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第31話 大きな籠は誰のカゴ?

 教会の裏に回るのに、扉はあったけれど、何故だか開かなかった。仕方がないので、一度表に回り、墓地へと向かう。  教会の裏手にある墓地は、腰ほどの柵に囲われていた。そこがまた少し空気感が変わるようで、アーシアが眉根を寄せながら足元を明るくしていく。まだ夕方ではないはずなのに、墓地の空は灰色がかっていた。 「昼過ぎなのに、ここだけ暗いわね」  アーシアが、そう言って頭上にも燈を灯そうと杖を上に向けた時、何かが弾けた音がした。 「きゃぁっ」  静電気が起きたような衝撃を受けて、アーシアはその場に膝をついた。手にしていた杖が、地面に落ちている。 「上になにか居ますね」  気配を感じたらしいテオドールが、アーシアの頭上に光の結界を張った。 「セド、あそこ見える?」  ロイが指さすさきに、どう見てもアンデッドでは無いものが飛んでいた。 「なぜこんなところに番人が?」  コウモリの羽根を背中に付けた奇妙な生き物が、こちらを見ていた。 「ちょっと待って、蔓草を燃やさないでくれ」  早速番人に英雄の剣で攻撃しようと、剣を構えたセドリックに、マイセルが止めに入った。  確かに、番人がいる場所の下には蔓草が生えている。避けられてしまうと、おそらく足元の蔓草を破損するだろう。 「移動させればいいんでしょ」  アーシアが叫びながら杖を拾い、墓場に浄化魔法を施していく。そんなアーシアに気がついた番人が、飛び立った。  アーシアは、教会の建物から離れるように墓場を走った。ゲームでもしたことだ。けれど、実際に走るとなると大違いだ。まだ若い体だし、平民の出身だから、運動不足とかそんなことは無い。けれど、やっぱり、土の上はなんとも走りにくい。湿地帯が近いせいで、土の湿り気が凄いのだ。 「アーシアっ」  セドリックが叫んで、アーシア目掛けて光魔法を放った。走るアーシアの体が光に包まれる。英雄の剣から放たれたから、魔石の力も合わさって、魔力が倍増していた。 「○ガ○ラッシュ!」  ロイがそう叫んで剣を振り回すと、青白い雷に似たものが、螺旋状に飛んで番人を捉えた。  青白い雷に打たれた番人は、そのまま地面に落ちてきた。立ち上がる寸前、既に目の前まで走ってきていたセドリックが、英雄の剣で仕留めた。  セドリックの英雄の剣が、番人に突き刺さり、魔石が強い光を放った。その光が強くなるのに合わせて、番人の姿が消し炭のように消えていった。 「無事か?アーシア」  セドリックの放った光魔法に包まれているアーシアに、セドリックはゆっくりと近づいた。アーシアは、瞬きを繰り返してセドリックを見つめている。 「あ、あの…ありがとう」  しおらしく礼を述べて、アーシアは頭を下げた。ゲームで見たから知ってはいたけれど、こんなにも強力な魔法だとは思わなかったのだ。おまけに、追いかけてくる番人は、本気で恐ろしい顔をしていた。違う意味でR18指定だろう。 「無茶をするもんじゃない。君は女の子なんだから」  セドリックがそう言って、アーシアの頭を軽く撫でた。素手でなく、グローブを付けた手だから、少し痛いのだけれど、それがまたいいのだ。 「セぇド、俺も褒めてよ」  後ろからロイがセドリックに抱きついてきた。 「褒められてんじゃないわよ」  アーシアがぶっきらぼうに言って、ロイを覗き込んだ。セドリックの背中にしがみつくロイは、よく見たらほとんどぶら下がっているような状態だった。 「ちょっと、これじゃ重たいじゃない」  アーシアは、ロイをセドリックから引き離した。  そうして、きちんと立たせると、セドリックがロイを見た。 「ロイの攻撃も凄かった」  そう言ったセドリックを、ロイは期待して見つめている。 「………凄かった」  セドリックは仕方なくといった体で、ロイの頭を撫でた。こちらを見られているのが分かるだけに、何となく気まずいのだ。もちろん、アレックスは教会でのロイとのことを、セドリックまでが、見ていたとは知らない。常に護衛がついているから、誰かに見られていることぐらいは、承知の上なのだろう。  アレックスが近づいてきて、ロイを後ろから抱きしめた。 「怪我はない?」  身長差があるから、アレックスの頭がロイの頭より上にあり、抱き込むようにして顔を近づけていた。アレックスの唇がロイのこめかみの辺りに触れているように見える。 「別にないけど?」  ロイは、小首を傾げながら視線をアレックスに向けた。顔と顔の距離が近いのに、全く気にする様子はない。それが、気になってセドリックは動けないでいた。 「顔色が良くないですよ?まさか、魔力切れですか?」  そんなセドリックにテオドールが声をかけてきた。一応、怪我の確認ではあるらしく、じっくりとセドリックを眺めてくる。 「目立って外傷はなさそうですが、大丈夫ですか?」  テオドールはそう言って、セドリックの肩を掴んだ。掴んでくる手のひらから、ゆっくりとテオドールの魔力が流れてくるのを感じて、セドリックは慌ててテオドールの手を払った。 「大丈夫だ」  そう言って、セドリックはテオドールを振り払うと、教会の方へ歩いていった。 