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第33話 フラグがたちましたか?
マイセルの魔力を受け入れて、ロイの身体はほんのりと赤くなっていた。触れる肌が少し熱くなり、皮膚の薄い箇所の色艶が良くなっていた。
「俺のも美味しいでしょ?」
唇を離した時、マイセルが聞いてきた。全身でマイセルの魔力を味わっていたから、ロイはただ首を縦に振って返事をした。じんわりとお腹の辺りが熱くなる感覚が心地よくて、このまま眠ってしまいたかった。
「美味しいものが好きなのかな」
ぼんやりとしていたロイの耳元に、違う人物の声がした。耳元の辺りに唇が軽く触れて、少し笑ったような気がする。
「運ぶよ」
言われた途端に体が宙に浮いた。脇の下と膝裏に、しっかりと腕を差し込まれてはいるけれど、瞬間的に体には浮遊感がやってきた。
「へ?」
焦点があって、確認できたのは王子の顔で、同じ顔だから、咄嗟に区別がつかなかった。前世の記憶で右向きと左向きのイラストがあって、それで区別をするのだと知ったのはついこの間だ。
けれど、現実はそんなふうに立ち位置を固定してくれている訳では無いし、声優が違う訳でもない。
ほとんど同じ顔をして、ほぼ同じ声だ。
こうやって、触れ合ったからこそ、微妙に違う魔力を感じ取ることが出来たわけだ。
「アレックス?なんで?」
いつの間に部屋に入ってきたのだろうか?ロイは全く気が付かなかった。確かに、マイセルの魔力を貪っていたから、そちらに夢中になっていたことは確かだけれど、自室という究極のテリトリーに、他人が入り込んだ事に気が付かなかった。
王子というのは、こんなにも上手に魔法が使えるのかと、ロイは感心してしまった。
だが、感心していい場合ではなかったのだ。そもそも、なんだって王子たちはロイの部屋にやってきたのか?しかも、夜だ。
明日のダンジョン攻略の話なら、食堂でみんなですればいいことだ。
「嬉しいな。やはりロイは私がわかる」
ロイが名前を呼んだから、アレックスはご機嫌だ。ロイだって、ちゃんと覚えられるのだ。アレックスの魔力は美味しい。上質なクリームみたいだった。抱き上げられて、触れ合ったから、直ぐにわかったのだ。
アレックスは、ロイを抱き上げたままベッドに座り、ロイを横抱きにした。両腕の中にロイの体を閉じ込めるようにして、ロイとおでこをくっつけてきた。
ものすごく顔が近いけれど、触れ合う肌から魔力を感じて、嫌ではなかった。ロイからすれば、心地よくて美味しい魔力に包まれているから、なんとも気持ちが良い。
「ロイは私を見てくれる」
これだけ顔が近いのだから、アレックスを見つめるのは当然だ。視線をどんなに動かしても、アレックスの顔しか視界に入ってこない。何を言っているのだろうと、ロイは困って眉根を下げた。そんなロイの小さな動きに、アレックスは反応して微笑んだ。
「第二王子と呼ばれる私を、区別なく見てくれたのはおまえが初めてだ」
そういえばそんなふうな事を言った気もするけれど、ただ単に、王子が双子だったことを知らなかっただけだ。それに、ずっと一緒に育ってきて、先にでてきたから兄で一番で、後からでてきたから弟で二番と言うのが、ロイとしては納得できない。出口が一箇所しかないからそうなっただけではないか。
ロイはそう思ったから、思ったことを口にしただけだ。でも、これはアレックスの前では言っていない。それなのに、どうしてだかアレックスはしっている。
「いつも区別されてるの?」
ロイはなんとなく、なんとなしに口にした。
「されている。だから私は騎士科にいるんだ」
アレックスの言っている意味が分からなくて、ロイは首を傾げた。
「分かるだろ?この国は魔力で成り立っている。お前の領地だって、ダンジョンが潤いをもたらしている。ダンジョンが、できるのは何故だ?その土地に豊富な魔力があるからだ。同性で結婚できるのだって、魔力で子どもを授かるからだ」
言われて思い出した。確かにアーシアも言っていた。同性婚ができる。魔力で子どもを授かるから、と。
うん、そうか。と納得しかけて、待ったをかけた。
確かに、生活の全てはほとんど魔力だ。電気の代わりみたいなものだ。生活魔法でご飯を作ったり、お風呂を沸かしたりしている。魔力が足りなければ、魔石を動力として使っている。確かに生活の全ては魔力だ。
「騎士科はダメなの?」
アーシアに脅されて騎士科に逃げたロイとしては、騎士科がダメな理由を知りたい。騎士科の演習だって、魔法を使っているのに。
「騎士科を卒業した者は、ほとんど文官になれないし、国の中央職に付くものもほとんどいない。そういった者たちを護る職に就く者がほとんどだ。私も軍の幹部になるだろう」
「騎士もかっこいいのにダメなの?魔物と戦ってくれるのは騎士だよね?魔法使いはサポートでしか参加してないじゃん。みんなが憧れてるのは騎士だよ?」
ロイは、領地でよく耳にしていたことをそのまま口にした。領民は、魔物の襲撃から護ってくれる騎士に感謝していたし、税金を取り立てるばかりの役人が嫌いだと言っていた。ロイの父親は、魔力を使って魔物を退治したり、ダンジョンからの収入に重きを置いているから、領民からの評判も良かった。
