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第30話 これもイベント?
ロイとテオドールがテラスに生えていたツタをあらかた取り終えると、けっこうな時間が経っていた。
マイセルは、ツタを空間収納にしまい込んでいく。足元には、ツタから落とした葉が数枚落ちていた。
「これの倍以上は必要なんだけどな」
マイセルがそう言うと、ロイは辺りをキョロキョロと見渡したが、目につく範囲にツタのようなものは見えなかった。
「教会の裏にありましたよ」
ここぞとばかりにアーシアは口を開いた。
何しろゲームでプレイ済みだ。場所はしっかりと覚えている。上手いことここにいる彼らを誘導すればいいのだ。
「教会の裏?」
テオドールが怪訝そうな顔をした。教会は確かに見えるけれど、今見えているのは正面だ。
「ここにはいる時、教会の屋根が見えていたでしょ?明るいからよく見えたわ、今正面の屋根に見えないってことは、裏に生えてるってことじゃないかしら?」
アーシアは何食わぬ顔で説明をした。内心は、そんな突っ込みをしてくるテオドールにドキドキしていた。確かに、ゲームの時もテオドールは冷静だったし、聖女であるアーシアに対して、何かにつけてイチャモンをつけてきていた。
ゲームの時と違って、実際に聞いてみると、冷ややかな目線との同時攻撃は結構メンタルを攻撃してくる。
「確か教会はセーフティーゾーンだったな。そろそろ食事の時間だし、移動しよう」
レイヴァーンがそう言ったので、誰も反対意見など口にせず教会へと移動を始めた。テリーとテオドールが先頭を歩き、一番後ろはセドリックだ。
教会の扉は鍵がかかっていなかったので、テリーが簡単に開けた。用心のためテオドールが杖を構えていたが、本当にセーフティーゾーンらしく、ステンドグラス越しに柔らかな光が降り注いでいた。
「神に感謝致します」
アーシアが聖女らしく祈りを捧げると、教会を包み込む空気が一段と良くなった気がした。室内の明るさも増したようで、ステンドグラスの絵柄がよく分かるようになった。
「神話を描いているようですね」
テオドールがゆっくりと首を動かして、ステンドグラスを眺めていく。神と精霊が描かれているようだ。
「神話なの?」
ステンドグラスをじっくりと眺めたことなどないらしいロイは、テオドールの言葉を繰り返した。
「そうですね。神が精霊に役割を与えている様子を描いているようです」
テオドールは話しながらステンドグラスを指さした。長衣を着た人物の前に、色のない小さな生き物が立っている。長衣を着た人の掌に赤や黄色の玉が載っている。
「へー、神話かァ」
「ロイ、まさか神話を知らない?」
「え?学校で習ったっけ?」
まさか、前世の記憶を取り戻した時に、なんか色々忘れた。とか、そんな言い訳は間違っても口にはできない。
「入学前に教会で習うことです。生活魔法しか使えない平民の子どもでも知っていることですよ」
テオドールにキツい口調で言われたけれど、本気で記憶にないレベルだ。
「ま、まぁ、覚えてなくても魔法は使えるし」
ロイが誤魔化すようにそう言うと、テオドールの手が伸びてきて、ロイの頬をつねった。
「どの口がそんなことを言うんでしょうかね?仮にも領主の息子の発言ではありませんよ」
「いいぃぃ、だぁ」
最後に一捻りダメ押しのようにされたものだから、ロイの目尻に涙が浮かんだ。
「まったく」
テオドールは呆れた顔をするけれど、ロイは頬を手で擦りながらセドリックの元にかけよった。
「知らないとダメなの?」
「そう言う問題ではなく、知っているのが当たり前のことだ。いまから覚え直してくれ」
セドリックは深いため息をつくしかなかった。
礼拝堂の右側に生活スペースがあったようで、アーシアが浄化魔法を施して、テリーが持たされた食事をテーブルに載せていた。自分には手伝えることがなにもなさそうなので、セドリックはロイの手を引いてそちらに向かった。
「椅子の数は足りるみたい」
随分と大きなテーブルを、取り囲むように椅子が並べられていた。余った椅子を隅にどかして、各自適当に座ってみた。鍋ごと渡されたスープは、空間収納で運んだだけあって、できたての味と温度を保っていた。
「温かいものを取るだけで、随分と落ち着くものだな」
