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空と君と_1
「は、初めまして!私、三組の安藤って言います!その、前から崎武 くんのことが気になってて……」
「…………」
「それで、あの、もし良かったら……つ、付き合ってもらえないかな?」
もう何度目かになるこの一連のやり取り。相手は変われどその内容は変わらず、思わず溜息が零れ落ちる。
折角空は晴れ渡っていると言うのに、気持ちは急降下していくばかり。
「無理だ」
「あ…………そ、そうだよね!ごめんなさい!」
バタバタとその場から走り去っていく女生徒の背中を見送って、俺は再び溜息を吐き出した。
高校に入学して早三年。幾度となく見たこの光景。
いい加減うんざりもする。例え向けられるのが好意であったとしてもだ。
「あーあ、まぁたそんな冷たい振り方しちゃって」
俺一人が取り残されたはずの屋上で、聞き慣れた声が背後から届く。眉間にシワを寄せながら振り返った先では、予想していた通りの姿があって向ける視線は険しくなった。
「お前……また居たのか」
「その言い方だとまるで俺が悪いみたいだけどさ、逆だから。俺が先にここで寝てんの。んで、そこにそっちが来てんの。understand?」
やたら発音の良い語尾と伸びてきた指先が額を弾いたせいで眉間のシワは更に寄ったことだろう。
「ってぇな、止めろ」
「今からそんなシワ寄せてっと取れなくなるぞ。優しい俺が解してやろうか?」
「ふざけろ、馬鹿。お前こそ寝てばっか居ると留年するぞ。朝から担任が探してた」
「んー……だってアイツうるせぇんだもん。この目のことしつこいんだっつーの」
ウンザリだと肩を竦めた姿を見やる。
風に揺れる長めの前髪の隙間から覗く瞳は日本人らしからぬ空色だ。
コイツ――四条 理海 ――はクォーターの血を引き、その血が強く出たのが目の色だった。それ以外は髪も黒いし顔立ちも日本人。だから尚の事その色が目立ってしまう。
「カラコンに決まってる、早く外せ、じゃなきゃ反省文だーってさ。ちゃんと自前だって証明書も出してんのによ。ありゃただの八つ当たりだろ」
「ああ、まあ確かにな」
何だって俺がコイツの諸事情に詳しいかと言うと、何のことはない。幼稚園の頃からの幼馴染みと言う間柄ってだけの話だ。
昔、理海はよく泣いていた。
幼い子供というのは純粋であるが故に、周囲と異なるモノには残酷なる。コイツの目の色はまさにそれだった。
けれど俺は空を閉じ込めたような目がとても綺麗に思えて、何度も涙を拭ってやっていた。
それももう遠い昔の記憶だが。
「にしても相変わらずのモテっぷりだな。祇園 さ、入学してからの三年、一体何人の女子に告白されたわけ?」
「んなもん知るか。数えてるわけねぇだろ」
「そりゃそうだな。こんだけ頻繁に告られてりゃ数えなくもなるか。羨ましい限りデスネ」
「理解出来ん」
「何で?やっぱ男としてモテるのは嬉しいもんじゃね?」
「何が嬉しいのかさっぱりだ。お前さっきの女の言葉聞いてたか?初めましてって言ったんだぞ?初めまして、恋人になってくれなんて意味不明すぎるだろうが」
吐き捨てた俺の言葉に理海は肩を揺らした。
別に笑われるような事を言った覚えはないのに、何だってそんな楽しそうに笑ってんだか。
「そう言われたら確かに。初めまして、恋人になってくれはウケるな」
「ウケねーよ。意味不明なだけだろ」
「えー?面白くね?俺、祇園のそういう感性結構好き。うーん……何でそんなモテんだろうね?やっぱその顔がいいのかねぇ」
綺麗な空色が俺の顔をまじまじと覗き込んできて、俺は堪らず顔を顰めた。
「近ぇーよ、馬鹿」
「女子対応悪すぎて氷の王子って呼ばれてるぐらいだし、性格でモテてるわけないよな。絶対顔だわ、うん。女ってのはその甘ーい顔に弱ぇんだろうな」
「何だその氷の王子に甘い顔ってのは。普通にキモいから止めろ」
「残念でした。俺が止めたところで女の子達はみんな言ってまーす」
まるでイタズラ小僧のような笑い方をして、それでも空色は依然として俺を映している。
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