だから、ロイの中では、書類仕事ばかりしていばり散らしているのが文官と言うイメージが出来上がっていたのだ。元々王都で就職する気もなかったから、ロイは貴族の子弟なのに中央職に興味がなかった。
感覚としては平民と似ていて、素敵な騎士服に身を包んだ、強くてかっこいい騎士様に尊敬の念と憧れを抱いているというわけだ。しかも、前世の記憶のせいで、さらにややこしい憧れまで抱いてしまっていた。
「ロイは騎士が好きなの?」
熱のこもった目で、そんなことをロイが言うから、アレックスは思わず聞いてしまった。
「うん、かっこいいよね。剣で魔物を切るの凄いもん」
「ロイは剣で戦いたいの?」
こんなに魔法が好きなのに、剣を振り回すことに憧れるロイが不思議でならない。けれど、その口調は幼い男の子のようだ。だから、アレックスはさらにロイに質問をする。
「ん?あのね、セドみたいに剣から魔法をバァンってしたいんだ。だってかっこいいよね?」
それを聞いてアレックスは理解をしつつも納得はできていなかった。確かに、昼間ロイはそんな戦い方をしていた。剣もセドリックの持つ英雄の剣のように魔石がはめ込まれていた。それは単に、ロイの剣が杖の代わりをしているからだと思ったのだけれど。
「セドリックが憧れなの?」
今度は質問を変えてみた。騎士という職業に憧れているのなら、将来は騎士団長になるテリーなのではないのか、と。
「ううん。あのね、英雄ってかっこいいよね。セドのおじいちゃんが見られなかったから、セドに英雄の技をやって欲しかったんだ」
そう言うロイの頬が赤くなった。憧れの存在を語る顔は、恋する乙女にも似ている。
「ロイもしていただろう?」
アレックスは、昨日のロイを思い出しながら話した。ロイの剣からは雷のような魔法が放たれていた。セドリックの剣から放たれた光の矢とはまた違った動きをしていた。それはおそらくロイが魔力を使い慣れていたからだろう。
「うん。だってかっこいいでしょ?」
答えるロイの顔はキラキラとしていて、アレックスは思わず笑ってしまった。幼い頃に英雄に憧れたまま、ロイは大きくなったようだ。
「そうだな。かっこよかったよ」
そう言って、ロイの頬に軽く唇を押し当てた。
そうしたら、ロイは嫌な顔などせずに、嬉しそうに笑ったのだ。それが嬉しくて、アレックスはロイの顔中に唇を落としていく。ロイは擽ったそうな反応をするだけで、アレックスの行為を止めたりはしなかった。
「あ、でもさぁ」
不意にロイが口を開いた。
思わずアレックスは動きをとめた。
「双子なのに、なんでそんなわけ方したの?半分こすればいいのに、ね?」
ロイのあまりにも幼い言い方に、アレックスはしばし考えた。
「半分こ?ロイ、何を分けると言うんだ?」
「うん。あのね、学園は四年間でしょ?二年ずつにすればいいじゃない?それにさぁ、仕事だって二人でやったほうが早いよ?」
言われれば確かにそうなのだけど、ロイの言う仕事は王様の仕事で、国の機密に関わることだから、そんなに簡単に半分こなんてできるものでは無い。
けれど、そうしてできるのなら、してみたい。
「なるほど、そうだね。ロイはいいことを言ってくれるね」
そう言って、微笑んでから、アレックスは言葉を続けた。
「でも、マイセルはどうしようか?」
今更、ソファーに座っているマイセルを出してみた。婚約者は半分こできないから、ロイはなんと答えるだろうか?
「え?」
ロイはすっかり忘れていたのか、驚いてマイセルを見た。マイセルは、ロイと目が合うと妖艶に微笑んだ。思わずこちらの頬が赤くなりそうだ。
「っえっとぉ、ぅうん………あ、そうだ!仲良くすればいいんだよ。双子なんだもん、お母さんは一人だったのに喧嘩しなかったんでしょ?」
「うん、そうだね」
実際は乳母に育てられたから、母親を奪い合ったりなんてことはしたことがないのだけれど、そこはロイに合わせておくことにする。それに、このままロイの話に合わせた方が何かと都合が良さそうだ。
「あ、れ?でも、この場合、どうやって赤ちゃんができるの?お父さんが三人?ん?アレックスの婚約者って、女の人?」
ロイは、アレックスに婚約者がいることは知っているけれど、誰かは知らない。オマケに自分の両親が異性婚をしているから、同性婚についての知識がない。それなのに、こんなことを言い出したものだから、アレックスはおかしくて仕方がない。
「ロイは、同性婚でどうやって子どもを授かるのか知らないのかな?」
アレックスはそう言って、ロイの体の輪郭を指でなぞった。そんなふうに触られたことなどないから、ロイは驚いてアレックスの指の動きを目で追った。
「ま、魔力で……作る、んで、しょ?」
ロイがそう答えると、アレックスは形の良い唇をゆっくりと動かして、ちょっと不思議な笑顔を見せた。ロイはなんとも言えなくなって、瞬きを繰り返す。
「そう、魔力で、ね。作り方、知ってる?」
「え?………わかん、ない…」
「じゃあ、教えてあげよう」
ロイの体の輪郭をなぞっていた指が、また更に動いて、新しい輪郭をなぞっていった。
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