アレックスはそう言いながら、窓の外を眺めた。教会の裏には、なぜか墓地があるのだ。短期間しか人が住んでいなかったはずなのに、なぜか無数にある。
「わざわざ墓地まで作ったのですか?」
食べ終わったテオドールが、立ち上がって窓の外を見た。
「そうだよ。アンデッドを呼ぶためのお墓かな」
ロイはなんともないような口ぶりで、説明をする。
「名前は入ってないよ。『名もなき者よ』って刻まれてたかな?」
以前墓標を読んだらしく、ロイは思い出しながら答えた。
つまり、そういった墓を建てることにより、眠りにつくアンデッドもいるらしい。あとは、よくある名前が刻まれているそうだ。
「窓のここに見える物は、蔓ですかね?」
テオドールは、少し上を見上げて指をさす。窓の上のあたりに、細い何かが揺れていた。
「蔓草だね。教会に生えているなんて、魔力が強そうだ」
嬉しそうに窓辺に駆け寄ってきたマイセルが、口にした。
しかし、教会の屋根から垂れ下がっているとなると、なかなか取るのが難しそうだ。
「もう少し休んだら、裏に回って取ることにしましょう」
テオドールはそう言って、綺麗になったテーブルにお茶の支度を始めた。レイヴァーンはそれを待っていたようだ。
お茶に興味のないロイは、礼拝堂の反対側の部屋に移動した。そちらの部屋には、本棚や机が置かれているのだ。テオドールに言われた、神話の話の本を探してみた。子ども向けの絵本が置かれているはずだ。
ロイが本棚を調べていると、後ろから手が伸びてきて、本棚から一冊抜き取られた。
驚いてロイが振り返ると、目の前に顔があった。
「ひゃっ」
驚いて後ろに下がろうと思ったけれど、本棚があって半歩分しか下がれなかった。
「探しているのはこれだろう?」
神話の絵本を片手にたっていたのは、アレックスだった。
ロイが、タイトルを一つづつ確認しながら探していたのに対して、アレックスは絵本の背表紙を覚えていたため、すぐに見つけられたのだ。
「ありがとう」
そう言って、ロイが手を伸ばすと、なぜかアレックスがその手を掴んだ。
「礼を言うのは私の方だ」
そう言って、ロイの手を愛おしそうに自らの頰へとすり寄せた。
「へ?なに?」
身に覚えがない上に、アレックスの行動が理解できないロイは、気づかれないように目だけでアレックスの背後を確認した。もしこれが何かしらのイベントなら、アーシアが見物に来ているはずだ。けれど、アレックスの背後に人影は見えず、入り口付近に人の気配もない。
「手伝いをしたのはマイセルの…」
ロイがそこまで口にした時、ハッキリと分かる状態でアレックスが唇を塞いできた。
「私のことをあんな風に認めてくれたのは、お前が初めてだ」
そう言って、またロイの唇を塞ぐ。そうやって、ロイから反論の機会を奪うのだ。
一回目より、二回目の方が深くなり、ロイはたまらず飲み込んだ。
ロイの喉が動いたことを、確認してから、アレックスは唇を離した。
「どうかな?私の魔力の味は」
アレックスが、ロイの目を覗き込むように聞いてきた。思わず唇を舐めてしまったロイは、その味を確認してしまい、もう一度喉を鳴らした。
「魔力の補給をした方がいいだろう?」
今度は絵本を持った手を、ロイの腰に回し込んで、体を密着させる。触れる面積が大きければ、より一層相手の魔力を感じるものだ。
「ん…おいし…ぃ」
もっとも上質な魔力を初めて口にして、いらないなんて言えるはずがなかった。ご馳走を与えられて、ロイは遠慮なく、貪欲に貪った。
その光景を、アーシアは確かに見てはいなかったけれど、王子の背後に誰もいないわけではない。しれっとした顔で、テオドールが見ていた。特に何をするわけでもなく、ただ見ている。
「…お戯れ、か?」
テオドールの背後から、その光景を見てしまったセドリックが、思わず声を漏らした。
アレックスの魔力が美味しくてたまらないロイは、爪先立ちしてまでアレックスの首に手を回しているのだ。
「お戯れかどうかは、私たちが決めることではありませんね」
テオドールはそう言って、セドリックの前にたった。
「………」
「あなたも魔力を供給したいでしょう?私でどうですか?」
テオドールにそう言われて、セドリックの頰が赤くなった。
「いやですね、肌が触れ合うだけでも供給できるでしょう?」
そう言って、テオドールはセドリックの両手をしっかりと握った。
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