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第27話 改めておさらいをしましょう

 昨日、あんな騒ぎがあったせいで、夕食をまともに食べられなかったロイは、普段よりたくさんの朝食をお盆に載せていた。  そんなロイをきちんと座らせて、ミシェルは慌てて食べないように見守っていた。ロイは食べ終わると、すぐに部屋に戻って、支度をして、待ち合わせの場所に向かった。  なんてことは無い、待ち合わせの場所は学園の門で、騎士科からも魔術学科からも距離がほぼ同じだからだ。  ロイが着くと、既にアーシアはいたし、セドリックの隣にはエレントがいた。エレントは見送りに来ただけだと言って、授業に遅れるからと挨拶をして去っていった。 「外出の申請をしていないからな」  テオドールがそう言うと、アーシアが口を開いた。 「申し訳ないけれど、砦のダンジョンに挑めるほどの魔力を持ってないのよね」  ハッキリと言われて、セドリックは苦笑いをした。エレントの魔力の質はいいものだけど、圧倒的に量が足りない。まぁ、ここに揃ったメンバーと比較して、のことだけれども 「まずは、ウォーエント子爵にお会いしてご挨拶をしなくてはならないな」  テオドールがそう言うと、アレックスが頷いた。さすがに王子であっても、いや、王子であるからこそ、家臣の領地に赴くのだから、挨拶は欠かせない。 「わかった。じゃあ、みんな揃ってる?」  ロイがそう言うと、足元に魔法陣が広がった。 「ロイ、これは?」  転移魔法の魔法陣を初めて見たセドリックが尋ねた。 「うん、人数多いからね」  これだけの人数を、正しく実家の屋敷へ飛ばすとなると、なかなかの魔力を消費する。さらに、仲良く手を繋いでとかするのもめんどくさい。  ロイは珍しく杖を取り出して、魔法陣に魔力を注いだ。 「ロイ、よろしく頼みますよ」  テオドールがそう言うと、ロイは満面の笑みで答えた。  ウォーエント子爵家の玄関ホールに正しく着地をしたけれど、まさかいきなり内部に案内されるとは思っていなかった面々は、だいぶ驚いた。 「ようこそお越しくださいました」  全員が着地した場所を認識したとたん、ウォーエント子爵家の執事が挨拶をしてきた。 「突然の訪問を受け入れていただきありがとうございます。ブロッサム公爵家が嫡男テオドールと申します。ウォーエント子爵が領地にある砦のダンジョンに入る許可を頂きにまいりました」  宰相の息子であるテオドールが代表で挨拶をすると、執事は心得たとばかりに客間へと案内をしてくれた。  案内をされながら、セドリックはこの間の部屋と違う事に気がついた。けれど、人数が多いからなのだと思い黙ってついて行った。 「どうぞ」  執事が扉を開け、客間に通されると、先頭にいたテオドールが無言で一歩下がりアレックスに先を譲った。けれど、そうされたアレックスは立ちどまる。 「どういうことだ?」  案内された客間には、先客がいて、ソファーに座りお茶を飲んでいた。 「待っていたよ、アレックス」  そう言ったレイヴァーンの隣には、婚約者であるマイセルが座っていた。 「マイセル様もご一緒でしたか」  テオドールは別段驚きもせずに二人の側に立った。 「座ったらどうだい?」  レイヴァーンはまるで自分の家のように振る舞うから、アレックスは納得がいかない。そもそも、アレックスは、このことを聞いてなどいない。すました顔でレイヴァーンの側に立つテオドールを睨みつけた。  アレックスがセドリックの英雄の技を見ようと、今日こちらに来ることを、レイヴァーンに教えたのは当然テオドールだ。口止めをしていなかったのだから、テオドールが今日のことを話すのは当たり前のことなのだ。だからアレックスが怒るということは間違いだ。  しかし、婚約者である隣国の王子まで来ているのには驚いた。アレックスは連れてきてなどいないというのに。  けれど、そんなことで喧嘩をしている場合ではないから、アレックスはレイヴァーンの向かいに座った。婚約者ではないけれど、一応レディーファーストでアーシアを座らせた。メインではないソファーにロイが座り、セドリックを隣に呼んだ。  テリーとテオドールは、座らずに立ったままだ。それぞれの仕える王子の傍らに立っているのが対照的で、ロイは不思議そうに眺めていた。  出されたお茶を飲み、お菓子をつまんでいると、ようやく子爵がやってきた。しかも、夫人も同行だ。 「よく来てくださったわね、ロイのお友だち」  ウォーエント子爵夫人であるアリアナが、両手を広げて感慨の意を示し、無難なところでアーシアがそれに応えた。さすがに王子たちが答えるのは体裁が宜しくないし、かと言って、他の三人が応じるのも関係性がおかしくなりそうだった。 「砦のダンジョンへの許可だったね」  子爵はそう言うと、小さな魔石のついたペンダントを見せてきた。 「これが許可証なんだ。一回だけ命の危機に晒された時に、転移魔法が発動して外に脱出出来る」  子爵がそう説明をすると、数人のメイドがお盆を持ってやってきた。お盆の上には子爵が説明したペンダントが載せられている。 「つまり、一度発動させてしまったら、許可は終わりということですね?」  ペンダントを受け取って、テオドールが確認をする。 「そう、だから発動する前に自力で脱出してくれればいいよ」  子爵にそう言われて、全員が顔を見合せた。転移魔法を覚えていないと砦のダンジョンには挑めない。と言われていたのは、つまりこういうことらしい。 「ダンジョンとは言っても、入る度に造りが変わっている訳では無い。