「私のことも心配してくれないかしら?」  取り残されたテオドールに、アーシアが飛びついた。もちろん、聖女としてはテオドールの腕にしがみついただけなのだが、テオドールはあっさりとアーシアを振り払う。 「あなたを心配する必要などないでしょう?」  テオドールはそう言って、アーシアを見た。そんなことをされたアーシアではあるけれど、別段気にした様子もなく、テオドールを見つめ返した。 「セドリックをいじめすぎじゃないかしら?」 「そう見えますか?」 「あなたって、愛情表現が歪んでいると思うのよ」  アーシアがそう言って笑うと、テオドールは軽く眉根を寄せた。 「そう見えますか?」 「あら、違うの?」  アーシアはそう言ってから、そっと後を見た。 「私は楽しみが増えたけど」  そうして、口元を手で押えて笑ってみせる。 「あなた、聖女でしたよね?」 「そうよ?ご入用かしら?」  アーシアが応えると、テオドールは黙って先に行ってしまった。  教会の屋根はだいぶ高いので、テオドールがまた風魔法を使って登っていく。アーシアは下に落ちてくるツタを、風魔法で受け止める役だ。  地面に落下させると、ツタが傷つくし、受けとめ損ねて王子たちが怪我をするのは良くない。前回と同じように、マイセルはツタから葉を落として収納していく。  アーシアとテオドールが浄化魔法を施しはしたけれど、念の為にセドリックは周囲を見ていることにした。アレックスはまだロイを後ろから抱きしめたままだ。おそらく、ああやって触れ合いながら、ロイに魔力を渡しているのだろう。  英雄の剣を振るったセドリックは、ロイに魔力を渡すことは出来ない。テオドールに指摘されるほどの魔力切れでは無いけれど、誰かに渡せるほどの余力があるわけではなかった。 「あともう少し欲しいところだな」  集めたツタの量を確認しながら、マイセルが言った。 「随分と大きな籠を編むんですね」  分かっていながら、アーシアはそんなことを口にする。もちろん、そんな大きな籠が必要になるわけだから、そうなることになるイベントが発生するわけだ。  早くイベントを発生させたいから、アーシアは考える素振りをする。もちろん、どこに生えているか知っているからこそだ。 「ロイ、ツタが生えていそうな場所を知らない?」  アレックスを背中に貼り付けたままのロイは、少し考えるような顔をした。前世の記憶のあるロイのイメージだと、ツタはよく電柱に絡まっている。それはつまり、手入れがされていないという事だ。 「向こうに馬小屋があった気がする。土がむき出しだから生えてないかな?」  実際に行ったことは無いから、そこのところはよく分からない。上から見たら、小屋が見えて、それが、馬小屋だったと説明されただけだ。 「行ってみましょう」  何も知らないロイが、キチンと正解を言ってくれたので、アーシアは喜んだ。何せ、アーシアが口を開くとテオドールが嫌味を言ってくるのだ。ロイが言うぶんには、テオドールも何も言わない。そう言う仕様なのか、単にロイが領主の息子だからなのかは、アーシアには分からなかった。 「すまないね」  ゆっくりと後を歩くセドリックの手を、マイセルが握ってきた。触れ合う手のひらから、マイセルの魔力が流れてくる。隣国の王子なだけに、マイセルの魔力は質が良かった。 「私からも、受け取ってくれないか?」  反対側の手を、レイヴァーンが握ってきた。少し力が込められているのは、婚約者が先にセドリックの手を握ったからだろうか?そんなつもりは全くないセドリックは、御遠慮したくても出来なくて、仕方がなく二人の王子から魔力を供給してもらった。  そうやってたどり着いた馬小屋には、程よくツタが絡んでいた。 「ここは取りやすそうだな」  傾斜のついた屋根ではあるけれど、馬小屋なのでそこまで高くはない。アーシアとテオドールが浄化魔法を施すと、なにか小さな影が飛び出してきた。すぐさまテリーが剣で両断すると、消し炭のように消え去った。 「何か、動物のような感じだったな」  テリーがそう感想を述べると、テオドールも頷いた。馬小屋だから、何かしら動物の気配に寄ってきていたのだろう。  背の高いテリーとセドリックが上の方に絡まったツタを取ると、ロイは下の方をとる担当になった。  ツタから葉を取り除き、マイセルは収納していく。 「ありがとう。十分集まった。立派な籠が編めるよ」  そんなことを言われれば、どんな籠を編むのか気になってしまうと言うものだ。 「そんなに大きな籠を編むの?」  ツタで編んだ籠なんて、民芸品屋やお土産屋なんかでしか見た記憶が無いから、ロイは興味津々だ。 「そうだよ。マイセルは大きな籠を編まなくちゃいけないんだ。私たちのために、ね」  レイヴァーンが意味ありげに答えたけれど、ロイは全く分からない。 「すっかり夕方になってしまいました。初日ですし、今日は戻った方がいいでしょう」  テオドールがそう言って、誰も反対しなければ、ロイが転移魔法の魔法陣を発動させて、全員でウォーエント子爵家の屋敷に戻るのだった。

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