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第28話 ようやく出発?
ロイが集合場所の玄関ホールに着いた時には、もう全員が揃っていた。もちろん、第一王子の婚約者であるマイセルも侍従を連れてロイを待っていた。
「ロイ、いくらお前の実家とはいえ、王子たちを待たせるな」
一応、ロイの世話係を自負しているので、セドリックが注意をした。
「だって、トイレに行ってたんだもん」
「っ…と、とい…」
ロイの言い訳を聞いて、マイセルが笑いを堪えていた。それを侍従がたしなめるが、よほどおかしかったのか、侍従の肩を叩いている。
「笑い上戸なの?」
ロイとしては、いつもの通りに行動をしただけなので、なにが面白いのかわからない。
「そんなにハッキリと言うやつを初めて見た」
「じゃあ何?お花摘みとか言うの?」
ロイは前世でよく耳にしたワードを言ってみた。確かお嬢様とかが使うイメージだ。
「それはパーティーなんかでご令嬢がつかう言葉だね」
マイセルはそう言うと、さりげなくロイの手を取りその甲に唇を落とした。
「え?え?え?なに?」
突然の行動にロイが驚いていると、マイセルは嬉しそうに笑った。
「え?違うの?てっきりこういう風に扱うものかと思っていたよ」
レイヴァーンの婚約者だと聞いていたから、攻略対象者だと知っても関係ないと思っていた。第一みんな見てるし、何よりレイヴァーンが隣にいるではないか。せめてするならアーシアだろう。
「俺、男、だけど」
小さいから女の子に間違われたのだろうかと思って、言ってみた。騎士科の制服は男女共にズボンを履いているから。
「うん、知ってる。ウォーエント子爵の息子でしょ?」
知っているなら今すぐ手を離せ、と言う気持ちでロイが睨みつけたら、なぜかマイセルが微笑んだ。
「そんなに情熱的な瞳を向けられると困るね」
今度はそんなことを言って、ロイの頰に唇を寄せてきた。
「っい」
ロイが驚いて首をすくめるけれど、マイセルは未だにロイの手を握っていて離さない。そのせいで、ロイは全く逃げられなかった。
「マイセル、私の前でそれはないだろう」
ようやくレイヴァーンが止めに入ったけれど、その顔は怒ってなどいなかった。むしろ笑っているのだ。
「どうして?この子とっても美味しそうだよ?きっと美味しいよ?ねぇ」
なにが美味しいのか、わかりたくないから、ロイは慌てて手を振りほどき、セドリックの背中に隠れた。
「そこまでにしておいてください。そろそろ出発いたしましょう」
テオドールがそう言うと、マイセルはクスクスと笑いながらレイヴァーンの背中へとまわる。
なんとなく全員がまとまった感じで立つと、執事が小さく咳払いをした。
「それでは、砦の入り口までご案内いたします」
それを合図に足元の床に転移魔法の魔法陣が広がった。光に包まれて、目を開けると、目の前には鬱屈とした砦がそびえ立っていた。
「こちらが正面入り口にございます。正確には子爵領側の、と言うことになりますが」
言われて、なんとなくあちらに目をやれば、素材の違う石造りの砦が見えた。
「間にある湿地帯は、雨季になると底なし沼になります。今の時期でも魔物は寄り付きませんが、夜になるとアンデッドが出現しますのでご注意を」
アンデッドが出現しますので、とは言われても、見上げる砦の見張り台には、すでにアンデッドが立っていて、こちらを見ていた。
「随分だな」
腰に下げる剣が、騎士科のそれではないテリーが、珍しく口を開いた。
「テリーの剣、学園のと違うんだね」
違いに気がついたロイが聞いてきた。
「これは俺の愛用の剣だ」
そんなものがあっただなんて、初めて聞いたロイは驚いた。ゲームで詳細を知っていたアーシアは、思わず口角が上がってしまう口元を手で押えた。
「えぇ、愛用の剣とかすごいっ」
本気で思っているらしいロイは、テリーの剣をじっくりと眺めた。テリーの剣の柄には、特に魔石などははめ込まれてはいない。
「何を言っている。お前やセドリックの剣に比べればこんなものはただの剣だ」
