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13 青い水底の葬礼

「広海さん、あれは?」 「――目的地の目印。あの真下に発症中のテーブル珊瑚がある」  前方に浮かんでいた赤いブイへと、ボートはどんどん近付いていく。  間もなく目的地に着くと、広海はダイビング用マスクの分厚いレンズで視界を隠し、エンジンを切った。 「少し潮のうねりがあるから、気を付けて」 「ああ。広海さんも」  マウスピースを咥え、広海は背中側から回転するようにして海へと飛び込んだ。  空の青から海の青へ、コバルトブルーの絵の具はどこまでも続いている。後を追ってきた尚樹に、広海は下方にある大きな珊瑚を指で示した。  海底に広がる、直径1メートルほどのテーブル珊瑚の中央に、ホワイト・シンドロームの白線が無残についている。幅10センチのラインの左側は暗褐色の珊瑚本体の色だが、右側の組織は死んでいて、不気味な黒色の藻に包まれている。  尚樹がカメラのシャッターを押している間、広海は黒く変色した部分の面積を計測した。ラインが珊瑚の上を右から左へ完全に移動するまで、あと三ヶ月とかからないだろう。  ホワイト・シンドロームは人間の環境破壊の産物だと言われている。密かに書き進めている広海の調査論文に、まだ治療法は導き出せていない。  ウェイトをつけて海底に立った広海の足下には、既に死んだ珊瑚たちが寂々と眠っている。  その数の膨大さに、無力感に苛まれ、広海はそこから動けなかった。  研究所から左遷され、地位を失い、アイデンティティーの行き場所を模索していたこの二年の間に、何の手立てもなく海は壊れてしまった。何のために研究者になったのか、と、広海は目の前の光景を見るたび思う。  広海はそっとマウスピースを外し、瞳を閉じて、珊瑚の墓場に黙祷した。  すると、優しい水圧が広海の体をそっと包んだ。  不意に髪を抱かれ、隣へと引き寄せられていく。  広海が瞳を開けると、同じようにマウスピースを外した尚樹の唇が、無音の言葉を紡いだ。 『広海さんのせいじゃない。――悲しまないで』  海中でたゆたう髪を、尚樹の指先が厳かに撫でる。  彼の真摯な眼差しを見ていると、とても温かいものが、広海の内側に溢れ出した。 『俺も一緒に祈るよ。こいつらが静かに眠れるように』  尚樹の足下にも、二度と目覚めることのない珊瑚がたくさん散らばっている。  広海はこみ上げてくる衝動のまま、尚樹の肩に顔を埋め、長い黙祷をした。  どこまでも青い、閉ざされた海底で寄り添う。  熱帯魚たちが鮮やかな環となって泳ぐ中、尚樹が蹴ったフィンが、二人の体を宙へと送り出した。  ゆっくりと近付いてくる海面を、広海は見ることができなかった。  このまま瞳を閉じていたい。  珊瑚の死を心から悼んでくれる尚樹と、ずっと海底に佇んでいたいと広海は思った。

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