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第41話 一寸一服回れ右
「お帰りなさいませ」
何の連絡もしていないのに、ジョンは当たり前の顔をして玄関ホールで出迎えてきた。
ずっとここに立っているわけではないだろうに、一体どうやっているのか、不思議だ。
「まずはお食事になさいますか?」
ジョンに言われて、そう言えばなにも口にしていなかったことを思い出した。謁見の間でうっかり思い出さなくてよかった。空腹にまかせて、適当に食べ物をねだってしまうところだった。
「うん。お腹すいた」
ロイがそう答えると、ジョンは心得たとばかりに二人を食堂に案内した。
二人が席に着くと、すぐに食事が運ばれてきた。
温かいスープは、魔石を利用しているからなのか、出来たての温かさを保ち続けているのだろう。食器に魔石が練り込まれているのも、貴族だからこその品物だけど、ウォーエント子爵領のダンジョンで豊富に取れるからでもある。
「ここの食事は本当に素晴らしいですね」
ロイがもしゃもしゃ食べていると、テオドールが料理人に賛辞を述べていた。料理人は恐縮した様子だ。
「これもひとえに、この領地が魔力を豊富に蓄えているからなのでしょうね。ロイ」
突然話を振られて、口いっぱいに食べ物を入れていたロイは、返事をするために必死で口を動かした。
「まったく、あなたは貴族としての嗜みがなっていませんね。食事のマナーぐらい習ったでしょう」
「ふぁい」
なんとかロイは返事をしたけれど、かえってテオドールは眉間にシワを寄せることになる。
「まったく、こんなあなたが王位継承権のかかった器役をしたのかと思うと……」
テオドールは頭を軽く左右に振った。
二人が食後のお茶を飲んでいると、食堂にテリーがやってきた。
「テオドール、報告ぐらいしてもらおうか」
学園の制服をきっちりと着込んだテリーは、やや大股に歩いてテオドールに近付いた。
「ああ、あなた、起きていたんですね」
ゆっくりとお茶を飲み干してから、テオドールは口を開いた。テリーの表情にたいして、テオドールはやたらと落ち着いている。
「ここの執事が気を利かせてくれた」
テリーはそのままテオドールの隣に座る。
「気を利かせて?」
テオドールははて、と言った感じで首を捻る。一体どのように気を利かせてくれたのだろうか。
「今朝は、各自部屋で朝食をとったんだ。おかげでセドリックとは顔を合わせてはいない」
なるほど、そこか。とは思ったものの、そこを先延ばしされたとあっては、テオドールにも、気を利かせて欲しいものだ。そう思いつつも、テオドールはチラとロイを見た。ロイはテリーの言っていることが聞こえていなかったのか、呑気にお茶を飲んでいた。
「いるのか、ロイ」
ものすごく静かだったのに、口を開いた途端恐ろしい程の圧を放ってセドリックが入ってきた。廊下は走っていなかったのか、寸前まで足音さえ聞こえなかった。
「あ、おはよう。セドリック」
「う、ああ、おはよう」
顔を合わせた途端に、満面の笑みで挨拶をされては、セドリックの毒気が抜かれる。言葉を交わした途端に、セドリックは思わず足を止めてしまったけれど、それが正解だとすぐに気づいた。横に、テリーとテオドールが座っていた。
「おはようございます。セドリック、今日も元気そうですね」
「おはよう。セドリック、朝から元気だな」
「…おはよう」
若干、片頬がひきつるのを感じながら、セドリックは挨拶をした。邸のなかを感知しても、王子たちの気配がない。戻ってきたのがロイとテオドールだけというのが、昨夜の事の裏付けだ。
「ロイ、我々はこちらのダンジョンでの用件がすんだのですが、あなたはまだ、何か?」
テオドールがロイに問いかける。そもそも、ダンジョンに行くから光魔法の使い手をと、アーシアに声をかけてきたのはロイだ。剣の試し斬りなら十分しただろう。
「俺ねぇ、捜し物してるんだ。賢者の石って言うんだけどね」
ロイが口にした言葉を聞いて、三人はどうにも返答に困った。まったく心当たりのないものだ。だが、その名前から言って、相当価値のあるものだろう。
「相当価値がありそうな名前ですね」
テオドールはそう言いつつも、まったく心当たりが無いものだから、それ以上の言葉が出てこない。
「ちっちゃい頃から探してんだけど、見つからないんだよね。触るだけで効果があるらしいんだけど、全然見つからないの」
ロイは不貞腐れたように言うけれど、ちっちゃい頃とは何歳の頃なのか。今でも小さいし、子どもなのだが。
「そ、う、なのか、大変だな」
そんなものを探すのに、付き合わされていたのかと思うと、さすがにセドリックも気が抜ける。あの話し方だと、現物を見たことも無さそうだ。
「父さんは触ったことがあるらしいんだ」
「ほう、子爵が」
テオドールはそこに食いついた。現領主は触ったことがあるのなら、眉唾物では無いということだ。
「坊っちゃま」
ティーカップを弄びながら話すロイに、ジョンが声をかけてきた。
いつも通りにキチンと背筋をただし、何を考えているのか分かりにくい表情をしている。
「ん?なに?」
ロイは手にしていたカップを置き、ジョンを見た。
「僭越ながら申し上げます。坊っちゃまがお探しの賢者の石ですが、今の坊っちゃまには探し出すことは不可能にございます」
さらっと自分の野望を否定されて、ロイは瞬きを繰り返す。ジョンが言ったことはつぶさに聞き取ったけれど、言われた意味が理解できない。
「ぇえ……なぁんで?」
小さな頃から頑張ってきて、遂に英雄の剣まで手に入れて、探すための準備は万端だと言うのに、それが不可能?