ただ、扉が開かなくなったりするだけだ。それに、なぜだか隣国の砦と繋がっているんだ。必ず入ってきた扉から外に出られる保証はない」  ざっくりとした説明だったけれど、全員が理解出来た。つまり、入る時はトビラから入り、出る時は転移魔法を使わないと出られない。 「それから、一つだけ注意して欲しいことごある」  子爵がとても真面目な顔をして言ってきた。 「魔法が発動しない部屋が稀にある。その部屋ではペンダントも発動しないから注意してくれよ」  子爵がそう言うと、次にメイドたちが各自が休憩するための部屋を案内してくれた。脱出しての帰還ポイントに、この部屋を設定して構わないと言われたので、各自そのようにした。アーシアだけが女の子なので、通された寝室が別棟になった。  これはゲームの設定と同じだったので、アーシアは特に驚きもしなかった。  ロイはここが実家だから、自分の部屋がある。そんなわけで、のんびりと客間で残ったお菓子を食べていると、アーシアが転移魔法で現れた。 「うわっ、な、なに?」  行儀悪く椅子ではなく床に座っていたロイは、驚いてアーシアを見上げた。 「何?じゃないわよ。あんた分かってるの?新しい攻略対象者よ。隣国の王子マイセル様」 「へ?」  レイヴァーンの婚約者であるから、当然魔術学科に転校してくる設定だ。つまりはアーシアの攻略対象者ではないのだろうか? 「アーシアの方の人じゃないの?」  自分には関係ないと思っているロイは、適当に返事をした。 「バカね、出現の時期が早いのよ。本来なら二年生になってから転校してくるのよ。それなのに、もう現れた。しかも、転校していないのに、ここにやってきたのよ」  アーシアはなんだか興奮している。けれど、ロイは意味がわからないから、小首を傾げるだけだ。 「隠しルートが開いてると思う。王子が、3人揃ってあんたの実家にやってきた。つまり三人の王子の好感度が爆上がりするってこと」 「なんで?マイセル王子は初対面だよ」 「忘れたの?ダンジョンを一緒に攻略すると好感度が跳ね上がるじゃない」 「………そうだね」  大切なことを思い出して、思わずロイの口からお菓子がこぼれた。 「英雄の剣の完成が早まったから、イベントが前倒しになって乱立してるのよ。あんたの食堂での断罪イベントも進行がおかしかったもの」 「え?あれイベントだったの?」  ロイは自分側のゲームをプレイしていないから、イベントも何もさっぱり分かっていなかった。 「そうよ。あんたを断罪するところからの救済イベント。スチル絵もあったのに、ゲームのイベントと流れが違ってたわ」  おかげでスチル絵がみられなかったから、アーシアはご不満だ。 「ゲームと流れが違うとなんかまずいの?」  自分が悪役令息とわかっているから、ロイは内心ビクビクしているのだ。悪役令息として断罪されたらどうなるのか?よく目にしたラノベの断罪イベントは、極寒の地に幽閉とか、奴隷として売られるとか、最悪は斬首刑もあったと記憶している。とにかくそんなのは嫌だから、ロイとしては断罪されないように努力をしているのだ。 「あんたが悪役令息として成立してくれないと、そもそもの設定崩壊じゃないのよっ」  アーシアはそう言ってロイの鼻をつまんだ。地味に痛い。 「どーすりゃ、いいんだよ」  鼻をつままれたから、ロイは目尻に涙を浮かべた。 「それ!そのうるうるお目目で可愛く振舞って攻略しちゃいなさいよ。言ったでしょ?NTR、ね・と・ら・れ」 「なんだよ、それ」  そもそも、ロイからすればNTRそのものが、なんなのか理解がしづらい。 「なに、カマトトぶってんのよ。寝とるのよ。寝るの、攻略対象者と」 「はぁ?」  聖女の設定のはずなのに、アーシアは随分とあけすけだ。聞いてしまったロイの方が恥ずかしくなる。 「なによ、あんなにセドリックと二人っきりで過ごしたのに、何もしてないの?」  アーシアが意味深に聞いてきた。何も?何もとは、ナニをさすのだろうか? 「え?何もって……」  思わずモゴモゴしてしまうと、すぐにアーシアが口を開いた。 「騎士科のお約束ぐらいしたんでしょ?どうだった?セドリックは優しくしてくれた?」  アーシアがニヤニヤしながら聞いてくるので、ロイはますます口ごもる。 「お互いの手を使ったの?それとも口?もっと大胆に素股とか?」  アーシアの目が生き生きとしているのは多分気のせいじゃない。ロイはその時のことを思い出して恥ずかしくなった。今更だけど、そう言われるとそうなのだ。 「な、なに言ってんだ、よ」 「やぁだ、赤くなっちゃって!魔力の讓渡で皮膚や粘膜の接触ぐらいするんだから、当然摂取もしたんでしょ?」  アーシアが目線を逸らしてくれない。ここで逸らしたら負けだ。けれど、なんであんなことをしたのか考えても答えが出てこない。それが強制力だと言われれば、納得してしまうだろう。というより、強制力のせいにしたいところだ。 「いーのよ、隠さなくても。だって、私はゲームをプレイしてるんだもの、ちゃんと知ってるわよ。だから安心して」  全く安心なんて出来ない。 「大丈夫よ、なんたって、これからダンジョンに行くんだもの。みんなとの好感度が爆上がりするわよ。嬉しみね」  そう言い残して、アーシアは転移魔法でさっさといなくなってしまった。ロイはしばらく考え込んだけれど、ゆっくりと立ち上がった。 「とりあえず、トイレに行こ」  小さい頃からの習慣である。

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