25 / 50

第25話 おうちに帰ろう

 転移魔法で王都に戻る。その際、セドリックの帰還の為の転移軸がロイエンタール公爵家になっているため、ちょうどいいからと完成した英雄の剣を見せることにした。  出迎えの執事は満面の笑みでもって、セドリックとロイを客間へと案内する。セドリックは客間に入る前に、もう一度浄化魔法をかけ直した。ウォーエント子爵家の食堂で、思わず手だけを丁寧に拭いて、食事をしてしまうという失態をおかしたからだ。  もちろん、普通のことなのだが、浄化魔法を覚えた身としては、清潔にするということが、貴族の矜恃として重要な気がしてならないのだ。  だから、汗くさくないかとか、ホコリっぽくないかとか、そんなことを気にしてしまい、浄化魔法をかけるのだ。香水でも持っていれば使うかもしれないが、それはまた、騎士として違う気もする。  自分の実家なのに、何だか変に緊張の面持ちで、セドリックは案内された客間に一歩踏み入れた。 「お帰り、セドリック」  満面の笑みで、父親であるロイエンタール公爵が出迎えてくれた。しかも、立っている。  恐縮しつつ、セドリックは久しぶりに父親のそばにいった。いつからこんなに近づくことをやめていたのか忘れたけれど、向かい合った父親と自分の大きさがそんなに変わらないことに軽く驚いた。 「剣が出来ました」  セドリックはそう言って、腰から剣を外して父親に見せた。父親は剣を受け取ると、柄にはめ込まれた魔石の輝きに目を細めた。公爵であるから、魔力の質は良いものを持っている。けれど、この魔石の配列は、体内の魔力が一気にたかめられ、持っていかれるのがハッキリと分かった。  英雄の剣とは、使用者をかなり選ぶものだと理解出来た。だから、英雄の家系に生まれてもそう簡単に英雄は生まれてこないと言うわけだ。剣と使用者の相性がものを言うのなら、素材だけ集めても無駄になることだろう。  セドリックは、とても良い友人に拾われたのだと公爵は思った。だからこそ、ウォーエント子爵家のロイには、感謝してもしきれない。妻が何かを画策しているようだけれど、今更だろう。それに、許嫁のことも考え直さなくてはいけなくなった。  ただ、今このタイミングで許嫁のことを聞くのは野暮だろう。そのくらいのことは公爵にだってわかっている。 「素晴らしい剣だ」  剣をセドリックに返しながら、公爵は息子の後ろに隠れるように立っている少年に、目線を移した。  誰よりも丁寧に出迎えなくてはいけなかった大切な客人であったのに、年甲斐もなく自分の好奇心を優先させてしまった。 「ウォーエント子爵家のロイくんだね。この度は本当にありがとう。なんと礼をすればいいのか分からない」  そう言って、公爵がロイに親愛の態度を示そうと歩み寄った途端、息子であるセドリックが、公爵を手にした英雄の剣で押しのけた。  公爵が驚いている隙に、セドリックはそのまま公爵をソファーに座らせてしまった。 「報告に来ただけですから、お構いなく。父上から渡された金貨は、きちんと支払いにあてました。これから、ウォーエント子爵家の領地にある砦のダンジョンに向かいます。支度を整えたいので、支度金の準備を直ぐに頂きたいのですが」  セドリックは、父親である公爵が、口を挟む暇などないほどの勢いで言葉を発した。父や母が何かを企んでいるぐらいは察しているが、今はそんなことを聞きたくはない。まして、ロイの耳に入れたくなどないのだ。 「分かった…ここに」  公爵は、返事をしながら手を叩いた。すると、すぐに執事が入ってきて、布袋の載った盆を恭しく差し出した。 「これで用立てなさい。くれぐれもウォーエント子爵にご迷惑をかけるんじゃないぞ」 「分かっています」  セドリックは盆の上から布袋を受け取ると、空間収納にしまった。そうして、振り返ってロイに声をかけようとしたら、既にロイは母親に捕まっていた。  母親は、ロイに焼き菓子の入った包みを握らせていた。王都で人気の菓子屋のロゴが目に付く。甘い匂いが袋から漏れてくるあたり、今朝一番に届けさせたのだろう。その辺の手配はさすがは公爵夫人といったところだ。  ロイが満面の笑みを浮かべているのをみて、セドリックは安心した。やはり、ロイは甘いものが好きらしい。子爵家で出されたサンドイッチの半分がフルーツサンドだったので、セドリックはだいぶ驚いたのだから。 「ロイ、学園に戻って手続きをしないと」 「テオがしてくれるって言ってたよ」  そう言うロイは、貰ったばかりの袋から、菓子をひとつ取り出して既に食べていた。ロイの口の周りについた菓子の粉がそれをものがたっている。 「テオ……テオドールか」  セドリックは一瞬その名前が誰なのか思い出せなかったが、ロイ越しにみた母親が物凄い顔をしたのですぐに思い出せた。