「何故出来ないのです?」
色々世話になったから、今度は自分の番だと思っていたセドリックも、出鼻をくじかれた気分だ。
「簡単な話にございます」
ジョンは、胸を張ってロイたちを見た。そして、口を開いてこう言った。
「賢者の石は、代々この領地を治める領主だけが触ることが許されるレアアイテムです。つまり賢者の石に認められた者の前にしか現れません」
「つまり、ロイがどんなに探しても見つけることは出来ない。と、言うことですね」
テオドールが確認をとる。
「はい、今は」
「なるほど、面白いですね」
テオドールはそんなものの話を聞いたことなどない。つまり、領主になるのに権力争いなどするだけ無駄ということなのだ、この地においては。
「なんだぁ、じゃあもういーや」
今までの苦労が意味の無いことだと知ってしまったロイは、若干不貞腐れ気味だ。
「あ、いたいたぁ」
元気よくアーシアが入ってきた。もちろん、アーシアはここでの出来事ぐらい把握済みだ。何しろゲームでプレイ済みだし、鏡を使って聞いていた。
「おや、随分と、タイミングがよろしいですね」
「なんの事かしら?」
テオドールにイヤミを言われても、アーシアは素知らぬ顔だ。何しろ、鏡を持っているテリー本人が気づいていないのだから。
「アーシア、ごめーん。俺の捜し物見つからないんだって」
ロイが唐突に謝ったのに、何もかも知っているアーシアは、怒りもせずに頷いた。
「いいのよ、ロイ。私は結構楽しめたから」
アーシアがそう言って微笑めば、テオドールが横目で睨んできた。アーシアの胸ポケットには、手鏡が入っている。
「そう?ならいいんだけどさぁ……あ、学園にいつ帰る?もう帰る?」
自分の用事が無くなったものだから、ロイは途端に興味を失ったようだ。
「俺は、護衛すべきアレックス様のいる王都に戻りたいのだが」
座標が分かっているから、自分一人でさっさと帰れるのだが、そこは侯爵家の子息として、勝手はしないらしい。
「そうですねぇ、私もレイヴァーン様が王都にいらっしゃる以上、そちらにいない訳には」
テオドールもテリーに賛同する。
このまま、昨夜のことなど諸々を、セドリックに聞かれないまま戻りたいところだ。
「……あ、ああ、そうだな」
なんとなく、全員の視線が自分に集まっているのを感じて、セドリックは曖昧な返事をした。聞きたいことは山ほどあるのに、はぐらかされている。
「では、皆様学園に?」
ジョンがすかさず確認をとってきた。
「そうだね、帰るよ」
ロイは勢いよく椅子から立ったけど、ふと自分を見た。
「あ、俺制服きてない」
「私も着ていませんね」
わざとらしくテオドールは言って、着替えのためと食堂を出ていった。
「じゃあ、来た時と同じように玄関ホールで」
アーシアは、そう言い残して逃げるように食堂を後にした。去り際にテリーへと、意味ありげな視線を送るのは忘れなかった。
それを察したテリーは、椅子から立ち上がった途端にセドリックに、肩をつかまれた。
「なんだ?」
同じ騎士科に所属している以上、テリーは絶対に逃げられない。しかも、家格を考えるとセドリックは公爵家の嫡男だ。いくら騎士団長の息子とはいえ、侯爵家のテリーは分が悪かった。
「…昨夜の、こと…なん、だが。俺は、護衛…と、して、は…」
セドリックの、歯切れの悪い言い方に若干イラついたものの、そっちかよ!と突っ込みたくなる衝動を抑えながら、テリーは口を開いた。
「英雄を閨番には出来ないからな」
テリーは、セドリックが言い終わる前に、用意しておいた答えを口にした。テオドールからの入れ知恵だ。
「あ、そ…そう、か……うん」
セドリックはテリーの肩から手を離し、数歩下がった。
「部屋を確認して、俺たちも玄関ホールに行こうか」
テリーはセドリックにそう言って、食堂を後にした。声をかけられる前に撤退を決め込んだ。
もちろん、ジョンは心得ているので、さりげなくセドリックに茶なんぞ勧めてきた。
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