テリーは体の向きを変えて、ロイの視界から剣を隠そうとした。けれど、ロイは柄に刻まれた模様が気になる。
「え、待って、待って」
体の向きを変えたテリーの、左の腰に回り込もうとするロイは、屈んだ姿勢で小走りだ。
「何を待つんだ」
テリーは片手でロイの頭を押さえようとしたけれど、ロイの頭の位置が思ったより低くて、ロイはテリーの手をすり抜けた。そうしてテリーの、腰を鷲掴みするような体勢を取って剣の柄を見る。
「おいっ」
ベルトの上からとはいえ、ロイはしっかりとテリーの腰を掴んでいた。さすがに、セドリックもそんな状態のロイの襟首を掴むわけにはいかない。
「これ、身体強化の呪文?それと…加護?」
剣の柄に触らないように、ロイはしっかりとテリーのベルトを掴んでいた。そして、顔だけを近づけてじっくりと柄に施された模様を読み解く。
「何の話だ?」
ロイの独り言に近いつぶやきがきこえて、セドリックは思わず興味を持った。呪文が刻まれているのは自分の剣も同じだからだ。
思わずセドリックも屈んで、テリーの剣の柄をみた。確かに、加護の模様が施されていた。戦の女神の加護は、冒険者の間でも人気がある。武器にこの加護が施されているだけで、値段が上がると聞いている。
「セドリック、お前まで…」
腰に視線を集中されて、さすがにテリーは我慢ならなくなった。男二人に熱い視線を注がれても、何も楽しいことなどない。
「あ、ああ、すまない。俺の剣の刀身に刻まれているのに似ていたから」
セドリックはそう言って、自分の剣をテリーに見せた。柄に近い位置に、テリーの剣の柄に施されたのと近い文字が彫られていた。
「これは、隣国の文字だな」
微妙につづりが違うことに気がついて、テリーがサラッと答えを口にした。
「隣国の?」
うっかりしていたが、ガロ工房はこの領地の隣町ではあるけれど、隣の国でもあった。剣を作成した職人のガロは、隣国の人間であるから、使う文字が違うのだ。
「……ああ、そうか」
今更気がついて、セドリックは恥ずかしくなった。ロイが転移魔法で連れていってくれたから、国が違うとか、そう言った細々したことを失念していた。支払いは金貨ではあった。模様は国ごとに違うけれど、価値が同じだから、気にしてもいなかった。
「セドリック、そんなところまでロイと同じにならなくていいのですよ」
テオドールに言われて、さらに恥ずかしさが増す。
「ねぇ、いつまでこんなところに突っ立ってるわけ?さっさと中に入りましょうよ。上からの視線にいい加減やんなってるんどけど」
待たされ続けるのに飽きてしまったアーシアが、苦情を申し立ててくれたおかげで、ようやく何をしに来たのか、思い出したらしい。
「あ、す、すまない」
セドリックが慌ててロイとともにテリーから離れると、今まで黙って待ち続けていた執事が、ゆっくりと扉を開けた。
「ご覚悟はよろしいですね?この扉からは出ることはできません。ダンジョン脱出の際はお忘れなく転移魔法をご使用ください」
砦のダンジョンの扉は、普段は強固な鍵がかけられている。今、その鍵はウォーエント子爵家の執事が解錠して持っている。物理的だけでなく、魔力的なものでも鍵をかける仕組みのようだ。
「マイセル様、くれぐれもご無理をなさらないよう」
マイセルの侍従がそう言って、ローブを羽織らせていた。魔力を使って織り込まれた布を使用しているらしく、光の結界の効果があるようだ。
「分かっている。ちゃんと目的を果たすよ」
マイセルはこのダンジョンに何かしらの目的があるらしい。
「大丈夫、私もいるから」
レイヴァーンがそう言うと、侍従は安心したように頭を下げて下がった。
「皆様が入りましたら、鍵をかけさせていただきます。許可無きものが侵入するといけませんので」
そんなことを言われれば、嫌でも足が中へと進む。そうして、全員が建物の中に入ると、執事が深々と頭を下げ、ゆっくりと扉が閉められた。
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