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第42話 ご学友だったかと…
午後の授業には、十分に間に合うようだったので、ロイは学園の食堂でミシェルを探した。
女の子一人だけで、心配していたのに、エレントと二人で食べていたので驚いた。
「え?仲良しだったの?」
学年が違うのに、一緒にご飯を食べるなんてなかなかないことだ。
「たまたまだ」
ロイに対して、エレントはつれない返事をしたけれど、ミシェルはニコニコしているので、とくに問題は無さそうだ。
「ほら、ロイとってきたぞ」
そんなロイの頭上から、セドリックの声が降ってきた。
「あー、そんなに、食べられないよ」
セドリックの持ってきたトレイには、たくさんの食事が載っていた。
「午後は実技だ」
「無理無理、動く前に食べるとかないから」
セドリックはそんなロイの主張はまるで聞かず、トレイを置くと、自然にエレントの隣に座った。ミシェルはそれを微笑ましく見ながら、ロイの口に食事を運ぶのを手伝うのだった。
そうして、午後の授業に出た時に、珍しくロイは大声を出してしまった。
「えぇ、なんでぇ、ダメなのぉ」
実技の演習に、ロイとセドリックが自前の剣を持ち込んだら、教師から待ったがかかってしまったのだ。
セドリックは、授業だからと素直に剣を取り換えたのだけど、ロイは納得がいかない。
「だって、魔術学科はみんな、自前の杖を使ってるのに」
「ここは、騎士科だ。杖と違って剣は人を選ばん」
「だからぁ、剣を選ぶのが人でしょ。剣が皆同じとかおかしいんだって、戦争の時敵国の兵士が同じ武器持ってるわけないじゃん。魔物だって、同じ条件で襲ってくれないんだよ?ダンジョン潜って、出会った魔物に剣で戦えって言うの?」
ロイの言うことはもっともなのだが、急に変えることなんでできるはずがない。
「ロイ、今日は大人しく学園の剣を使え」
セドリックが、ロイを羽交い締めにして教師から引き離す。
「騎士に支給される剣については、父上に話をしてある。予算の都合もあるから、徐々に変えていくことになるだろう」
テリーが仕方がないと言う顔をしていた。予算のことまではさすがにロイの頭にはない。
「学園の剣は、支給品なのだから我慢しろ。平民も多いのが騎士科だ。誰でも剣が買える環境では暮らしていない」
「……冒険者と同じってこと?」
「そうだな。実力が無い者が高価な剣を持っても仕方がない。自分の実力に合わせて剣を持つべきだろう」
「あっ!」
そんな話をしている最中、ロイが突然声を上げた。
「なんだ、ロイ?」
ロイをまだ、後ろから捕まえている状態のセドリックは、驚きつつもロイを離さなかった。
「王様に言われたヤツ、これにする」
「何の話だ?」
その場にいなかったから、セドリックもテリーも意味がわからない。
「なんかねぇ、式典するんだって、うちになんかくれるって話だった」
「…………陞爵、のことか?」
ロイのつたいない話から、テリーはなんとか答えを導き出す。一応、ロイが国王に面会していることは知っていたから、式典から思いつくことはこれしかない。
「あ〜、うん、たぶんそれ」
「お前、貴族のくせに陞爵も言えないのか」
テリーが額に手を当てると、さすがにセドリックも眉間にシワがよる。
「俺にも好きな物くれるって言われたから、これにする。騎士の剣」
ロイが堂々と言うものだから、さすがにテリーも突っ込みにくい。陞爵の褒美の品に賜るものでは無い。まして、ウォーエント子爵と言えば騎士ではなく魔法使いだ。
「お菓子貰うよりいいよね?」
ロイは後ろにいるセドリックに、同意を求めた。さすがにセドリックも、簡単には返事が出来ない。
「素晴らしいよ、ロイ」
セドリックが考え込んでいると、不意に声がして、ロイが重たくなった。セドリックが瞬きをする間に、ロイが腕からいなくなり、目の前はよく知る顔にすり変わる。
「アレックス様」
離宮でゆりかごに魔力を供給しているはずの、アレックスが突然現れたのだ。
「ロイは謙虚だね。自分への褒美を他の人たちのために使うなんて、美徳だ。さすがは私が愛した人だ」
そう言って、アレックスはロイを抱きしめたまま顔にキスをしまくった。突然のことだからか、ロイは案外大人しくアレックスにされるがままになっていた。それとも、相手がアレックスだからなのか。
「……えと、なに?」
