37 / 40

37 熱い想い 1

 オーストラリアへ留学を控えた尚樹の部屋は、大学の資料や書きかけのレポートでいっぱいだった。 「ここからも海が見えるんだね」 「あの島とは全然違う、汚れた海だよ」 「でも……夕陽が綺麗だ」  服部がいた研究所から二人で抜け出し、新幹線に乗ってここまでやって来た。  新幹線の中でずっと繋いでいた手を、窓辺に立つ今も離せない。 「グレートバリアリーフの夕陽も一緒に見よう。向こうの研究機関は充実してる。ホワイト・シンドロームを解明したら、竹富島の珊瑚も救えるはずだ」  服部のいるあの研究所に、もう広海は戻ることができない。  それを百も承知で、服部の命令に服従しなかったのだ。  職場も立場も失った広海に、尚樹は新しい研究の場を用意してくれた。 「本当に、君の留学に同行しても構わない?」 「ああ。そのつもりで雨宮教授にはもう話を通してある。広海さんの就職先の推薦状も、教授が任せておけって」 「雨宮先生のご迷惑にならないかな。服部理事長が私のことを全国の海洋系大学や学部に通達したら、学会から追放されるかもしれない」 「海礁と海棲哺乳類じゃ、学派が違う。それに年の功の人脈もあるしな。雨宮教授、広海さんのことをよく覚えてたよ。出来のいい教え子は忘れないんだ、あの人」  恩師である雨宮教授の厚意が、広海はこの上もなくありがたかった。  服部のもとを離れて、研究者としてこれからも生きて行くことができる。  グレートバリアリーフという海礁学の本場で、珊瑚を救う方法を探すことができるのだ。 「雨宮教授が、広海さんを連れて研究室へ顔を出せって。明日早速行くけど、いいか?」 「うん。お世話になります」  よし、と言って、尚樹は着衣越しの広海の腰を抱いた。 「それまでの間は、俺が広海さんを独占する」 「……随分短いんだね」 「嘘。この先ずっと、あんたは俺のものだ」  微笑み合って唇を重ね、広海は窓から射し込む茜色の陽を浴びながら、ベッドのスプリングを軋ませた。  新幹線の中でこっそりと交わしたキスでは足りない。  鍵を固くかけた部屋で、尚樹の体重を感じながら舌を絡め合わせる。 「ん……っ、尚樹」  口角から零れる透明な糸を、尚樹の親指の腹が拭った。 「ネクタイをしてる姿もいいな。ワイシャツも禁欲的だ」 「皺になる。明日着て行くものがなくなるよ」 「俺のシャツを貸すよ。……だぶだぶの裾とか袖とか、そそる。速攻押し倒してやる」

ともだちにシェアしよう!