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第40話 大丈夫大丈夫、自己暗示

 ウォーエント子爵の座標通り、全員がきっちりと王城の謁見の間に転移した。  厳格な顔をした国王が、玉座に座って出迎えてきた。 「待っていたぞ」  国王の隣には王妃、というか、護衛の騎士が立っている。見慣れた光景なのだけど、さっきの話を聞いた後では見方が変わるというものだ。 「お待たせしてしまいもう……」 「「父上っ」」  挨拶をしようとする宰相をさえぎって、双子の王子が口を開く。 「父上がゆりかごを編んだというのは本当ですか?」 「ゆりかごが歪だったために私たちは双子となったと聞きましたが、間違いないのでしょうか?」 「…………………」  国王は、無言で宰相を見つめ、ゆっくりと首を動かしウォーエント子爵をみた。そして、隣に立つ騎士を見た。 「申し訳ございません。リックのやつが余計なことを」  宰相は頭を下げたけど、情報漏洩をウォーエント子爵のせいにする。 「まてまて、そもそもお前が余計なことを言わなければ、俺だってジョセフの編んだゆりかごのことを、持ち出さなかった」 「王位継承権のかかった大切なゆりかごを、乱雑に転移させたのはお前だろう」  宰相がウォーエント子爵に、食ってかかる。  普段とは全く違う口調に、テオドールは目を大きく見開いて黙って見ているだけだ。 「王位継承権が、かかっているのに、内密にことを進めろと言って無理をさせてきたのはジョセフだ。近衛騎士との間に子どもが欲しいなんて言い出して、俺を器にしてきたくせに…」 「……わかった、わかった。勘弁してくれ」  ウォーエント子爵が盛大に嫌味を言いながら、秘密を暴露するから、もう、国王も玉座から降りてきてウォーエント子爵の肩をつかむ。近衛騎士も一緒にやってきて、無言でウォーエント子爵を見下ろした。 「ああ、アリアナは相変わらず可愛らしいね。妖精のようだ。息子はアリアナに似たのだね。小柄で可愛らしく、素晴らしい魔力に溢れている」  国王は、もうウォーエント子爵から目線を外し、アリアナの方に体ごと向ける。そうして一通りの挨拶を口にしたあと、大きなため息をついた。 「分かってる、リック。親子二代で世話になった。礼はする。陞爵しょうしゃくの手続きをするから勘弁してくれ」 「あら、素敵ね」  それを聞いてアリアナがウォーエント子爵に向かって微笑んだ。 「そうだね、アリアナ。支度に時間がかかりそうだ」 「じゃあ、早速手配したいわ」 「今から行こう。ドレスの仕上がりに日程を合わせよう。もちろん、主役は君だからねアリアナ」 「嬉しいわ」  夫婦はくだらない芝居をこなして、転移魔法で消え去った。 「陞爵の式典での衣装代が回ってくるんだな。わかった、日程は仕立て屋に確認しよう」  宰相は額に手を当てて、首を左右に振った。 「お前たちはもう、離宮に行きなさい。何不自由なく過ごせるよう、手配してある」  国王は、三人の王子に向かってそう言うと、転移魔法を発動しようと、手にした杓を床につけた。 「お待ちください。父上、まだ答えを聞いておりません」  レイヴァーンが慌てて口を開くと、国王は眉尻を下げた。 「概ね察しろ。レイヴァーンとアレックスはキチンと学園に通うこと。無事に子どもが産まれるまでは、魔力を供給することを怠るでないぞ」  三人の王子の足元に、魔法陣が現れた。王子の子どもが産まれるまでに過ごす、特別な離宮へと繋がる転移魔法だ。 「いっちゃった」  アレックスの隣に立っていたのに、ロイは転移されなかった。それが不思議でならない。 「離宮に出入りできるのは、限られた者だけです。子どもが産まれてお披露目するまで、離宮で働く者たちは出られませんよ。自由に出入りできるのは、レイヴァーン様とアレックス様だけです」  驚いた顔のまま固まっているロイに、テオドールが説明をしてくれた。 「三人で供給するとはいえ、学園にだってそんなに来られないでしょうね」  テオドールは意味ありげに笑った。  ロイはよく分かっていないようだけど、ゆりかごに入った核が三人分の魔力を欲しがるのだ。一人だけサボるわけにはいかない。  魔力を供給しながら学園に通うのは大変だろう。