったのだから。しかも、着ているのは学園の制服だ。右も左も分からない子どもだと言って歩いているようなものだけれど、ロイは全く気になどしていないようだった。 「いや、その……意外と街の規模が大きいなと、思って」 「そう?ダンジョンがある街はたいていこんなもんだよ」  ロイはそう言ってセドリックの手を引いた。 「ガロ工房に行こうよ」  ロイは道案内よろしくセドリックをグイグイ引っ張って行く。大通りはそれなりに人出があって、人混みを歩き慣れていないセドリックは、手を引かれながらなんとかロイのあとをついて行った。 「ここだよ」  ロイがグイグイ進んで、何回か角を曲がったとき、ガロ工房の看板が見えた。大きな火を扱うからか、ガロ工房は川沿いにあった。ロイがガロ工房に入ろうとした時、その前に大きな人影が立ちふさがった。  セドリックは慌ててロイの肩を掴んだ。間一髪でぶつかりはしなかったけれど、どう見てもわざとだ。 「………」  ロイは何も言わず、目の前に立ちふさがる相手を見た。セドリックよりもさらに大きく、体格もいい。いかにも冒険者といった出で立ちで、セドリックは呆気に取られた。王都ではお目にかかれないタイプだ。 「ここは子どもの遊び場じゃねえぜ」  ロイに一瞥をくれながらお約束のようなセリフを口にする。セドリックはそれがおかしかった。人を見た目で判断してはいけない。それの典型のようなのがロイなのだ。 「知ってるよ。だからさ、おじさん邪魔だよ」  ロイは男の脇をすり抜けるでなく、指先一つで男を弾き飛ばした。 「冒険者なら、相対した相手の技量ぐらい見抜けよ」  後ろから見ているだけのセドリックは、ロイがどんな顔をしているか見えないが、声の感じからして、ダンジョンで暴れていた時の顔を思い浮かべた。あの顔はなかなかだった。 「入ろう、セド」  振り返り、セドリックに手を差し出した時の顔は、いつもの見慣れた顔だった。 「ああ」  セドリックは素直にロイの手を取ると、一緒にガロ工房に入った。そうして振り返ると、遮音と認識阻害を織り交ぜた結界を展開させた。 「おいおい、随分と物騒な客が来たもんだな」  カウンターには、一癖も二癖もありそうなこの店の主人が座っていた。 「そんなことないでしょ?」  ロイはお菓子でも買いに来たような気安さを見せて、カウンターの席に着く。そして、腰の剣を置いた。 「これ、ここで作った剣だよね?」  ロイが置いた剣を、店の主人はじっくりと眺めた。そして、鞘から剣を抜くと、その刀身を確認する。  剣に掘られた文字を指先で撫でるように確認すると、その刀身を、鞘に戻した。 「なかなか、使いこなしてくれてるみたいだな」  ニヤリと笑うその顔は、随分と人が良さそうだ。だが、何かしらの含みが感じられる。セドリックはロイの後ろに立って店の主人と対峙した。 「なるほど、『英雄』の剣が欲しいって?」  セドリックの顔を見て理解したのか、店の主人はロイの後ろに視線を固定した。 「祖父が英雄だった。その剣がそこにあるものだ。だが、俺は俺の剣が欲しい」  セドリックは自分の腰に提げた剣に一瞬視線を動かした。この剣も何代か前の英雄の物である。が、魔力の質が違うのか、完全に使いこなせていない感がある。 「なるほどねぇ」  そう言いながら、店の主人はセドリックのことを上から下までじっくりと眺めた。そしてロイを見て考え込む。 「ウォーエント家の坊ちゃんが連れてきた英雄か。で、どれくらいあんだ?」  店の主人がカウンターに肘を着いてロイに近付いた。そんな不躾な態度なんて、セドリックの中では有り得なかった。まして、ロイの顔に店の主人の顔が近すぎる。 「結構あるよ」  ロイは空間収納から魔石を取り出し、カウンターに並べた。ダンジョンで集めた中でも、とびきり大きく色艶のいいものだ。 「ほう、そっちの英雄はこの手の魔力がいいってか」  並べられた魔石を手に取り、店の主人はじっくりと眺めた。魔石の中の魔力を確認しているらしい。 「で、使いこなせんのかい?」  セドリックを値踏みするように聞いてきた。ロイのことはウォーエント家の坊ちゃんと呼ぶほどに見知っているのだろう。英雄の家系と知っても、セドリックの実力を知ったわけではない。