そして、やはり、母親の思惑も理解した。 「だが、俺も騎士科の総代ではあるので、やはり、手続きはあるんだ」  セドリックはそう言いながら、そっとロイの手を取った。母親は、ロイに見えないように意味ありげな微笑みをセドリックに向けてきた。  セドリックはその微笑みを見て、急に許嫁の顔を思い出した。今朝見たあの顔は、なんと表現すればいいのだろうか?セドリックが口を開こうとした時、母親の手にした扇が、セドリックの口を軽く叩いた。 「役立たずは切り捨てます。公爵家として成すべきことを成すだけですよ」  その満足そうな顔を見て、セドリックは息を飲んだ。そうして無言のまま転移魔法を展開した。  セドリックとロイが学園に戻った頃、既に午後の授業は終わりに差し掛かっていたから、セドリックはそのまま教員室へと向かった。もちろん、ロイも連れていく。今までの無断外出について、今更だけど届出をしなくてはならないからだ。 「これに書いて」  教員室に入った途端、無表情の事務員がセドリックに用紙を渡してきた。もちろん二枚。 「ロイ、俺と同じように書いてくれ」  セドリックは渡された用紙に必要なことを記入して、ロイにみせた。ロイは見せられた用紙の通りに記入していく。 「ちっ、違うって、ロイ!」  最後の最後で、ロイは重大なミスをおかしてくれた。 「なんで?同じに書いたよ?」  何を間違えたのか分からないロイは、不思議そうな顔をセドリックに向けてきた。 「ここは名前の欄だろう?」  セドリックが指さす箇所を、ロイはじっくりと見つめた。そうして、ようやくそこの欄を確認した。 「あ、ホントだァ」  そう言って、魔力で名前を消すと、改めて自分の名前を記入した。 「これでいーい?」 「うん、あっている」  セドリックは、ロイの記入した用紙と合わせて提出しようと、事務員の元に進んだ。そうして、明日からの予定について確認しようとした時、事務員の後ろに普段は見かけない人影を見た。 「えっ?」 「久しぶりだね、セドリック。息災ですごしているようで良かったよ」 「ご、無沙汰しております」  セドリックが頭を下げると、宰相は軽く微笑んだ。 「君が英雄となって嬉しいよ。近年スタンピードが発生しそうな兆候が増えてきているからね」 「心得ております」  まだ学園に所属してはいるけれど、セドリックが正式に英雄の肩書きを拝すれば、そんなことは関係なくなる。王の名のもとに指示が下されれば、セドリックはその地に赴かなくてはならない。 「明日からもよろしく頼むよ」  そう言い残し、宰相はセドリックに背を向けて、そのまま姿を消した。 「ねぇ、今のテオのお父さんだよね?」  ロイが突然口を開いたから、セドリックは驚いてロイを見た。 「知っているのか?」  学園に入るまで、領地で暮らしていたというロイが、政治の中枢にいるような宰相の顔を知っているとは思わなかった。 「領地にいた時、月に一回は遊びに来てたよ」  ロイの言う遊びというのが、どんなものなのか気になるところだが、宰相はウォーエント子爵とかなり親密なのだろう。王都に暮らす貴族だって、月に一回と定期的に会うことなんてしない。政治的な絡みなのか、その辺の事情が気にはなる。 「お父上の友人か何かなのか?」  こんな事、聞きたくはないが、思わず口から出てしまった。 「ん?税収の確認かなぁ、うちダンジョンあるからね」  ダンジョン絡みでの金の流れの確認らしい。隣国からも冒険者がやってくるため、人と金の流れの把握が重要な様だ。ついでにダンジョンの確認をしていくから、ロイにとっては遊びと捉えてしまっていたらしい。 「うちの領地はダンジョンがないから、とくに面白みもないな」  魔力や魔石を使って作物を育てるから、どんな天候になっても収穫に変動はない。スタンピードレベルの魔物の襲撃でもなければ、平和なものだ。 「遺跡があるんでしょ?」 「随分前に発掘がされて、いまでは単なる観光地だ」  セドリックはそう答えて話を終わらせた。事務員に確認をしたら、やはりテオドールが手続きをした後だった。 「明日の朝、朝食を食べてから出発になりそうだな」  セドリックはロイにそう話しながら、教員室を出た。廊下を数歩進んだ先に、見知った人影があった。ゆっくりと近づいてきて、セドリックの正面に立つ。 「英雄の剣ができたそうですね、おめでとうございます」 「ありがとう」  相手の真意がわからないまま、セドリックは返事をした。 「もし、良ければ、私にも英雄の剣を見せてくれませんか?」  そう、頼まれれば否とはいえない。  大切な許嫁の頼みなのだから。

ともだちにシェアしよう!