通学は転移魔法だろうから、学園に魔法陣を設置するのだろう。 「テオドール、記録の魔道具を出しなさい」  勝手に和やかな雰囲気になっていたら、宰相が厳つい声を出してきた。 「ああ、こちらです」  テオドールは眼鏡をとりだした。 「その眼鏡、魔道具なの?」  珍しい形の魔道具を見て、ロイの瞳が輝いた。 「ええ、記録用の魔道具です。昨夜私が見たものが、つぶさに記録されていますよ」  そう言ったテオドールの、意味ありげな笑顔を見て、ロイは固まった。背中に冷たいものがやってきた。 「昨夜、みたもの?」 「立会人でしたからね、私は。ロイ、あなたのお腹に魔法陣が沢山現れたのもちゃんと記録していますから安心してください」  テオドールが言っていることを聞いて、ロイの頭の中は真っ白だ。時代劇とかでも聞くけれど、閨番と言うやつだろう。一番無防備な状態だから、護衛も兼ねているのだろうけれど…… 「あ、のさぁ……それ、み、るの?」 「無論、私と王が確認する」  ロイの質問に宰相が答えた。 「え………見るの?」 「不正がおこなわれなかったか確認は必要だ。結合した魔力の魔法陣を確認しなくては、血統の確認が取れないからな。魔法陣に家紋が現れるのだ」 「そ、なん、だ」  ロイは頭が真っ白のままだ。  王位継承権が、かかった大切な出来事だから、間違いのないように立会人がいて、記録されて、確認される。 「俺は…パンダ…」 「は?今なんて?」  思わずロイが口にした言葉は、この世界に居ない白黒の生き物の名前だ。24時間365日監視カメラで録画され、証拠の瞬間はネットやニュースで公開される。本人が知らなければ羞恥もないのだけれど、知ってしまったらどうにもならないものだ。  だから、ロイは自己暗示をかけるしかない。それが、 「俺はパンダ」  なのである。  ロイが自己暗示をかけて、羞恥心を遥か彼方に投げ捨てていると、肩にポンッと手を置かれた。 「ロイ・ウォーエント、何か望みはあるか?」  相手の顔を見れば、それは国王で、隣には寡黙な近衛騎士が立っていた。 「え?望み?」  話の前後が見当たらなくて、ロイは瞬きを繰り返す。考えても答えが見つからない。 「この度の礼だ。初めての器役だと言うのに、王子が三人相手では大変であっただろう」 「……………」  そこをまたほじくり返されると、ロイは自己暗示が解けてしまう。 「私からの個人的な感謝の気持ちだ。食べ物でもなんでも欲しいものはないか?」  そんなことを言われても、何も出てこない。お菓子は確かに好きだけど、どこの店のが好き。とかこだわりなんてロイにはない。 「食べ物…かぁ」  ロイは首をひねってなんとか考えるけれど、どうしても何も出てこない。 「ウォーエントは魔力が豊かだから、欲がないんだ。無理に聞き出そうとするな」  いきなり、近衛騎士が口を開いたものだから、ロイは大口を開けて驚いた。 (しゃべったぁぁぁ)  想像していたのよりも、もっとずっと低い声に、ロイは近衛騎士の口をただ凝視した。 「式典までにはまだ、時間があるから、ゆっくりと考えておいてくれ」  近衛騎士がそう言って、国王の腰に手を回した。そうして、二人揃ってロイから離れたと思ったら、姿が消えた。非常にスムーズな転移魔法だ。こなれた近衛騎士の感じがなんとも言えない。 「まったく」  ボソリと宰相は呟くと、ロイとテオドールの方を向いた。 「報告は済んだ。ウォーエント夫妻は街の仕立て屋に  行ってしまったようだから、お前たち二人も帰りなさい」 「分かりました。一度ウォーエント子爵領に戻ります」  テオドールがそう言うと、宰相は頷いた。 「ロイ、あなたの邸に待たせている彼らに、説明をしないといけませんからね」  テオドールに言われて、ロイはようやく思い出した。邸に取り残されている人物がいる。なんの説明もなく出てきたけれど、ジョンが話してくれているのでは無いだろうか? 「そうだよね。友だちなのに、何も教えないのは良くないよね」 「……友だち、ですか。誰のことかは言及しません」  テオドールがロイの肩に触れたので、ロイは転移魔法を発動させた。行先は、もちろんウォーエント領の邸だ。

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