口を開くタイミングをようやく得て、ロイはアレックスの用件を聞こうとした。
「ロイ、私のロイ。魔力を補給させてくれないか」
「うん、いいけど…」
ロイが言い終わらないうちに、アレックスは満面の笑みでロイの頬を撫で、そのまま上を向かせると唇を重ねた。この体勢だと、顔が下にあるロイの方に唾液が流れることになる。
けれど、そんなことお構い無しにアレックスはロイの口の中に舌を差し込んだ。魔力の供給ぐらいしてもいいと思っていたから、拒否するつもりは全くなくて、ロイは素直にアレックスの舌に自分の舌を絡めた。
口の中で舌同士が触れ合ってキツく絡み合うと、表面のざらついた箇所と裏の柔らかい箇所とが触れ合って、ザワりとした何かがそこから全身に広がっていくようだった。
口の中で、アレックスが魔力を吸い上げる音が聞こえてきそうなほど、アレックスの勢いは強かった。さすがに大量の魔力を有するロイではあったが、初めての衝撃に膝が震えてきた。
「っふ……ん…ぅん」
呼吸がしづらくなって、しかも腰から崩れそうになったから、ロイはアレックスの胸を叩いた。
そんなロイを見て、セドリックは思わず足が動き出しそうだった。
「何?ロイ」
唇を離して、アレックスが口を開いた。
「いっ、いいけど、ここじゃヤダ。って、言おうとしたのっ」
ロイが真っ赤な顔をしてそんなことを言うものだから、アレックスは喜んだ。
「それは尤もだ、ロイのこんな顔を誰かに見せるわけにはいかないね」
アレックスはそう言ったけど、ロイがそれに対して続きを口にした。
「だって、セドリックは結界を張ってくれたよ?遮音と目眩しの魔法をつけて」
ロイがそんなことを口にした途端、アレックスのこめかみに青筋がたった気がした。いや、立ったのかもしれない。アレックスの周りの空気がヒンヤリとする。
「……ロイ、今なんて?」
アレックスはロイに質問をしているふうだけど、確実に目線がセドリックに向いていた。
もちろん、セドリックもハッキリと自覚した。非常にまずい。
「アレックス様、今は演習の時間です」
そう言うやいなや、セドリックはロイを肩に担いで飛んでいた。ダンジョンでロイから教えられた風魔法を使っての跳躍だ。
「……え?いや、まだチーム分けが…」
セドリックの突然の行動に、教師が驚いて慌てている。いつもなら、アレックス率いるテリーの貴族の子息チームと、セドリック率いる平民のチームになっていたのだが、セドリックが単身逃げていく。
「モタモタするな、何をしている」
不意にアレックスが叫んだ。
「セドリックを追え。私の愛しき人を奪還しろ」
アレックスの言葉に、テリー以外の生徒たちが呆然とした。全く、状況が飲み込めていないのだ。そもそも、アレックスが魔力の補給をしたがるような状況になっている理由も知らない。
だから、セドリックがロイを抱えて逃げる理由も分からない。どうしてアレックスは怒っているのか、それが一番の疑問で恐怖だ。
「本日の演習は、そういうことだ!」
テリーが叫ぶように言うと、ようやく生徒たちは動き出した。既にセドリックは、支給された剣で器用に魔法を繰り出していた。そうして、堀や壁などを作っていく。
「あらぁ、困ったわねぇ」
全く困った素振りなどないミシェルは、ニッコリと微笑んでセドリックについた。
たいそう広い演習場に、セドリックが篭城するための砦をミシェルが完成させていた。
「いいか、私の愛しき人を無傷で奪還しろ」
アレックスの激が飛ぶ。教師は横目でテリーを見ると、全てを投げたようだった。それはいつもの事だから、テリーは慣れたものだ。
「よく聞け」
テリーはすかさず口を開いた。
生徒たちは一斉にテリーの前に並ぶ。いつもの演習風景になった。アレックスは、いつ間に用意したのか、椅子に座っている。
「姫が攫われた。敵はあの砦に篭城している。姫を傷付けないよう奪還しろ。罠が仕掛けられている可能性がある。小子隊になって作戦を実行しろ」
テリーの指示を仰ぎ、生徒たちはいつも通りに小子隊を組み行動に移った。
「アレックス様?」
数名がアレックスの護衛として残ると、テリーはすかさずアレックスの脇に立つ。
「ゆりかごに魔力を供給するのは思いのほか大変なんだ」
「左様でございましたか」
テリーは心の伴わない返事をした。
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