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14 研究者どうし

 バスルームのドアを開けると、食材を炒める匂いが広海の鼻腔をくすぐった。  少ない調理器具を操りながら、尚樹がキッチンで腕を振るっている。 「いい匂いだね」 「ちょうどよかった。今できたところだよ」  フライパンから皿へと豪快に盛られたのは、特産のゴーヤと島豆腐を使ったチャンプルーだった。  テーブルには南国らしい極彩色の魚を使ったスープも並んでいる。  しばらく滞在することに決めたらしい尚樹は、民宿から分けてもらった食材と、キッチンにあった乏しい調味料で、見事な夕飯を作ってくれた。  テーブルの上がこんなに賑わうのは、広海がこの研究所に赴任して以来、初めてのことかもしれない。 「おいしい――」  チャンプルーを一口食べて、広海は絶妙な味付けに感嘆した。  向かい側の席で旺盛な食欲を披露していた尚樹が、広海の反応に満足したような顔をする。 「だろ? 一人暮らしが長い分、料理にはちょっと自信があるんだよ」 「私はレトルトで済ませることも度々だ。君は何でも器用にこなすんだね」 「見てくれは悪いけどな」 「豪快なところも男の料理の長所だよ」  サイズの揃わない材料の切り方が、手作りの魅力に溢れている。  二度おかわりをした尚樹に付き合って、小食な広海も炊きたての米をたいらげた。  食後のビールを飲みながら、昼間尚樹が撮影した珊瑚の写真を見る。  雑誌に載るだけあって、パソコンのモニターに繋いだ画像は本格的だった。 「いい腕だね。細かい部位もよく撮れている。この写真、資料にもらってもいいかな」 「ああ、勿論。他のも見る?」  マウスをクリックして、尚樹がデータフォルダを差し替える。  次にモニターに現れたのは、母子のジュゴンの画像だった。 「まだ生まれたばかりかな。可愛いね」 「グレートバリアリーフで撮ったんだ。80年代までは、八重山列島にも生息していたらしい」 「うん、聞いたことがある」 「俺の研究室の教授も、当時八重山に通ってジュゴンの論文書いてたってさ」 「南洋大の海牛目の研究室というと、雨宮(あまみや)先生が室長だね」 「そう。別名――」  タコ宮、と二人で声を揃え、いたずらっぽく微笑み合う。  雨宮教授は、愛嬌のあるタコのようにつるりとした頭が特徴で、広海も彼の講義を履修したことがあった。  当時客員教授と学生の間柄でしかなかった服部慎一郎(はっとりしんいちろう)に、ジュゴンと珊瑚の生息圏が近いから勉強になる、と受講を勧められたのだ。  服部との思い出は、別れの日から何度も脳裏に現れて広海を苦しめてきた。  それがどうだろう。今夜の広海は、彼と過ごした時間をほろ苦く思うだけだ。  あんなこともあったな、と、古いアルバムを懐かしむ感覚に似ている。

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