セドリックだって、先代の剣を使いこなせていたのかまでは分からないのだ。 「セドはいい腕してるよ」  ロイがニヤリと笑った。ダンジョンの中で見たような、肝の座った男の笑い方だ。 「コレ、全部セドが獲ったんだから」  そう言って、ロイは沢山の魔石をカウンターに並べた。どれもこれも大きくて艶があり、上ものだと一目でわかる。本来なら、こんな店先で出していいようなものではないが、セドリックの展開した結界があるから大丈夫だろう。 「…こりゃ、凄えな」  店の主人は並べられた魔石を見て、思わず唾を飲み込んだ。制服を着ているようなおぼっちゃまが、こんなことできるだなんて、考えてもみなかった。英雄とは、こんなにも恐ろしい。 「この鉱石で刀身を作って」  続けてロイは鉱石の塊を出した。ダンジョンの深いところでしか取れないと言う鉱石だ。たしかに、先程見せられた英雄の剣にも使われている。 「色々かかるぜ」  店の主人がそう口を開くと、ロイがすかさず金貨の入った袋をカウンターに出した。 「ウォーエント家が出し惜しみはしねえってか」  店の主人はニヤリと笑うと、手をセドリックに向けて差し出してきた。  なんのことかと、セドリックが驚いているうちに、店の主人がセドリックの手を握った。 「俺はガロ。この工房の主人だ。英雄、あんたにピッタリの剣を作らせてもらうぜ」 「あ、ああ…よろしく頼む」  手を握られてセドリックは驚いたが、両手でしっかりとセドリックの利き手を包むようにしてきたので、すぐに理解できた。サイズを計られているのだ。 「ちょいと時間はもらうがな」  ガロは軽く片目を瞑った。 「俺のはこの辺のでよろしく」  ロイが三個ほどの魔石を寄せた。 「坊ちゃんもかよ。使いこなせんのか?」  3個も魔石が組み込まれた剣なんて、どう考えても制御が難しいだろう。同一ではないから、魔剣にはならないだろうけれど。 「大丈夫、二本操れたから」  ロイが腰の剣を軽く叩いた。 「出来上がったら連絡して」  そう言ってロイは例の封筒を渡した。 「了解で」  ガロはその封筒をすぐに棚にしまった。そして、素材を足元の箱にしまい込む。その箱から魔力を感じた。魔法の品であることは間違いないだろう。 「帰ろう、セド」  ロイがそう言ってセドリックの手を引くので、セドリックは去り際にガロにむかって一度頭を下げた。ガロは口の端をあげて親指を立ててくれた。  店を出ると、何故だか人だかりができていて、セドリックは一瞬店に入る時のならず者が仲間を連れてきたのかと思ったら、どうやら違う。 「ウォーエント家のロイ様、本日は武器の買い付けで?」  この街のギルドマスターが、挨拶に来ただけだった。どうやら最初に出会ったならず者は、この街に来たばかりの冒険者で、すぐに冒険者ギルドに連絡が入って処罰されたと言う。 「製作を依頼に来た」  セドリックが間に入って答えると、ギルドマスターは軽く片眉を上げた。 「これは…英雄の家系、ロイエンタール家のセドリック様ですね?……そうですか、剣をお作りになられますか。完成しましたら、ぜひお披露目を」  街に出入りする者を把握しているらしいところは、さすがと言うべきなのだろう。だがしかし、セドリックがロイと手を繋いだままなのを見て、薄く笑ったのが目に入った。一瞬、気恥ずかしさがあったが、すぐに強く握りなおした。  そして、ロイにひかれるまま歩くと、街外れのひらけた場所で前方に大きく古びた建物が見えた。 「あれ、なんだか知ってる?」  ロイが指さした。  セドリックは少し顔を上げてそこをみた。  古びた建物は随分と大きく、そこそこ朽ちている部分も見えた。砦と、巨大な壁……の成れの果て。落ちてきた日の光が、陰影を強くつけてきて、建物から感じる気配が物憂げだ。 「あれね、ダンジョンなんだ」  そう言ってロイは笑った。 「ダンジョン…」  影がさすあたりには、影よりも濃いなにかが蠢きだしていた。それの正体など、聞く必要もない。知識として知っていることだ。 「あの砦と、うちの領地にある砦が対になってんの」  森の向こうにそびえ立つ古びた砦が、見えないはずなのに見えた気がした。 「剣ができたら行こう」  セドリックは頷いた。

ともだちにシェアしよう!